甲子園は夢のある場所であると同時に、残酷な場所でもある。 そもそも全国に4000校近い野球部があるなか、甲子園に駒を進められること自体が奇跡のような確率なのだ。それでも甲子園を目指し、全国制覇に一歩でも近づくことを狙い、なかにはプロ野球の…

 甲子園は夢のある場所であると同時に、残酷な場所でもある。

 そもそも全国に4000校近い野球部があるなか、甲子園に駒を進められること自体が奇跡のような確率なのだ。それでも甲子園を目指し、全国制覇に一歩でも近づくことを狙い、なかにはプロ野球の世界を目指す者もいる。

 ただし、甲子園という大舞台で自信とプライドが粉々に砕け散る現実もある。今回はあるひとりの有望選手にスポットを当てたい。



センバツ初戦の広陵戦で打ち込まれた敦賀気比のエース・上加世田頼希

センバツでまさかの惨敗

「こんな結果のあとで酷な質問かもしれませんが、夢であるプロの世界へ行くための道筋は描けていますか?」

 試合後の会見でそう聞くと、敦賀気比の上加世田頼希(うえかせだ・らいき)は意気消沈した様子でこう絞り出した。

「全然、この先で通用する選手とは思っていないので、今のままでは高校止まりで終わってしまう力のない選手なのかなと思います」

 エース・4番打者・キャプテンと重責を背負った3度目の甲子園だった。

 大阪の強豪軟式グラブ・門真ビックドリームスに在籍した中学時代には侍ジャパンU−15代表に選ばれ、高校では下級生時から投打に活躍。3年春のセンバツ初戦の相手は、昨秋の明治神宮大会準優勝の広陵。満天下に自分の力を示す条件は揃っていた。

 試合前のブルペンでは「うまく体を使えているな」と、快調だった。だが、いざ本番のマウンドに立つとふだんの自分ではいられなくなった。

「上半身で力任せに投げてしまいました。『自分が抑えないといけない』という思いが、力みになったのかなと」

 結果は散々だった。投手としては7回1/3を投げて14安打を浴び、8失点。打者としては3打席しか回ってこず、最終打席に放ったライト前ヒットのみ。チームは0対9で大敗した。

「自分の力のなさ、甘さが出たのかなと思います。最後に決められる球がない、というのが現状なのかなと」

 敦賀気比の東哲平監督も「もうひとつ厳しいところへ投げきれなかった」と、投手としての上加世田を評している。広陵の強打者のインコースをえぐるはずが、少しずつ甘く入ってしまった。

尊敬するのは森木大智

 その話を耳にして、右手がふいに疼(うず)いた。3年前、私は中学生だった上加世田と雑誌『中学野球太郎』の企画で対戦させてもらったことがある。その時、上加世田は左打者である私のインコースを執拗に突いてきた。かろうじてバットに当たった瞬間、右手に猛烈な痛みとしびれが走った。上加世田は当時から最速137キロの快速球を投げていたが、そのボールの強さを身をもって体感した。

 上加世田の恐ろしいところは、球威だけではない。対決前の私のスイング姿を見て、「インコースを引っかけ気味に打っているから、ここを攻めよう」と決めたという。並外れた洞察力も上加世田の魅力だった。

 上加世田は1学年上の森木大智(現・阪神)を尊敬している。中学2年の春には、学校の作文にこんな思いをしたためている。

<なぜ、森木さんを目指しているのかと言うとMAX146キロを投げて、打つのもできる全国ナンバーワンの選手だからです。森木さんはうまいで終わるのではなく、カバー、全力疾走、声かけ、すべてできる人だからです。一番の選手だからといってサボることもせず、何事も必死にやっているからです。僕の目標は森木さんを超える人になることです。>

 森木はその後、中学3年時に最速150キロをマーク。3年後には高卒ドラフト1位でプロに進んだ。憧れの存在に続いて自分もプロへ行きたい。そう期待に胸を膨らませて迎えた春、上加世田は現実を思い知らされた。

恩師の悪い予感が的中

「テレビ画面で頼希の表情を見た時、悪い予感がしました」

 そう語ったのは、門真ビックドリームス時代の恩師である橋口和博監督だ。橋口監督は、「頼希の表情を見れば、その日の出来がだいたいわかる」と語った。

「背負いすぎる時、『やらなアカン』の思いが強すぎる時は顔に出ます。甲子園はとくにそうでした。右手をヒラヒラさせてリリースポイントを確認する仕草もありましたけど、自分に自信がない証拠。バッターと勝負できていなかった」

 門真ビックドリームスからは上加世田だけでなく、捕手の渡辺優斗、一塁手の岡村颯樹が敦賀気比のレギュラーとして出場していた。教え子を甲子園に導いてくれた高校に感謝しつつも、力を発揮できなかった選手にはもどかしい思いがあるようだ。橋口監督は、上加世田についてこう語った。

「笑われるかもしれないけど、もういっぺん、中学・高校に入学した時の気持ちに戻って、『12人に入る(ドラフト1位でのプロ入り)』という目標を再確認していこうやと言いたいです。今は小手先で勝負していて、スケールが小さく感じます。将来的には野手に適性があるかもしれませんけど、ピッチャーとしても大きく育ててもらっていますからね」

 どんなに打ちのめされても、季節は巡っていく。夏まで残された時間は短い。上加世田は甲子園での試合後、こんな言葉も残している。

「このままじゃ全然ダメなんで。ピッチャーにしてもバッターにしても、ずば抜けられるような。人一倍練習していきたいと思います。メンタルが弱いので、まずは気持ちから強くしていきたいです。一から頑張っていきます」

 本当に「高校止まり」の選手なのか、それとも。上加世田頼希の、野球選手としての存在価値をかけた戦いは続く。