真剣な表情から一転、クスリと笑みを浮かべる姿には、大人びた一面の裏に少年らしさを残す。車いすテニス界の若きホープである小田凱人、15歳。この春に中学の卒業式を終え、直ぐにアメリカのツアー大会へと旅立っ…

真剣な表情から一転、クスリと笑みを浮かべる姿には、大人びた一面の裏に少年らしさを残す。車いすテニス界の若きホープである小田凱人、15歳。この春に中学の卒業式を終え、直ぐにアメリカのツアー大会へと旅立った。

11度目の全豪制覇をした日本のレジェンド国枝慎吾が「小田は日本の車いすテニス界の明るい材料。いつでもバトンタッチできる」と話したのは、類まれな才能への期待に加え、同じ土俵に立つライバルとして認めたようにも聞こえた。

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■壁を超えるためのポイントは…

「ライバルと思っているのは僕の方だけです」。

そう恥ずかしそうに語っていたのは昨年の秋頃だっただろうか。あれから約3カ月が経つ頃には全豪の前哨戦で国枝を相手に6-7(2)、6-7(1)という熱戦を演じ、最強の男に詰め寄った。ジュニアからシニアへと移行していた2020年末では90位だったランキングも、現在は9位まで上がり、グランドスラム出場に必要な7位以内の位置を確実にするため転戦を続けている。今季からはグランドスラムに次ぐITFスーパーシリーズと1シリーズに参戦し、会場でボールを打ちあうライバルは世界トップのメンツばかりとなった。

昨季は55勝2敗と96%の勝率を挙げた小田も、今季は実力者たちを前に5勝4敗と突破しきれない現実に直面している。ホープの快進撃を阻止したのはいずれもメジャータイトルを持った強者たち。先週1位に躍り出たアルフィー・ヒューエット(イギリス)、4位のゴードン・リード(イギリス)、そして15年以上も世界のトップクラスを牽引してきた日本の国枝慎吾だ。

これまでに「出る試合はすべて勝ちます」と言い切ってきた無邪気さも、今回の敗戦から「現状ではトップ選手に勝てないかな」と影を潜めるほど。だが、この率直な感想もこれから登る山を見据えているような響きがあり、自身の強みであるショットの威力やスピードは彼らを相手にしても通用することを確認できたと語っている。その才能は国枝も「全部のショットが一級品。いつトップに来てもおかしくない状態だと思います」と太鼓判を押すほど。

ただそれだけでは勝てない。その答えを求めるかのように小田は「トップ選手はここという時の勝負所でギアの上げ方が違う。絶対に取りたいポイントやチャンスボールを必ずものにする決定力がある。このレベルでも球威で押して相手を追い込める場面は多かったですが、時間と共に慣れて対応されてしまうのでポイントのバリエーションを増やさないといけない」と言葉を繋いだ。

写真:本人提供

特に憧れのレジェンドについても「国枝さんの場合、自分からポイントを取りにいく時と相手にポイントを取らせないようにするのが上手い。特に今回は相手に取らせない術というものを見ました。わざと相手を攻めさせてパッシングやミスをさせることが出来る。その分、選択肢が増えるので、それが自分にも出来ればチャンスはあると思います」と冷静に分析。

ゲーム巧者ほど勝負の局面ごとに幾つかの主導権の握り方を使い分けるもの。大人顔負けのパワーヒッターとしてここまで勝ち進んできた小田にとって、トップクラスで必要な勝負の綾を今まさに吸収している時期なのだろう。勝利まであとわずかだった試合を振り返りながら、次戦への対策を今後のトレーニングで身に着ける覚悟だ。

今季好調を維持しているヒューエットとの対戦では、2戦ともに苦杯をなめた。バックハンドの強打が印象に残るヒューエットだが、小田にとっては「ショートクロスとストレートのコンビネーションが、読みにくく動けないことがある」と、正確な打ち分けからビッグショットが生まれていることを解している。そしてそのプレーの質を下げることなく多くの試合でそれを継続できることが、今の小田自身との違いだと言い残した。

世界No1を目指すためには越えなければいけない壁を前に、異常な高揚もなく、打ちのめされた感もない。ただ「どうすれば越えられるのか」という淡々と話す姿に、また15歳らしからぬ地に足がついた落ち着きを感じる。

■「勝利の先の価値を知っている」

昨年末のトルコ遠征にコーチとして帯同した元プロテニスプレーヤーの藤岡希さんは、小田について自身を客観視する能力に加え、考えを言語化することに長けているともいう。そして彼が見せる落ち着きは、テニスを始めた頃からの志が関係しているとした。

藤岡氏はさらに「小田選手は、すでに勝利の先の価値を知っています。自分の活動や勝つことで、同じ病気の子や困っている人の力になりたい。みなのために戦うんだ。という思考が彼を支えている。私はそこにスケールの大きさを感じていますね。そして彼は自分自身のことを良く知っています。何で自分をモチベート出来て、何が好きで、何が自分に良くないか。そして『頂点に行く』ということへのブレない強さが、彼の行動や振る舞いを強固にしているのだとも感じました」と続けた。

写真:本人提供

かくして、史上最年少でBNPパリバ・ワールド・チームカップの日本代表に選ばれた小田は、5月からヨーロッパ遠征へと旅経つ。取材の数日後には、全仏のドロー数が12人に変更されたことから晴れて四大大会のデビューが決まった。

「本来であればドロー数が増えなくてもダイレクトインできる位置にいることがベストだった」と負けず嫌いの顔を覗かせながらも「形がどうであれ全仏に入るために昨年末から努力してきたので、出場できることはとても嬉しく思っています」と喜びを噛みしめている。

小田にとって、この夏の始まりからエキサイティングなシーズンが続きそうだ。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員

1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。