Mリーグ女流雀士インタビュー(6)二階堂亜樹@前編 いよいよクライマックスに向けて動き出すMリーグ2021。各チーム90…

Mリーグ女流雀士インタビュー(6)
二階堂亜樹@前編

 いよいよクライマックスに向けて動き出すMリーグ2021。各チーム90戦のレギュラーシーズンを終え、上位6位チームによるセミファイナルが3月21日から幕を開ける。

 4月18日からのファイナル進出を目指して各チームが牙を研ぐなか、Mリーグ初年度からリーグの"華"、そして昨季のチャンピオンチームEX風林火山の"顔"として活躍する二階堂亜樹(日本プロ麻雀連盟)に、麻雀プロとしてのビジョンを聞いた。

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二階堂亜樹(にかいどう・あき)1981年11月15日生まれの40歳

---- 二階堂亜樹選手が麻雀を始められた経緯などは、ネットを検索するとたくさん出てきますので、まずは故・安藤満プロとの出会いから聞かせてください。最初の出会いはどういうものですか?

「15歳の時に竹書房から出ている『近代麻雀』という麻雀雑誌の巻頭グラビアに載っていた安藤さんに衝撃を受けました」

---- 何が載っていたんですか?

「牌をツモろうと右手を伸ばすポーズをされていて、その赤いシャツの右袖には『亜空間殺法』って青字で刺繍されていて。亜空間殺法って何だろうと思ったし、麻雀にプロがいるなら自分もなりたいと思ったんですよね」

 安藤満プロとは1981年の日本プロ麻雀連盟の発足と同時に入会し、1985年に現在の鳳凰位についたのをはじめ(通算4度獲得)、十段位や名人位など数々のタイトルを手にした人気と実力を備えたプロ雀士。漫画原作なども手がけた。

『亜空間殺法』とは、手牌や展開が悪い時にかぎり、仕掛け(ポン・チー・カン)によって流れを変える戦法。最新戦術研究や後進指導にも力を入れ、多井隆晴選手(渋谷ABEMAS/RMU)や二階堂姉妹(EX風林火山/日本プロ麻雀連盟)など、現在活躍する雀士を多く輩出した。2004年3月27日没、享年55歳。

---- 実際の安藤プロとはどうやって出会ったんですか?

「安藤さんに麻雀を教えてもらいたいと思って、安藤さんが携わる雀荘に行ったんです。そこで安藤さんが働いていると勝手にイメージしていたので。でも、実際は月に何回か来店されるだけだったので、その日に会えるわけもなく(笑)」

---- それで、どうされたんですか?

「そのお店で働き始めました。そうしたら安藤さんが実際に来たので『プロになりたい』と伝えたら、『一生懸命に勉強したらなれるよ』と言ってくださって。そこから安藤さんの麻雀を見学したり、自分の麻雀を見てもらったりして、それでプロになった感じですね」

---- 安藤さんの麻雀の教え方とは、どういうものだったのですか?

「直接的な打ち方を教えてくれるわけではなくて、麻雀への視野を広げるための方法を教わりました」

---- たとえば?

「自分が麻雀をするうえで、それまで当たり前だと思っていることを疑問視する。たとえば、ふだんは何も考えずにリーチをするけど、リーチをかけなかったら何が起きるのか。そこを研究して経験値を増やしなさいと『1カ月リーチ禁止』。

 そういう発想は自分自身になかったし、当然ですが負けたりするわけですよ。でも、何気なく打って勝っていると気づけないことはあって。振り返ると、安藤さんは負けることからも得るものはいっぱいあると教えてくれていたんでしょうね」

---- 人生で一番多感な10代で、安藤プロのような濃密な方から刺激を受けた。亜樹選手にとってはどんな存在だったのですか?

「麻雀の師弟と言われるんですけど、それは違うなって感じていて。まだ10代なかばで麻雀は強くなりたいと勉強しているけれど、安藤さんの知識の足もとにも及ばない時でも自分の基本的な質問に真剣に答えてくれて。すごく優しい方でしたから、プロ雀士としてはもちろんですけど、人間的に憧れていました。麻雀の師匠というよりは『人生の先生』という感じですよね」

---- 安藤プロのもとで麻雀の本質を考えるようになり、1999年に史上最年少でプロ雀士デビュー。そこから20年以上が経ちましたが、亜樹選手にとって麻雀の位置づけに変化はありましたか?

「麻雀そのものに対する考え方は、10代、20代、30代で、それぞれ違ったなと思うんです。麻雀を神格化した時期もあったし、蔑んだ気持ちで見た時期もあるし(笑)。今は割と俯瞰した目で見ている気がしています。

 ただ、プレーヤーとしてはもっと近くに麻雀を感じたいと意識していて。麻雀が好きで、麻雀がやりたくて麻雀プロになって、これから先もずっと長く麻雀をやっていきたいと思っているので。麻雀に愛されたいと思っているんですけど、あんまり愛されていない、みたいな(笑)」

---- そんなことはないと思いますが。

「麻雀プロのなかには『やっぱり麻雀に愛されているな』と感じる人がいるわけですよ。うらやましいなと思う半面、自分も勝つ時もあるわけで、その時はきっと麻雀に愛されているなとは思うんですけどね。常に愛されたい、みたいな感じですよね(笑)」

---- 亜樹選手にとって、麻雀とはどういう存在ですか?

「頭脳ゲームですし、競技でもあるし、趣味でもあるし、仕事でもあって。麻雀によって自分という人間が生かされている部分がすごくあると思っていますが、精神安定剤みたいな感じなのかな。

 20代前半の頃に手痛い失恋をしたわけです。当時はつらい気持ちで覆われていたのに、麻雀を打っている時は忘れられるし、楽しくて。一局が終わって牌を流している時は失恋を思い出してズーンと沈むんだけど、目の前に並ぶと忘れている、みたいな。それなのに麻雀でも負けたら、ちょっと病んでくわけですよ(笑)」

---- 麻雀が終わると、失恋という現実が再び目の前に現れるうえに、麻雀も負け。きつさは二重ですね。

「そう。ただ、気持ちや頭の切り替えを麻雀でスムーズにできるのは、私が麻雀を好きな理由のうちのひとつですね。『麻雀に人生を捧げる』なんて大それたことは言えないですけど、麻雀を好きでよかったし、これからも好きでありたいなと思っています」

---- 実家が雀荘だった亜樹選手は、4〜5歳で麻雀を覚えてから麻雀が好きでプロになりました。好きなことを職業にするのは誰もが一度は憧れることですが、好きなことを仕事にする苦しみもあると思うのですが。

「そうですね。でも、麻雀しかできないですから。達成感もまだ感じたことはないので、それを感じられる日がくるといいなとも思うし、その日のために一生懸命練習する感じですよね」

---- 亜樹選手にとっての達成感の基準はどこにあるのでしょう?

「自分の麻雀に満足した時だと思うんですね。目標のひとつが、自分の麻雀を振り返った時に『今日打った麻雀は100点だった』と思える麻雀を打つこと。でも、いまだに一度もなくて、『ちょっとよかった』とか『ダメだった』ばかり。胸を張って『100点!』と言える麻雀を打てたら、満足するし、達成感を感じるのかなとは思っています」

---- 女流雀士のトップランナーとして駆けてきたプロ雀士生活も、今年で24年目です。これからのビジョンや理想像があれば教えてください。

「麻雀プロを引退となった時に『いい打ち手だったね』と言われるような麻雀を打ち続けていきたいですね。日本プロ麻雀連盟・前会長の灘麻太郎さんは今85歳なんですが、麻雀がめっちゃ強くて、しっかりしているんですよ。年齢だけではなく、麻雀力の維持も求められますけど、私もあと30年くらいは競技プロ雀士でありたいなという感じです」

---- 30年後で70歳。想像つかないです。

「プロ雀士になって24年目で、それよりも長い時間の先にあるものですからね。そう考えると、30年後が楽しみです」

(後編につづく)

【profile】
二階堂亜樹(にかいどう・あき)
1981年11月15日生まれ、神奈川県鎌倉市出身。雀荘を営む実家で育ち、幼少期から麻雀に親しむ。1999年に史上最年少でプロ雀士デビュー。日本プロ麻雀連盟所属。2018年にEX風林火山からドラフト指名を受けてMリーガーとなる。姉は同じチームに所属する二階堂瑠美。