辻村明志コーチが証言 今季国内女子ゴルフツアー第6戦の富士フイルム・スタジオアリス女子オープン(埼玉・石坂GC)は、上田桃子(ZOZO)の逆転優勝で幕を閉じた。35歳でツアー通算17勝。若手が台頭するツアーでその存在感は増すばかりだ。上田の…

辻村明志コーチが証言

 今季国内女子ゴルフツアー第6戦の富士フイルム・スタジオアリス女子オープン(埼玉・石坂GC)は、上田桃子(ZOZO)の逆転優勝で幕を閉じた。35歳でツアー通算17勝。若手が台頭するツアーでその存在感は増すばかりだ。上田のコーチを務める辻村明志氏も「THE ANSWER」の取材に「桃子は年々、進化しています」と明言。上田がスランプに苦しんでいた30歳の時、復活のきっかけになった出会いについても語った。(取材・文=THE ANSWER編集部・柳田 通斉)

 優勝した上田は、1番パー5から“気迫”と高度な技術を見せていた。グリーン右奥に切られたピンまで残り210ヤード。2オン狙いで構えたライは左足下がりだった。ここで上田は5番ウッドを左サイドに振り切り、鮮やかなフェードでボールをピン上4メートルにつけた。そして、1パット。前日から「優勝するためにイーグルを取る」と言っていたが、有言実行で首位に立った。

 辻村氏は「ここに桃子の進化がある」と証言した。

「まさにオフの取り組んできたことの1つが、これでした。ドローヒッターである桃子にとっては、左足下がりで右に切られたピンを狙うショットは最も難しいこと。でも、『苦手』で片づけず、懸命にフェードボールも練習してきました。年々、進化はしていますが、そこに気迫も感じさせた最高のショットでした」

 辻村氏は上田をコーチして約8年になる。13年11月、上田は米女子ツアーのシード権を失った状態で帰国。国内ツアーのシード権を懸けて大王製紙エリエールレディスに出場し、旧知の辻村氏がキャディーを務めた。この試合で上田は3位に入り、賞金ランク48位でシード権を獲得した。

「何をやってもダメ」で王貞治氏を育てた荒川博氏のもとへ

 ただ、翌14年もスランプ気味で、地元熊本県で開催の試合に予選落ち。泣いている姿を目にした辻村氏は、「左右に体重をゆするスイングになっているから、体の正面で球をとらえられていない」とアドバイスした。それでショットが修正され、上田は辻村氏にコーチ契約を依頼した。

 二人三脚で歩き出し、上田は同年に2勝して賞金ランク10位。15年に優勝はなかったが、賞金ランク7位で「完全復活」を印象付けた。しかし、16年になると深刻なスランプに。辻村氏も「何をやってもダメ」な状態に陥った。

「2人でスランプだったので、違う方向から元気づけてくれる人がほしい状況でした。そして、週刊『ゴルフダイジェスト』で連載『1日1000回クラブを振れ』を書かれていた荒川博先生を紹介してもらいました」

 荒川氏は元プロ野球選手で引退後は、コーチ、監督を歴任。王貞治氏に一本足打法を教えた名伯楽で知られる。また、合気道6段でもあり、晩年は「気を沸き出させて打つ」の教えを基にゴルファーも指導していた。

 2人が初めて訪れた日、荒川氏は上田に「構えてみなさい」と言うと、右の脇腹を軽くプッシュ。よろける上田を見ると、自身は野球の構えを披露し、辻村氏に体を押させたという。そして、ビクともしない荒川氏の「気の入った構え」を目にし、その後も時間を見つけては、2人で荒川氏のもとを訪ねたという。

「私は先生に『もっと勉強しろ。お前も練習するんだよ』と言われ、桃子と並んで練習するようになりました。ダウンスイング、重心の置き方、呼吸の仕方なども習いましたが、『お前たちは形のことしか目に見えないのか。目で見えているものばかりを追いかけていると、人生損をするぞ』と言われました。その時、僕は体に電気が走るほどの衝撃を受けました」

 スイングは良くなっている手応えはあったが、理想のショットには届かない。その理由を荒川氏は「スイングに気持ちが入っていない。心が良くなっていないからだ」と指摘し、呼吸を止めての素振り、目隠しをしてのショットといった特殊な練習を課したという。

「僕は、先生から足元にトスされたゴルフボールを地面スレスレで打つ練習をするようになりました。最初は空振り続きでしたが、毎日のようにやっていたら、次第に当たるようになって、最後には(練習場の)グリーンに乗りました。それと構えとは全く違う方向を指され、『あそこに打て』というのもありました。『あそこに気を通せば、どこ向いていてもあそこに飛ぶだろ』ということでした。つまり、どれだけ集中力を高めてスイングをするかということです」

ストイックな姿は若手の憧れ…辻村氏「桃子のように基本を」

 荒川氏は同年12月4日に逝去した。86歳だった。辻村氏と上田が指導を受けた期間は、約6か月。同年に結果は残せなかったが、翌17年には3年ぶりの優勝を含めて2勝を飾った。そして、19年以降に4勝を積み上げている。その経緯を踏まえて辻村氏は言った。

「荒川先生との出会いこそ、桃子が復活できた大きな理由です。今も練習から『気』を入れていますし、さまざまなことに挑戦していくからこそ年々、進化しています。あのフェードボールもその1つです」

 30歳での出会いをきっかけに、上田は真の復活を遂げた。海外試合でも結果を残し、20年の全英女子オープンでは6位。今年3月のHSBC女子世界選手権では13位で、今年6月の全米女子オープンにも出場する。さらに国内メジャー初優勝を目標にすることも宣言。そのストイックな姿は、将来に不安を感じる若手選手の憧れだ。若手プロやアマ選手も指導する辻村氏は言った。

「桃子の基本を大事にして、地道な練習を繰り返す姿勢は多くの選手に見習ってほしいです。若いうちは、勢いで勝つこともありますが、長くプレーするためには進化を止めないことです。そして、桃子のように強い気持ちを持ち続けることだと思います」

 簡単には真似できないことだが、上田は身をもって、若手たちの「お手本」になっている。

■辻村明志(つじむら・はるゆき)
 1975年(昭50)9月27日、福岡県生まれ。10歳でゴルフを始め、中学時代に日本ジュニア4位。千葉・東京学館浦安高に進み、日大では1年から団体戦レギュラーとして活躍。卒業後、ツアープロに転身してチャレンジツアーで最高2位、01年のアジアツアーQTでは3位に入り、翌年の同ツアーにフル参戦。その後、コーチに転身し、現在は上田(ツアー17勝)、吉田優利(2勝)、松森彩夏(1勝)らを指導。プロゴルファーの辻村明須香は実妹。愛称は「ツジニイ」。著書は「女子プロと一緒に上手くなる!チーム辻村最強ドリル」(ゴルフダイジェスト刊)など。(THE ANSWER編集部・柳田 通斉 / Michinari Yanagida)