場内にポルノグラフティの『アゲハ蝶』が流れる。アップテンポなリズムに乗って、リリーフの久保康友が一塁側ブルペンからマウ…
場内にポルノグラフティの『アゲハ蝶』が流れる。アップテンポなリズムに乗って、リリーフの久保康友が一塁側ブルペンからマウンドに駆けていく。その躍動感とスリムな体型を見れば、この投手が今年で42歳になるとは思えない。
独立リーグのオープン戦。兵庫県三田市のキッピースタジアムのバックネット裏スタンドに座るのは、ベンチ外の選手や関係者がほとんど。観客は数えるほどだった。そんな野球場のマウンドにNPBで通算97勝を挙げた投手が立つとなれば、場末のスナックのような哀愁が漂っても不思議ではない。だが、久保にそんなセンチメンタルなムードは微塵もなかった。

今季から関西独立リーグの兵庫ブレイバーズでプレーする久保康友
肌寒いナイトゲームということもあり、頻繁に拳に息を吹き込んで指先を温める。小気味いいフォームから放たれたストレートは、最速141キロをマークした。最後はファーストへの平凡なゴロが飛ぶと、久保は軽やかな足取りで一塁ベースカバーに入り、試合を締めくくった。これが2022年に入って実戦3登板目。2年間のブランクを感じさせない、快調な投球だった。
世界遺産への渇望
久保は今季から関西独立リーグの兵庫ブレイバーズに入団している。NPB復帰を目指して独立リーグでプレーしているというなら、話はわかりやすい。だが、久保は今のところNPBへの興味を示していない。「現役なのか何なのか、自分でもわかりません」と久保は笑う。
今の久保を衝き動かしているもの。それは「世界を巡りたい」という衝動である。世界巡りと国内独立リーグでのプレーがどう結びつくかと言うと、まずは久保の「我慢の歴史」を知ってもらう必要がある。
松下電器(現・パナソニック)でプレーしたアマチュア時代から、久保は世界遺産に魅入られていたという。
「世界の秘境のDVDとか買って、よく見ていました。いつか行きたいなと。でも、実際に行くのは国内で我慢していたんです」
NPBでプレーした当時、久保にとっての「オフ」は、10月の1カ月間だけだった。年明けの1月から始動し、2月の春季キャンプで本格的にコンディションを整える選手が多いなか、久保は前年11月から翌年に向けたトレーニングを始めていた。
「キャンプ前には体ができ上がっていて、キャンプでは余裕をもって調整したかったんです。オフは1カ月しかないので、嫁さんと滝巡りをしたり、名所を回ったり、国内旅行だけで妥協していたんです」
ストイックな現役生活は1年、また1年と続いていった。それと同時に、久保の世界遺産への渇望もふくらんでいった。2017年シーズン終盤、37歳の久保はDeNAから戦力外通告を受けて退団。すると、翌2018年から海を渡った。アメリカの独立リーグでプレーし、さらに2019年にはメキシカンリーグへ。目的は野球以上に世界遺産巡りにあったと久保は言う。
「1カ月休みをとって海外旅行に行くのもいいですけど、出張に出たついでに名所に行くのって楽しくないですか? 仕事のついでに観光する、あの感覚ですよ」
遠征先では寝る間も惜しんで町に出かけた。土地の文化や産業を調べ、公共の交通機関を使って移動し、その地で暮らす人々と接した。久保は「観光地で見せる顔だけでなく、本質的なところが見たかった」と振り返る。治安の悪さを指摘する声も耳にしたが、幸運にも危険な目に遭うことはなかった。
「日本人とわかったら何か被害に遭ったかもしれないですけど、別にきれいな格好もしていないし、日に焼けて『現地の人かと思った』と言われるくらいだったので。それだけ馴染んでいたのかもしれませんね」
異国での生活を謳歌していたが、メキシコでは所属球団からの給料遅配など不条理な体験もした。だが、久保は「そんなものでしょう」と意に介さない。
「日本のものさしで考えれば不条理と思うかもしれないけど、外国には外国のルールや価値観があるので。『そういうこともある』と思えば、どうってことないですよ」
今日の自分を超えていけばいい
2020年からの2年間はコロナ禍の影響もあり、海外でのプレーができなかった。それでも久保は、「家族と濃密な時間を過ごせた」とポジティブにとらえている。そして、いまだに海外でのプレー、生活をあきらめていない。
ただし、2年間プレーしていない42歳にオファーが届くとは考えにくい。そこで久保は自ら関西独立リーグの兵庫ブレイバーズにコンタクトをとり、無給の条件でプレーを続けることにしたのだ。
「若い選手と体を動かすと、不思議なものでエネルギーをもらえて若返りますよ」
その屈託のない笑顔を見ていると、人生の憂いや悩みとは無縁のように思えてくる。妻子を持ち、現役時代の蓄えを切り崩す生活を送りながら、なぜこんなにも明るいのか。漠然とした不安に襲われることはないのか。そう聞くと、久保はこう答えた。
「仕事やお金がなくなっても別に死ぬわけじゃないし、日本なら頭を下げれば何かしら仕事は見つかるし、食べていけるでしょう。見栄とかプライドが邪魔をして、『生活水準を下げたくない』と汲々とするくらいなら、そんなものさっさと脱ぎ捨てればいいだけのことなので」
そうは言っても長く続くコロナ禍もあり、先行きの見えない不安を抱えながら生きている人間も大勢いる。筆者もそのひとりだが、そんな人間からすると久保の生き方がまぶしく見えてたまらない。そう伝えると、久保はこんな話をしてくれた。
「メキシコの人って、未来のことなんて考えていないんです。たとえ同じものであっても、今日と明日では価値が一緒かはわからない。一般人レベルでは保険や補償だってない。でも、めちゃくちゃ明るいんですよ。日本人のほうが絶対に裕福なはずですけど、先のことを考えすぎて落ち込んでいる人っていっぱいいますよね」
そして、久保はこう続けた。
「人と比べるから落胆するんじゃないですか。今日の自分を明日に超えていけばいい。人の生活、人の仕事、人の待遇を比べるから落ち込むし、みんな不幸になる。僕は先のことを考えても意味があるんかな? と思っているので、その時にやりたいと思ったことをやっているだけですよ」

NPB通算97勝をマークしている久保康友
もちろん、久保の言を借りれば、久保の人生と自分の人生を比べる必要もない。しかし、久保の言葉には息苦しく暮らす人間の肩をほぐすような、不思議な魔力があった。
今季の久保は、関西独立リーグでプレーしながら海外でのプレーを模索し続けるという。狙っている国を聞くと、久保は視線を宙に向けてこう答えた。
「ヨーロッパもあるし、コロンビアとか中南米もあります。自分に合ったレベルでできればいいですね。オファーがあればいつでも行けるようにしたいですけど、2年間投げてないからなぁ。自分から行って見てもらうくらいのことをしないとアカンかな、と思っています」
久保康友のマウンド姿は、NPBを目指す若い選手にとって生きた手本になるだろう。それと同時に、久保の軽やかな生き方に救われる野球ファンもいるに違いない。