帝拳ジム会長が認める村田諒太の魅力「井上尚弥みたいなものはない。でも…」 ボクシングのWBAスーパー・IBF世界ミドル級王座統一戦が9日、さいたまスーパーアリーナで行われ、WBAスーパー王者・村田諒太(帝拳)がIBF王者ゲンナジー・ゴロフキ…

帝拳ジム会長が認める村田諒太の魅力「井上尚弥みたいなものはない。でも…」

 ボクシングのWBAスーパー・IBF世界ミドル級王座統一戦が9日、さいたまスーパーアリーナで行われ、WBAスーパー王者・村田諒太(帝拳)がIBF王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)に9回2分11秒TKO負けした。興行規模が20億円を超える日本史上最大のビッグマッチ。元来のボクシング小僧は歴史的激闘を楽しんでいた。引退に揺れ、再起を決めてから3年半。魂を燃やした過程に何を思ったのか。戦績は36歳の村田が16勝(13KO)3敗、40歳のゴロフキンが42勝(37KO)1敗1分け。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 たった一言が、純粋な気持ちを呼び起こした。村田が決戦の会場に向かう途中。「楽しんでこい」。9年間、自分を世界に押し上げてくれた帝拳ジム・本田明彦会長からだった。「そうだよな。楽しんでいいんだな」。プロ19戦目。初めて言われた。

 中学3年で競技に出会い、のめり込んだ。海外の動画を食い入るように見つめ、WOWOWの専門番組は欠かさずチェック。マイク・タイソン、フェリックス・トリニダード、辰吉丈一郎……。抜群の記憶力で技術論を蓄え、自らを「ボクシングマニア」と称する。いつかビッグマッチのリングに立ち、大観衆を熱くさせることを夢見た。

 憧れた選手の一人がゴロフキンだった。強く、真摯。ずっと目標にしてきた。「ゴロフキンと打ち合えている」「意外と効いているな」「楽しい」。至高の殴り合いの中で感じることができた。過酷で苦しいボクシング。プロ初ダウンも経験した。敗北したためか、試合後は「楽しくなかったですけどね」と笑って念を押しつつ、打ち明けた。

「どこまでやっても、もしかしたらボクシングファンみたいなところがあるのかもしれないですね。ずっと海外の選手を見てきて、本当の一流選手とやっている嬉しさがあったかもしれない。何しろ会長に『楽しんでこい』と言われたのが嬉しかった。それでいいんだと思って」

 傷だらけの笑顔は一瞬だけ少年時代に帰っていた。ただ、直後に声を震わせた。タオルで目元を拭う。

「プロになって全然楽しくなくて、勝たないといけないし、金メダルを獲ってなかなかプレッシャーがあったんですけど、最後に楽しんでこいよって言われたことが嬉しくて。『楽しんでいいんだ』って……楽しくなかったですけどね!?(笑)。ちょっと楽しい瞬間もあったかもしれないです」

 会長の一言が、金メダリストを苦しみから解放させた。

3年半前に「あのボクシングが最後は嫌だ」と再起を決断、いま何を思うのか

 1試合で何億円も動くのが当たり前のミドル級。世界戦を一度組むだけでも困難を極める。どうしても「勝って当たり前」と見られる相手との試合が続き、重圧がのしかかった。今回は初めて真の世界No.1と対戦。直前に背中を押した本田会長は「2日前の会見からいつもよりナーバスでした。でも、控室では冷静。大したもんだなと。100%の力を発揮した」と奮闘を労い、最大限の賛辞を送った。

「一般の評価が低すぎるんです。不格好で井上尚弥みたいなものはない。でも、精神力、体の強さは超一流。精神力が一番の特徴です。今回は相手と技術の差がありました。ガードが世界一だからあそこまで持ったと思います。イベントを組んでも結果が悪いと意味がない。あいつに感謝です。終わってもお客さんが一人も帰らないのは珍しい。素晴らしい男ですよ。最高の姿を見せてくれた」

 総額20億円を超える超大型興行が日本で実現した。触れ込みに違わぬ、大勢のファンを感動させた死闘。試合直後、本田会長の携帯には「負けたけど感動しました」と海外のボクシング関係者からイベント成功を祝福する連絡が相次いだという。

 2度目の王座陥落を喫した村田。1度目の2018年10月、ラスベガスでロブ・ブラント(米国)に敗れた後、心は限りなく引退に傾いた。1200発超のパンチを浴び、不甲斐ない姿を晒した判定負け。「あのボクシングが最後は嫌だ。自分に永遠に嘘をつくことはできない」。まだやり切っていない。この想いが現役続行を決めた理由の一つだった。

 今回、どうしても聞きたかったことがある。現役続行会見から1222日。自分自身に納得することを求めてボクシングに打ち込んできたはず。王座奪還、初防衛、王座統一戦の3試合を戦った。これだけの死闘を演じ、リングを降りるまでの過程に何を思うのか。こちらの目を真っすぐに見つめ、答えてくれた。

「よくやったとか、全て出し切ったとかって、実際に試合からもうちょっと時間が経ってからじゃないと言えることはないですね。今の時点で自分を客観的に捉えることはできないです。でも、試合が終わってお客さんが帰らずにいてくださった。拍手してくださったその事実に対して、自分のことを評価してあげてもいいかなと思います」

 いつもの冷静な言葉選び。正直な胸の内だろう。時が経ち、どんな感情が湧き上がるのか。下手な詮索はすることなく、その答えを待ちたい。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)