フリーアナウンサー・下田恒幸さんインタビュー毎週Jリーグや海外サッカーの中継が行なわれているなかで、あの聞き慣れた「声」…
フリーアナウンサー・下田恒幸さんインタビュー
毎週Jリーグや海外サッカーの中継が行なわれているなかで、あの聞き慣れた「声」の人をインタビュー。現在、実況のトップランナーとして活躍しているのが下田恒幸さん。サッカーファンから「耳に心地いい」「気持ちいい」と高い支持を受ける「語りの秘密」を聞いた。
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J1第8節はFC東京対浦和レッズ戦の実況が下田恒幸さんだった
ブラジルのラジオ中継がベース
――Twitterで「今日の試合、下田さんが実況だったらこんな風に実況していたのでは......」とつぶやくファン・サポーターが少なくありません。下田さんの実況のスタイルは、小学生の時に住んでいたブラジルのサッカー実況の影響があるのでしょうか?
「影響というか自分のベースで、軸になっている部分ですね。ブラジルのラジオのサッカー中継と出会ってなかったら、たぶんアナウンサーを目指してなかったと思います。今、自分がブラジルのラジオと全く同じことをやっているわけではありませんが、あの当時に耳で感じたものが今の実況のベースになっています」
――日本流の実況との違いはどこにありますか?
「1993年にJリーグができてサッカー中継が急激に増えましたが、当時は野球と違って『日本におけるサッカー実況の型』みたいなものがなかったので、どのアナウンサーも手探りだったと思います。自分の場合は、自然と自分が耳で聞いてきた向こう(ブラジル)のテイストをベースにして喋っていたという感じですかね」
――ブラジルの実況が気持ちいいというのは、リズム感が大きいのでしょうか?
「まさにそうですね。あとは、実況している人間が誰よりもフットボールを楽しんでいますし、誰よりも面白がって喋ってますよね。業務的ではない。もう楽しくて楽しくて仕方ないという感じ。日本のスポーツ実況と比べると、喜んでいる感じや、楽しんでいる感じは、圧倒的に違います。
とにかく姿勢が前のめりです。そこが自分に一番刺さった部分だと思います。聞く側も前のめりにしてしまうエネルギーがある。その感覚は今の自分の実況スタイルに反映されていると思いますし、それが自分の持ち味というか、キャラクターになっているのかなと思います」
――以前ブラジルに取材に行った時に、メディアルームに必ずラジオ実況者がいて、モニターを見ながら超ハイテンションで、ひとりで実況している人がいました。
「ブラジルは日本人学校でも話題の中心はサッカーで、そのなかでラジオが面白いことを教わりました。当時のブラジルでは昼間にテレビでサッカーの生中継というのはほぼやってなくて、夜に録画で放送されることがほとんどなんですね。なので、リアルタイムで試合のことを知りたければラジオ中継を聞くしかない。家でも、あるいは出かける時でも、車の中でサッカー中継のラジオを聞いていましたね。逆にあまりブラジルのテレビ中継の記憶はありません。基本がラジオでした」
一緒にプレーしている感じ
――ある試合のデータを取っていた時に、下田さんはボールが渡った瞬間に選手名をベストなタイミングでコールしているのがわかりました。そして守備に行った選手、ファールした選手の名前もコールしてくれるんです。下田さんの実況が気持ちいいと言われる理由は、選手がわからなくなることがなくて、見ていてストレスがないからなのかなと。
「そんな風に自分の実況が役立っていたんですね(笑)」
――これは視聴者が選手を覚えやすくなるので、本当にすばらしいなと感じました。下田さんはどの試合でも、シルエットで選手を一瞬で判断できているのがすごいなと。
「判別する材料はシルエットだったり、靴の色だったり、フォルムだったり、姿勢だったり、もちろん背番号も含めて、ですね。で、試合が始まったらまず全体を俯瞰して立ち位置を確認します。そこから先は、事前に試合を見て情報を目に焼きつけてあるので、個人だけでなくチームとしての動きをある程度予測しながら喋るという感じです」
――選手の名前を毎回しっかりタイミングよくコールしてくれるというのは、ブラジルのラジオの影響でしょうか?
「間違いなく、そうです。ラジオは映像がないので。実際にオン・ザ・ボールの時に毎回タイミングよく言っているかどうかはわかりませんが、基本的には選手の名前とプレーの種類が頻繁に出てきます。あとは右か左かとか簡単なポルトガル語しか知らなくても、実況者の音の抑揚のつけ方とか喜び方で何が行なわれているか大体わかるんですよね。そこは自分が実況する上で常に意識している部分です。
ブラジル人の実況アナウンサーって言葉で一緒にフットボールしちゃう感じなんですよね。そのためには、オン・ザ・ボールの時にジャストで選手名を言わないと、一緒にプレーしている感じにならない。それは、実はサッカーだけでなくバスケットボールやバレーボールでも同じです。オン・ザ・ボールの時にしっかり音を合わせてあげると、多分聞いていて一番気持ちがよい。動きのあるスポーツを実況する時に共通する要素だと思います。
たとえばモドリッチがボールを持った時に『モドリッチ』と言えるかどうか。でもボールを離してから『モドリッチ』とコメントする実況がほとんどだった。少なくとも私が独立してフリーになった頃はそうでした。じゃあ、ボールを受けた瞬間に名前を言えるようになるには、どうしたらよいか。モドリッチがボールを受けるタイミングをある程度予測できてないといけない訳です。そのタイミングの予測があってこそ、オン・ザ・ボールに名前が乗っかるようになるのかなと思います。自分が実況する時に最も意識しているのはそこですね。ポルトガル語を完全に理解できていたわけではないですが、当時の僕にはそういう風に聞こえていました(笑)」
Jリーグは若い選手の活躍が楽しみ
――下田さんは選手名を毎回のように言ってくれているので、文字数にしたらしゃべっている数は多いと思うのですが、それがまるでうるさく感じないのがすごいし、不思議だなと。
「うるさいという苦情は結構ありますよ(笑)。ただ、そう言ってもらえるのは、見ている映像と音がリンクしているからかもしれませんね。自分の特徴はプレーの細かい描写も入れるところです。『モドリッチ、半身で受けて』『モドリッチ、パスが短かったので寄って受けました』などと、ちょっとした動きの質を逃さないで表現するようにしています。その要素が入るだけで聞こえ方のニュアンスは変わるのかなと。加えて、プレーと言葉がシンクロしている率が高い分、音数が多くても気にならないと言ってくれる方が多いのかもしれません」
――下田さんの実況だと試合に入り込めるというのがありますね。
「ありがとうございます。究極を言ってしまうと、周辺情報や試合前情報など一切なしで、オン・ザ・ボールのプレー描写だけで完結すればそれがいちばんいいのかなと思うところもあります。あくまでトークではなく、実況中継なので、それが理想かなと。僕はオン・ザ・ボールの時はほとんど調べてきたネタを入れない主義です。全く入れないわけではないですが(笑)」
――今季Jリーグで楽しみにしていることはありますか?
「今は、若い選手がチャンスを得られる機会が増えてきていますよね。それは、若い選手たちの意識が変わってきたことも背景にあるのかなと思います。高校やユースから入ってくる選手たちにお客様感が少なくなってきたというか。今まで以上に、1年目から『自分はこのなかに入って普通にやれる』という意識を持っている選手が増えているように思います。
最たる例はやはり松木玖生(FC東京)ですよね。彼はプレーだけでなく意識レベルがものすごく高い。発言もプレーも、高校の時からそのままですよね。それって本当にヨーロッパっぽいなと。
ヨーロッパはユースの選手がトップ昇格する時は、その選手が戦力としてトップで使えると判断されたから上がってくるわけです。また、昇格する側も、『いずれ自分はトップでプレーする』というのを前提にサッカーをやっている。だから17歳で昇格したとしても、『ようやく呼ばれたか、やってやるぜ!』というメンタルを持っている。日本の場合は、歴史的に学校体育がベースにあるので、新人か、新人ではないか、みたいなメンタルがあったと思います。その部分が、この数年変わってきている可能性を感じています」
解説者たちの変化
――下田さんはJリーグだけではなく、海外サッカーも実況されていますが、日本と、海外サッカーの違いを感じることはありますか?
「見えてくる図形的なものが違いますかね。ヨーロッパのほうが集団性を強く感じることが多いです。たとえば、マンチェスター・シティ対チェルシーなら、ペップ(・グアルディオラ)と(トーマス・)トゥヘルだから、全体がどうなるかなんとなく図形をイメージできます。ヨーロッパでは、11対11が同時性を持って動いている印象が強い。
でもJリーグだと、その部分がやや曖昧に見えることが多いです。個人の感覚でプレッシャーをかけに行ったり、ボールを動かしたりする事象が、もしかしたらJリーグのほうが多いのかなという印象はあります。
でもそれは良し悪しで、尊敬する指導者の風間八宏さんが『"形"でサッカーをやっても面白くない』っておっしゃるように、見ている人、語る人、あるいは教える人の価値観によって、同じ事象でも捉え方は違ってきますから何とも言えません。なのであえて違いを見つけるとすれば、11人の同時性とか、俯瞰で見えてくる絵面とかになるのかなと思います」
――最後に一緒にやられている解説の方のお話も聞きたいのですが、「戸田(和幸)さん前、戸田さん後」というくらい、日本のサッカー解説が大きく変わったと感じています。下田さんはどのように感じていますか?
「おっしゃるとおり、戸田さんの出現と、彼が投げかけたものはものすごく影響が大きかったと思います。戸田さんが指摘しているのは、『ナイスパスですね』は感想であって解説ではないと。チームとして行なっていることのなかで、なぜそれがナイスパスなのかを瞬時に説明するのが解説のはずだと。
また彼は指導者としての自分を高めるために、徹底的に試合を見て、同時に世界のささまざまな戦術や戦略に関する情報をどん欲に収集し、そういった要素を中継のなかで前のめりに反映するので、視聴者が解説者に期待することの敷居が一段も二段も上がったように感じますね。
新旧問わず解説者の意識レベルを上げるという意味で、戸田さんがやったことはとても意味があったと思います」
――今後、解説はどのように変わっていくかとか、もし感じていることがあれば教えてください。
「あるとすればハイブリッド型ですかね。戦術や戦略的な部分により深く踏み込んだ目線でのコメントと、その解説者ならではの〝感性に沿った感覚的な話〟とか〝その人ならではの技術的な解釈〟とか、そういう要素を併せ持った解説。この領域までくると、我々実況アナウンサーが瞬間、瞬間に対応しなければいけないことが大幅に増えるので大変ですけどね(笑)」

下田恒幸
1967年生まれ。東京都町田市出身。小学生時代に在住していたブラジルで出会ったラジオのサッカー中継がきっかけで実況アナウンサーを志す。1990年仙台放送入社、2005年からフリー。主にサッカー中継(Jリーグ、欧州主要リーグ)を担当している。W杯南アフリカ大会の日本×カメルーン戦、本田圭佑と長友佑都が対決したミラノダービーを現地中継。CL決勝を3度、EL決勝を5度担当するなど経験豊富。サッカー以外の競技の実況にも対応する。