「中学の頃から優大(ゆうだい)が大阪桐蔭に行くと知って、『絶対、甲子園で倒すぞ』って本人に直接言っていました」 國學院久我山のリードオフマン・齋藤誠賢(せいけん)からこの言葉を聞いたのは2月28日だった。齋藤と大阪桐蔭の海老根優大は千葉・京…

「中学の頃から優大(ゆうだい)が大阪桐蔭に行くと知って、『絶対、甲子園で倒すぞ』って本人に直接言っていました」

 國學院久我山のリードオフマン・齋藤誠賢(せいけん)からこの言葉を聞いたのは2月28日だった。齋藤と大阪桐蔭の海老根優大は千葉・京葉ボーイズのチームメイトで、ポジションは同じ外野手である。



大阪桐蔭の主砲・海老根優大

あいつが出られないチームって...

 海老根は中学硬式球界でその名を知らぬ者はいないほど、名を馳せた逸材だった。中学通算26本塁打を放ち、侍ジャパンU−15代表で4番打者を務めた。小学6年時には陸上100メートル走の全国大会で4位に入賞した身体能力の持ち主でもある。

 中学時代は強肩俊足の海老根がセンターを守り、レフトを守ったのが齋藤だった。齋藤はイチロー氏(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)に憧れて右投左打に転向した、俊足好打の外野手。齋藤はいつも隣を守る海老根に対抗心を燃やしていた。

「隣に世代ナンバーワンがいると、いい目標になっていました。優大に追いつき追い越せと努力していった結果、どんどんうまくなっていきましたから」

 高校は海老根が全国からエリートが集う虎の穴・大阪桐蔭へ。齋藤は文武両道を目指して國學院久我山へと進学する。齋藤は下級生時からセンターのレギュラーとして活躍したが、海老根は名門の高い壁に直面していた。てっきり1年時から海老根が活躍するだろうと予想していた齋藤は、現実を目の当たりにしてこう思ったという。

「あいつが出られないチームって、どんだけ化け物の集まりなんだ?」

 彼らが高校2年の秋、大阪桐蔭は近畿大会で優勝し、國學院久我山は東京大会で優勝。翌春の選抜高校野球大会(センバツ)出場を確実なものとした。

 齋藤は1番センターとして、公式戦9試合で打率.500、1本塁打、9打点、3盗塁と大暴れ。守備範囲の広いセンターの守備でもチームのピンチを救った。



國學院久我山高校のリードオフマン・斎藤誠賢

 そして、海老根も2年秋にセンターのレギュラーポジションを奪取。明治神宮大会では、打った瞬間にそれとわかる本塁打を神宮球場に叩き込んだ。

 ともに主力として迎える3年春のセンバツ。齋藤は冒頭のように、打倒・大阪桐蔭への熱い思いを吐き出したのだった。

ついに対決が実現

 それから4日後、センバツの組み合わせ抽選会が開かれた。

 勝手ながら、筆者は國學院久我山と大阪桐蔭が対決するのは厳しいと感じてしまった。互いに勝ち上がれば準決勝での対戦になる。優勝候補筆頭の大阪桐蔭はまだしも、11年ぶりの出場でセンバツ未勝利の國學院久我山が準決勝に勝ち上がる可能性はお世辞にも高いとは言えなかった。

 だが、國學院久我山は驚くべき快進撃を見せる。課題とされた投手陣が奮起し、3投手が持ち味を発揮。打線も大技・小技を駆使して得点を奪った。有田工、高知、星稜と強敵を立て続けに破り、見事ベスト4に進出した。

 齋藤は星稜との準々決勝で追撃のタイムリーヒットを放つなど、2安打1打点と活躍。國學院久我山の試合後、大阪桐蔭の準々決勝が始まっていた。「海老根選手との対決が実現すると仮定して、意気込みを聞かせてください」と聞くと、齋藤の口からは威勢のいい言葉が飛び出した。

「自分は『優大を甲子園で倒すぞ』と前から言っていたので、それを実現したいです」

 さらに、自分のどんな進化を海老根に見せつけたいかと聞くと、齋藤はこう答えた。

「中学からずっと細かったんですけど、『高校ではちょっとガッチリしたぞ』というところと、『打球の質も上がっているぞ』というところです。センターにいる優大のところへ打ち返してやりたいです」

 その会見から約2時間後、大阪桐蔭は大会タイ記録となる1試合6本塁打の猛打を浴びせ、市和歌山に17対0と圧勝。海老根も高校通算4号となる本塁打を放つなど、3安打2打点と勝利に貢献した。

 海老根はしきりに「自分たちは長打を打てる選手が少ない」と口にした。中学野球のスーパースターにしては、意外なコメントに思えた。どうしてそんな心境に至ったのかを聞いてみると、海老根は淀みない口調でこう答えた。

「1学年上の先輩方がすばらしい選手ばかりだったんですけど、自分たちの代は先輩を押しのけて出場する選手が少なかったので。だから、そういう心境になったのだと思います」

 齋藤の話題を向けると、海老根の目元に笑いじわが広がった。やはり海老根も齋藤の存在を意識していたのだ。

「中学の時から一緒に頑張ってきた仲間なので、ライバル意識はあります。今も中学時代も印象はあまり変わらないんですけど、相変わらずミート力があって、足も使えて、出塁率が高い、いいバッターだなと思います」

 齋藤が「海老根を絶対に倒す」と口にしていたことを告げると、海老根は何かを飲み込むように一拍置いてからこう答えた。

「次の試合も一戦必勝で、自分たちの野球ができればいいなと思います」

 それは平幕力士の挑発に乗らない、横綱のようでもあった。

 単純な戦力だけを見れば、大阪桐蔭の優位は揺るがない。それでも、波乱が起きるとすれば、下剋上に燃える切り込み隊長が風穴を開けるのではないか。3月30日の準決勝は、プレーボールのコールがかかった直後から目が離せない。