── こんな投手らしいフォームだったかな? 近江の山田陽翔(はると)の投球練習を見て、そんな疑問が湧いてきた。夏の甲子園ベスト4に進出した、高校2年時の投球動画を見直してみる。当時は上体が前かがみの体勢で投げていたが、新3年生となった今は背…

── こんな投手らしいフォームだったかな?

 近江の山田陽翔(はると)の投球練習を見て、そんな疑問が湧いてきた。夏の甲子園ベスト4に進出した、高校2年時の投球動画を見直してみる。当時は上体が前かがみの体勢で投げていたが、新3年生となった今は背筋がスッと立っている。その姿勢のよさが「投手らしい」の印象につながっているのだろうか。



初戦の長崎日大戦で延長13回をひとりで投げ抜いた近江・山田陽翔

 試合後に背筋を伸ばした理由を聞くと、山田は明朗な口調で教えてくれた。

「省エネのためです。少ない力で質のいい球を投げるために、背筋を伸ばして力を抜いた状態で投げたかったんです。猫背だと体を大きく使いすぎて、無駄な力が入ってしまうので。キャッチボールの延長という感覚でピッチングするために背筋を伸ばしました」

投手としての僕を見てほしい

 山田は投手としても野手としても、非凡な才能の持ち主だ。だが、昨秋時点でより輝いたのは、「野手」の才能だった。

 中田翔(巨人)を彷彿とさせる打席でのムードと、ステイバックで打球を弾き飛ばす豪快なスイング。一方、投手としては夏の甲子園で右ヒジを痛めた影響もあり、秋は登板を回避。そもそも夏の甲子園でも、スカウト陣からの投手・山田の評価は芳しいものではなかった。最速148キロをマークするといっても、球質が特別に光るわけではない。身長174センチ、体重75キロという中肉中背の体格も相まって、大きなスケール感を感じにくい存在だった。

 昨秋の近畿大会の試合後、山田に聞いてみたことがあった。投手と野手、どちらを本格的に極めていきたいかと。山田は私の質問に被せるように「投手です」と即答した。

「僕はバッターの時にピッチャーに向かっていく気持ちより、ピッチャーの時にバッターに向かっていく気持ちのほうが大きいので。ピッチャーとしての僕を見てほしい気持ちは、すごく強いです」

 投手への強烈なこだわり。それが山田陽翔という野球選手の背骨を貫いている。

 そして、2022年3月20日。山田にとって思いがけず甲子園という大舞台が巡ってきた。センバツに出場予定だった京都国際が、多数のコロナ陽性者が出たため出場辞退。近畿の補欠校だった近江が繰り上がり、大会に出場することになった。

 出場辞退した京都国際に対する質問が飛ぶたびに、山田は申し訳なさそうな表情で「いたたまれない」というフレーズを口にした。「本当に自分たちが戦っていいのか?」という思いが拭い去れないのだろう。

延長13回、165球の熱投

 期せずして7カ月ぶりに甲子園のマウンドに帰ってきた山田は、冒頭のように背筋の立った投球フォームに生まれ変わっていた。高いリリースポイントから放たれる角度のある速球は、最速146キロをマーク。130キロ台半ばで鋭く曲がるカットボールなど、変化球も冴え渡った。長崎日大を相手に延長13回、165球を投げ抜き、6対2で勝利。その投球には、「俺は投手だ!」という強烈な自我が滲んでいるように思えた。

 故障明けの投手に13イニングを完投させる近江の起用法には、是非があるだろう。ただし、省エネを目的としたフォーム改造によって、山田の肩・ヒジへの負担は軽減されていた。完投後のダメージについて聞くと、山田は噛みしめるようにこう語った。

「13回を投げたわりには、全然大丈夫です」

 こだわりの強い「投手」として、いいアピールができたのではないか。そう問うと、山田は複雑そうな表情を浮かべてこう答えた。

「(6回裏の)ピンチの場面で連打を浴びて2点先制されてしまったのは、自分の甘さが出たと思うので。先制点を許さないことを大事にしてきたんですけど、今日は相手に先に点を与えてしまった。そこは今日の反省点です」

 そんな答えからして、投手らしい繊細さが感じとれた。

 試合後、複数のスカウトに山田について聞いてみたが、おおむね「投手・山田」は好評だった。打者としてもタイブレークで決勝タイムリー安打を放っていたが、このセンバツを機に投手としての評価が逆転した格好だ。

 あるスカウトは「高校時点での選手タイプで言えば、藤嶋健人(東邦〜中日)に近いかもしれない」と語った。藤嶋も身体的に恵まれた選手ではなく、高校時代は投手としても打者としても活躍。スカウトの評価も「投手派」「打者派」と真っ二つに割れた。そんな藤嶋も投手としてプロに進み、今や中日ブルペン陣の欠かせない存在に成長している。はたして、山田はどんな道を歩むのだろうか。

 2回戦は中4日空けて、聖光学院との対戦になる。近江の多賀章仁監督は山田の先発起用を示唆したが、もちろん本人の体調が最優先事項になるだろう。そのうえで、芽が出つつある「投手・山田陽翔」が次にどんな顔を見せてくれるのか、楽しみでならない。