強くなりたい――。アスリートのその切実な思いは時として、気づいていた違和感に蓋をしてしまう可能性がある。 誰かがそばで察知し、寄り添うことができたなら、違う未来があるのではないか......。 レスリング50kg級でパリ五輪を目指す中村未…

 強くなりたい――。アスリートのその切実な思いは時として、気づいていた違和感に蓋をしてしまう可能性がある。

 誰かがそばで察知し、寄り添うことができたなら、違う未来があるのではないか......。

 レスリング50kg級でパリ五輪を目指す中村未優がそれに気づいたのは、子どもたちにレスリングを教えている時だったという。



現役選手ながら、いろいろな取り組みをしている中村未優

「所属先の事業として様々な地域や海外に行って、子どもたちにコーチングするなかで、女の子は女性のコーチがいたら、もっとレスリングを始めやすかったり、続けやすくなるのかな?と感じるようになったんです」

 子どもたちにもっと競技を楽しんでもらいたいと強く思う一方で、時折目にする男性コーチの選手に対する声かけがきっかけだった。

「女の子の選手に対してのコーチの言葉遣いとか態度とかが、すごく気になるというか......少し悲しくなるような現状がありました。恐らくコーチたちも女の子の心や体の変化に対応できる知識やスキルがないことで十分に対応できていない印象を受けました。そんな場面を目の当たりにした時、これはすごく重要で、解決しなければいけない課題なんじゃないかと感じるようになりました」

 まだ圧倒的に男性指導者が多いレスリング界。古代オリンピックから主要競技とされた男子レスリングとは違い、女子レスリングが五輪競技の正式種目になったのは2004年アテネ大会からとまだ最近のことだ。つまり競技人口や歴史から考えれば男女のバランスが偏っているのは必然で、それが当たり前の環境で練習に励んできたが、改めて自分の過去を振り返ると思い出されることがあった。

「高校時代、私は月経が重たいほうでした。練習中などは特に辛かったのですが、それを解決する方法もわからないし、相談することもできなかった。だから仕方なくそのままにしてしまうという状況が、自分自身にもあったんですね。ただ、そんな環境に当時は違和感がなかったんです。それよりも『強くなりたい』『1番になりたい』という思考が勝っていて......。特に中高生の多感な時期ほどそういう考えになりやすいので、なかなか気づきにくいのかもしれません」

 身ひとつで戦う競技なのに、身体や心の変化は女性特有なこともあるだけに打ち明けにくいものだ。

女性コーチの重要性

 思えば、中村のライバルや友人の多くも進学などの節目で競技から離れていった。中学、高校、大学と、一緒に戦ってきた子たちが辞めていく姿を見送るのは寂しかったと中村は悲しい顔をする。もちろん、人それぞれの選択があるし、理由も一概にそれらが原因とは言えない。

 ただ、せっかくレスリングを楽しいと興味を持ってくれた子どもたちや中高生の選手、また、これから競技に出会うであろう選手が、この先もし女性特有な身体と心の変化を理由で諦めたり、遠ざかってしまうのであれば、自分が変えたいと思った。

 環境を変えることとして、中村は女性コーチの重要性を強く感じていた。

「もし女子選手の練習環境に、女性コーチがひとりでも多くいたら、もっと選手に寄り添ってあげられるのかな、と思うんです」
 
 何度か個人で海外遠征へ行った時に、中村は本来こうあったほうがいいと言える光景を目にした。

「例えば、アメリカのナショナルチームは、スタッフ、コーチも含めて周りに関わる人が女性と男性の数が同じくらいか、もしくは女性のほうが多いくらいなんです。強化のスタッフだけで言うと女性のほうが多いので......それが普通というか、当たり前になるような環境が一番いいのかなと思います」

 日本でも、少しずつ女性のコーチがナショナルチームに参加する機会が増えているが、男女の比率で言えばまだまだ少数だ。ただ、歴史を重ねて女性の五輪経験者や競技人口が以前よりも増えてくることで、これから変わっていくだろう。

 もちろん、女子選手を取り巻く環境を改善したなかで必要とされるのは、必ずしも女性の競技経験者の力だけではない。

「例えばチームのマネジメントとかメンターは、レスリング経験者じゃなくてもできるポジションだと思います。あとはコーディネーターとか。これはレスリングを経験していない人のほうが客観視できて、むしろいいのではないかと思います。

 技術や戦略的なこと、強化のことはレスリング経験者のほうがいいと思うので、そこに関しては女性のコーチと男性のコーチ半分半分とか、もしくは女性の強化だったら女性のほうを多くしたり。そうなればもっと総合的によくなっていくのではないかと思っています」

描く未来とは



 そんな中村は、大学在学中からメディアをとおしてアスリートとしての現状や情報を発信している。

「私の環境は、問題があると感じた時に、色々な情報を調べて活用したり、相談できる専門家と試行錯誤したりというのができているほうだと思うんです。だけど選手間で話をしていると、例えばトップアスリートの人でも、月経時の対処方をちゃんと知らない現状もあります。

 これはどうにかしなければと考えるようになりました。やはり、トップアスリートが使える知見は、その下の世代とか、キッズとかにも十分活かせることだと思うので。自分でも実践しつつ、色々な人にアプローチして、それを共有していけたら、よりよい環境になると思っています。問題と思っているだけでは何も解決しないので、少しずつでも自分ができることを見つけて行動していきたいと思っています」
 
 こういった思いがある中村が理想とする女性コーチとは、とりわけ技術や知識があって、選手の気持ちに寄り添って思いを汲み取れる、なんでも対応できるコーチだ。

「女性のスポーツ参加を促すためにも、そして自分の目標を果たすためにも、まずはアスリートとして結果を出したい。私が戦っている階級は、世界チャンピオンやオリンピックチャンピオンになるよりも全日本チャンピオンになるほうが難しい階級です。私のレスリングを追及して先ずは、全日本チャンピオンになって世界一に繋げたいです」

 そうハニカミながらも強い決意を口にした中村は、パリ五輪出場、そして女性アスリートのためのよりよい環境づくりの一端を担うという、大きな夢に向かってこれからも進んでいく。