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【短期連載】令和の投手育成論 第2回

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 3月25日に行なわれる2022年シーズンのプロ野球開幕戦で、驚きの抜擢となったのが横浜DeNAベイスターズの東克樹だ。大卒1年目の2018年に11勝を挙げて新人王に輝いたが、翌年の自主トレ期間に左ヒジに炎症を起こし、2020年2月にトミー・ジョン手術を受けた。長いリハビリを経て昨季終盤に一軍マウンドへ舞い戻り、本格復帰を目指す今年、開幕投手の大役を任されることになった。



東海大時代、ドラフト4カ月前にトミー・ジョン手術を受けた巨人の山﨑伊織

トミー・ジョン手術で9割は復帰

 シーズンオフから報道を通じて各選手の動向を追いかけるなか、たびたび目にしたのが「トミー・ジョン手術からの復活」という切り口だ。千葉ロッテマリーンズの元クローザー・西野勇士や、オリックスバファローズのブルペンを支えた近藤大亮と黒木優太、DeNAでは左腕・田中健二朗らが今季の復活を見据えている。実績のある彼らがマウンドに戻ってくれば、各チームにとって大きな戦力になるだろう。

 一方、プロで実績を残していないうちから熱視線を注がれる投手が巨人にいる。青森山田高校から2019年ドラフト1位で指名された堀田賢慎と、東海大学から2020年2位で入団した山﨑伊織だ。

 堀田は新人合同自主トレで右ヒジの違和感を訴え、高卒1年目の4月にトミー・ジョン手術を受けて育成枠から再起を図った。今年のオープン戦で結果を残して開幕直前に支配下登録され、先発ローテーション入りを期待されるほどだ。

 2020年ドラフトの目玉と目された山﨑は"運命の日"の4カ月前に同手術を受け、東海大と結びつきの強い巨人に"サプライズ指名"された。長らく投手がヒジにメスを入れることを嫌がるNPB球団は少なくなかっただけに、山﨑の指名はトミー・ジョン手術に対する理解が進んできた表れとも言えるだろう。球団の目論見どおり、今年のオープン戦では完成度の高さを示した。

「今はトミー・ジョン手術になっても、90%以上はしっかり復帰できます」

 元ヤクルトの館山昌平の執刀医で、その道の権威として知られる慶友整形外科病院の古島弘三医師は断言する。

「だいたい9割くらいは復帰できますし、選手の"最終手段"としてはいいと思います」

 そう語るのは、岡山大学病院整形外科の島村安則医師だ。自身も大学までプレーした同医師が条件つきで肯定したのは、メスを入れるまでの背景が十分に理解されているとは言えないからだ。

「トミー・ジョン手術が"ひとり歩き"している感があります。それをすればよくなるわけではない、と言っておきたい。トミー・ジョン手術があるのはいいことですが、その前にやるべきことがいっぱいあります」

トミー・ジョン手術に至る引き金

 トミー・ジョン手術は内側側副靱帯再建手術という名のとおり、ヒジの靭帯が機能せず投球に支障をきたす場合、腱を同部に移植する術式だ。実戦復帰には約1年を要する。日本では保険適用され、費用は約10万円。なかには中学生が受けにくることもあるという。

 50年近く前に初めて行なわれたこの手術はよくも悪くも一般的になったとはいえ、整形外科医にとって難度が高く、日本で執刀できる者は限られている。

「何をやっても治らないから、トミー・ジョン手術をしてください」

 島村医師はそう患者を紹介されることもあるが、診断の結果、「必要ない」と帰らせるケースもあると言う。

「高校生の場合、もともと剥離して治らない跡があり、さらに痛めている選手も多くいます。そういう時には最悪、トミー・ジョン手術をやらざるを得ないケースもあるでしょうが、多くの場合は全身のコンディションが悪くて痛くなっている。コンディションさえ整えてあげれば、そのヒジの状態でプレーできるケースもよくあります。コンディションがよくなってもまだ痛い場合は、『じゃあ、やるか』という話をします」

 トミー・ジョン手術に至るには、当然原因がある。引き金のひとつが野球ヒジだ。

 小中学生はヒジの内側に過度の負担がかかると、骨や靭帯が引っ張られて剥離骨折に至る場合がある。剥離、つまり骨と靭帯がはがれて傷跡がつくと、紙を折った時と同様、その跡は二度と消えない。

 こうした影響がのちにどう出るのか。トミー・ジョン手術のリハビリを50件以上担当し、島村医師とも連携する高島誠トレーナーが説明する。

「小中学生は成長期で、軟骨の状態で骨が固まっていないから指導者はデリケートに扱う必要があります。高校生くらいで骨が固まったら、今度は靭帯に負担がかかります。そこで小中の時に剥離骨折などをしていると、土台が脆い状態なので、投げすぎるとヒジが痛くなってしまう」

 ヒジの故障は登板過多など環境的要因もあれば、過度の負担がかかる投げ方を続けてきたという技術的な理由もある。

 島村医師は「多くの場合は全身のコンディションが悪くて痛くなっている」と説明したが、投球メカニクスに起因するところが大きい。たとえば下半身と上半身の連動がうまくできていなかったり、柔軟性が足りないために投球動作で前方に行けなかったりした場合、腕の力に頼りやすくなる。そうした投げ方を続けていると、最悪、トミー・ジョン手術に至るケースがあるという。

PRP療法の効果

 ヒジにメスを入れるのを避けたい場合、PRP療法(自己多血小板血漿注入療法)も選択肢のひとつだ。自身の血液を採取して遠心分離器にかけ、組織が再生するために必要な要素が含まれる層を抽出し、損傷部位に注射して治癒を促進する。トミー・ジョン手術は実戦復帰までに約1年かかる一方、PRP療法ならずっと短い期間での回復を期待できる。

 ただし前者は保険適用されるのに対し、後者は自由診療だ。ヒジへの効果はエビデンスがなく、アメリカから輸入するキットは原価で6〜7万円ほどかかる。

 PRP療法は田中将大がニューヨーク・ヤンキース時代の2014年に行なって復帰を果たした反面、ロサンゼルス・エンゼルスで受けた大谷翔平はのちにトミー・ジョン手術に至った。それほど個人差が大きいが、医師の見解はどうだろうか。

 慶友整形外科病院の古島医師が独自の適用基準を説明する。

「ヒジの靭帯損傷の場合、僕のなかで<軽い><中くらい><重い>の3つに分けて、そのなかでさらに<軽い><重い>の6段階に分類します。<中の軽い>までなら効くかもしれない。<中の重い>は厳しい可能性がある。だけど早い復帰が一時的に望まれる場合には、『状態が悪いけど、やってみるか』ということもあります。でも、酷い人はまた痛くなる。軽い人なら思ったよりよくて、PRPが効いているんだなというのがありますね」

 一方、岡山大学整形外科の島村医師はこう見解を述べる。

「ヒジの内側靱帯へのPRPはあまり信用していません。ただし、なぜか知らないけど『効いた』と言う人がいる。だから適用が難しいです。ヒジのコンディションがどうしようもなくて、こちらから見たら『トミー・ジョン手術をしたほうがいいでしょう』という症例でも、『絶対手術はしない』という人もいます。そして数カ月後に実戦をやらなければいけないという時、僕のいい口としては『最後、おまじないをする?』というのがPRPです」

 エビデンスがなく、医師でさえ明確な理由はわからないが、「効いた」と言う人もいる。考えられる可能性として、高島トレーナーは「痛みの原因として、そこまで靭帯が影響していなかったんじゃないですか。ちょっと期間があいて、ほどよく休めて復活した」と私見を述べた。

 ちなみにPRP療法についてエビデンスが出ている部位もあり、島村医師は「(ふくらはぎやハムストリングの)肉離れにはいいと思う」と話した。

 対してヒジの靭帯には効果が不確かで、大谷のようにPRP療法ではうまくいかなかった場合、最後はトミー・ジョン手術に至る。そうした意味でも"最終手段"と言えるだろう。

出術決断に最も必要なこと

 だが、さまざま理由で手術に踏みきることができず、野球人生をフェードアウトしていく投手は少なくない。実際、古島医師はそうしたケースを見てきた。

「ヒジが痛くてスピードは落ちたけど、そこそこ投げられるとします。この子にとって手術したほうがいいのか、このまま『頑張れ』と続けさせるのがいいのか。大学3年の春や秋に『痛い』と言ったら、周囲は『どうする?』となるじゃないですか。このまま投げられればスカウトが来てプロに行けるかもしれないのに、手術したら絶対無理。そこで痛いのを我慢して投げても、球速が上がらない。そうやって悩むうちにシーズンが始まり、機を逃して、結局うやむやになっている子もいます」

 巨人の山﨑はまさに大学3年秋にヒジの靭帯を部分断裂し、望みを託して年明け3月から始めたPRP療法では好転せず、5月中旬にトミー・ジョン手術を決断した。後押しされたのが、執刀医にかけられた言葉だった。

「もしPRPをして一時的によくなったとしても、野球人生のなかでトミー・ジョン手術をしないと、これから先に行けないと思うよ。若い年のほうが回復力もあって、治っていくスピードが速い。するなら早いほうがいいんじゃない?」

 山﨑は6月にメスを入れる以前、社会人野球の強豪チームから内定が出ていた。そこで1年間リハビリし、その先を目指そうと考えていた。だからこそ決断でき、巨人というよりよいリハビリ環境にたどり着いた。

 トミー・ジョン手術という重い決断を下すには、不可欠なことがある。自分は野球人生でどこを目指すかという、ビジョンだ。

第3回につづく

(一部敬称略)