名将ルイ・ファン・ハールがオランダ代表監督として3期目の任をスタートさせたのは、2021年9月のこと。EURO2020…

 名将ルイ・ファン・ハールがオランダ代表監督として3期目の任をスタートさせたのは、2021年9月のこと。EURO2020のラウンド16でチェコにあえなく0−2で負け、ワールドカップ欧州予選グループGではトルコに後塵を拝するネガティブなムードを、まずは払拭しないといけなかった。

 本音を言うと、ファン・ハールはオランダ伝統の4−3−3ではなく、3−4−1−2に組み替えたかった。



70歳になっても眼光鋭いファン・ハール監督

「今のオランダ代表のメンバーは、決して世界のトップではない。3トップシステムを採用するには、右ウイングの質と量が足りない。強豪国相手に伍して戦うためには、4−3−3では難しい」

 彼はチームをそう分析していた。しかし、シーズン中は新たなシステムを作り込む時間的な余裕がない。選手たちも4−3−3で戦うことを希望していた。

「3−4−1−2へのシステム変更は、ワールドカップ予選を突破してからだ。その時間を作るためにも、プレーオフ行きをなんとしても避けないといけない」

 その目論見どおり、ファン・ハール率いるオランダ代表はラスト6試合を4勝2分の成績で駆け抜けて、見事にグループ首位でカタール行きを果たした。そして3月の国際マッチウイーク、ファン・ハール流3−4−1−2の新たな船出になった。

 デンマークとの親善試合は3月26日に組まれた。一度は25日の金曜日に開催されることで両国合意に達していたが、「1日でも多く新システムを練習してから試合をしたい」というファン・ハールたっての願いにより、スケジュールが変更になったのだという。

 合宿の冒頭では、ケガで試合に出ることのできないDFユリエン・ティンバー(アヤックス)、FWコーディ・ガクポ(PSV)もザイスト(オランダサッカー協会所在地。代表チームの活動はここで行なわれる)に集まり、ファン・ハールからシステムのレクチャーを受けていた。

オランダを凌駕したドイツ

 デンマーク戦は楽しい夜になった。前半はメンフィス・デパイ(バルセロナ)&ステーフェン・ベルフワイン(トッテナム・ホットスパー)の2トップとステフェン・ベルフハウス(アヤックス)の1シャドーがスイングし、一方的な内容で3−1にしてハーフタイムを迎えた。

 後半になると、デンマークはMFクリスティアン・エリクセンを投入。EURO2020のピッチ上で心臓発作を起こして倒れ、世界中のサッカーファンが心配したが、代表復帰戦となったオランダ戦の後半開始早々に鮮やかなゴールを決めて、古巣アヤックス(ユース育ちで2010年から2013年までトップチームでプレー)のヨハン・クライフ・アレナに集まったファンから祝福の拍手を受けた。

 デンマークを率いるカスパー・ヒュルマンド監督によると、「本当はクリスティアン(エリクセン)を、もっと遅い時間から使いたかったが、あまりに前半の内容が悪かったことと、チームにケガ人が出てしまったことから予定を早めた」のだという。

 うまく賢いエリクセンの動きにオランダはついていけないことが多々あり、急造システムの連係不足を露呈した。こうして後半はオープンな打ち合いになり、両国ともに1点を取ってオランダが4−2の勝利を収めた。

 次なるドイツ戦は3月29日。中2日の親善試合という条件にもかかわらず、ファン・ハール監督はデンマーク戦からふたりしか先発メンバーを変えなかった。現時点のベストメンバーを固めて3−4−1−2を速習させたい----というファン・ハールの思いがこもった起用法だった。

 ドイツはケガ人が多く、ベストメンバーが組めないという事情があった。だが、キックオフから60分あまりはオランダを凌駕した。

 ドイツのシステムは4−2−3−1。2列目の3人(トーマス・ミュラー、カイ・ハフェルツ、レロイ・サネ)とFWティモ・ヴェルナーの4人がポジションチェンジを繰り返してオランダ守備陣に息つく暇を与えず、MFイルカイ・ギュンドアンとコンビを組んだ19歳の新鋭ジャマル・ムシアラの後方支援がアクセントとなり、オランダにマークの的を絞らせなかった。それでも前半、ドイツがあげたゴールはアディショナルタイムにミュラーが決めた1点だけだった。

メディアが下した評価は?

 試合の流れを一気にオランダへ引き寄せたのは、フレンキー・デ・ヨング(バルセロナ)のドリブルと正確なキラーパスだ。

 68分、中盤でドイツのプレスをかわしてビルドアップの起点となったフレンキーは、敵陣でボールを再び持った時に右WBデンゼル・ダンフリース(インテル)がハーフスペースに走り込んだのを視野に入れ、高さ・速さ・正確さ・意外性を伴ったミドルパスをゴールライン際に蹴った。これをダンフリースがヘッドで折り返すと、将棋で言うところの"詰み"の状況となり、最後はゴール正面でデパイが潰れた裏からベルフワインが強烈なシュートを決めた。

 その後はオランダが勝ち越しゴールを目指して攻め込み、ヨハン・クライフ・アレナは熱狂の坩堝(るつぼ)となった。しかしながら、1−1のドローで試合は終了。

 3月の2試合を終えて、オランダのメディアが下した評価は以下のとおり。

「FIFAランキングではドイツがオランダよりひとつ上だけど、ワールドカップの優勝候補は間違いなくドイツ。オランダにも優勝の可能性はあるが、現時点で強豪国との差は大きい」

「エリクセンがプレーしたデンマーク戦の後半、ドイツの前線4人にかき回された60分間を振り返ると、オランダはポジションチェンジに対する守備の解決策を見いだせていない」

 フィルジル・ファン・ダイク(リバプール)、マイタス・デ・リフト(ユベントス)、今回負傷で代表から外れたステファン・デ・フライ(インテル)、そしてティンバーと、オランダのCB陣は質量ともに充実している。一見、ファン・ダイク、デ・リヒト、デ・フライの3人でCBトリオを組みそうなものだが、ファン・ハール監督は「左CBにはレフティを置きたい」という意向を持っているため、もしかするとデ・フライ、デ・リヒト、ティンバーのうちふたりが控えに回ることも有り得そうだ。

カタールW杯で対戦する3カ国

 また、主力選手が所属チームで出番に恵まれないことも気にかかる。

 デンマーク戦で2ゴール、途中出場のドイツ戦でも値千金のゴールを決めたベルフワインは、トッテナムで試合にこそ出ているものの出場時間があまりに短い。「今のコンディションでは2試合続けて先発は無理」とファン・ハール監督に判断され、ドイツ戦のスタメンを回避された。

 マンチェスター・シティでの出番が少ない左CB兼左WBのナタン・アケも、ドイツ戦は途中出場だった。エースのデパイはオランダ代表では絶対的な存在だが、選手層の厚くなったバルセロナにおいて負傷後はレギュラー争いで厳しい立場に立たされている。

 ファン・ハール監督は持論を曲げてでも、クラブでの出場機会に乏しい選手を代表チームで抜擢せざるを得ない。パリ・サンジェルマンで問題を抱えるMFジョルジニオ・ワイナルドゥムも練習でのパフォーマンスが上がらず今回はレギュラーから外れてしまい、途中出場の一度しかプレーできなかった。

 28歳で初キャップを獲得したGKマルク・フレッケン(フライブルク)は、足もとのうまさから「LvGキーパー(ファン・ハール好みのGK)」と呼ばれている。今回は2試合で3失点を喫したことから、評価は保留といったところか。GKは層が極めて薄いだけに、フレッケンに対する注目は今後も高そうだ。

 ドイツ戦で左WBとして先発に抜擢されたタイレル・マラシア(フェイエノールト)は3度目のキャップを記録。今季フェイエノールトの監督に就任したアルネ・スロット監督の指導のもと、「感覚的な左SB」から「戦術眼に秀でた左SB」へ進化を遂げた22歳だ。

 前半のデュエルであばらを痛めて74分でベンチに下がったが、「マラシアはよかった。痛みさえなければもっと長く使いたかった」と、ファン・ハール監督から高評価を得た。オランダリーグ勢の欧州カップ戦での活躍は、このような形で代表チームの底上げにつながっている。

 ワールドカップ抽選会の結果、オランダはグループAでカタール、セネガル、エクアドルと戦うことになった。帰化選手の存在が不気味なカタール、アフリカ王者のセネガル、熾烈な南米予選を4位で突破したエクアドルと、曲者が揃っている。だが、グループ首位突破はオランダが本命と言えるだろう。

2020年末に前立腺がんが発見

 本大会に向けてオランダは、ベルギー、ポーランド、ウェールズと戦うネイションズリーグで、6月に4試合、9月に2試合戦いながら3−4−1−2の作り込みに励む。ネイションズリーグは強化試合としてレベルの高さが魅力的な一方、他大陸との試合を経験しないまま本大会を迎えることになる。

 4月4日、スポーツジャーナリストのフンベルト・タンがホストを務めるトーク番組『フンベルト』のゲストとして、自身のドキュメンタリー映画『ルイ』の告知も兼ねて出演したファン・ハールは、2020年12月に前立腺がんが見つかって2021年1月から放射線治療を続けていることを明らかにした。

 この告白に、オランダ国民はショックを受けている。ファン・ダイク主将もそのひとり。チャンピオンズリーグの試合前会見で「今度のワールドカップは忘れることのできないものにしたい」と誓った。

 最近、ファン・ハール監督が「スピリッツ」という言葉を頻繁に使っていることが気にかかっていた。「ハードワークとスピリッツは違う。スピリッツには、チームへのコミットメントが含まれている」といった具合だ。実は、本人ががんに打ち勝とうと闘志を燃やしていたのだ。

 オランダの報道では「KNVB(オランダサッカー協会)は万が一、ファン・ハールの健康がすぐれずカタールで指揮を執ることができなくなった場合、監督候補になっているロナルド・クーマンの早期就任に乗り出す(※その後、2023年1月に就任することが正式決定)」「KNVBはファン・ハールが病気治療中であることを知って契約した。プランBはない」と両論がある。

 なによりも、まずは氏の健康回復を祈りたい。