3月12日、味の素スタジアム。選手紹介アナウンスを前に、耳をつんざくような爆発音が鳴った。「ど派手に行こうぜ!」という…

 3月12日、味の素スタジアム。選手紹介アナウンスを前に、耳をつんざくような爆発音が鳴った。「ど派手に行こうぜ!」という戦いの気運を煽る演出なのだろう。スピーカーからけたたましく音楽が響いて、モニターにはポーズを決める選手の動画が流された。ひと通り紹介が終わると、もう一度、破裂するような轟音が鳴った。その光景は、盛大な祭りでも始まるかのようだったが......。

「Construyendo」(組み立てている)

 FC東京のスペイン人監督アルベルト・プッチ(アルベル)はサンフレッチェ広島戦後、そんな表現を使ってチームの現状を説明している。

 今シーズン、FC東京は新たな船出をした。4シーズン近く指揮を取った長谷川健太監督の辞任を受け入れ、FCバルセロナの下部組織で実績のあるアルベルをJ2アルビレックス新潟から新監督として招聘した。「堅守カウンターのリアクション戦術」から「イニシアチブをとった攻撃色の強いアクション戦術」に舵を切る意向を示した。これは大きな転換と言えるだろう。

 ただ第4節の広島戦は、改革が「途上」であることを物語っていた。



サンフレッチェ広島を破り、今季2勝目をあげたFC東京の選手たち

 FC東京は試合立ち上がりから、広島のハイプレスによって自陣からボールを運び出せない。前半20分までは高い位置でボールを回すどころか、ビルドアップすらままならなかった。広島に疲れが見えてくると、どうにか一方的展開ではなくなった。

 4-3-3で能動的にプレーを動かすには、特にアンカー、サイドバック(SB)が相手のプレスをはがせる、ボールの出口となる力量が求められる。アルベルがよく知るバルサの伝統的システムは、仕組みの鍛錬も重要だが、個人の圧倒的技量が不可欠となる。バルサにはアンカーにセルヒオ・ブスケッツ、SBにはジョルディ・アルバ、ダニエウ・アウベスという選手がいて、ようやく仕組みが成立しているのだ。

 この日、FC東京は青木拓矢が出場停止で、木本恭生がアンカーで代役に入った。だが、木本は強さ高さに特徴がある選手で、プレーキャラクターが合っていなかった。マークをはがせず、バックパスばかりでノッキングしていた。SBも、左の小川諒也がマーカーをはがしてつなげたボールが紺野和也の決定機につながるシーンはあったが、それ以外は後手に回っていた。

昨季までと同じ得点パターン

「ゲームを支配し、攻撃する、というのが監督のゲームプランですが、立ち上がりから、相手の守備は組織的で、難しい試合になることはわかっていた。そこで"戦う"ということを徹底しました」(FC東京・アダイウトン)

 前半終了後、アルベル監督はエンリケ・トレヴィザンを下げて木本をセンターバックにし、ボランチに三田啓貴を、右SBに長友佑都を交代で入れた。4-2-3-1へのシステム変更は、自明の理と言えるだろう。

「(ボールをつなぐための)バリエーションやアイデアは不足していたかもしれません。(ボールを受けるために)立ち方を変えるなどは柔軟にやるべきで、どうやるべきか、迷っていたところはあった」(FC東京・森重真人)

 だが後半も、FC東京はリズムをつかむことはできなかった。次第に球際の攻防で劣勢を強いられるようになり、立て続けにミドルシュートを打ち込まれた。守備のガバナンスまで乱れ、敵のエースであるジュニオール・サントスがイージーにボールを失ってくれた(交代間際の突破はすさまじかったが)ことで、難を逃れていたにすぎない。

 それでもFC東京は底力を見せた。60分、やや遠めのFKを取ると、三田が左足で狙い、森重真人がすばらしいヘッドでゴールに叩き込む。さらに61分には敵陣でパスカットし、最後はアダイウトンが強烈に仕留めた。その後、1点を返されたものの、最後は2-1で勝ち切った。

 粘り強く守って、個の力で局面を制し、セットプレー、ショートカウンターで得点する、という形は、長谷川FC東京の十八番だ。

「広島はリスクをともなった守備をしてきた。そこで我々がマークをはがして打開することができていれば、決定的な形を作ることができていただろう。それがうまくできなかったことで、試合を通じてコントロールをつかみきれないことにつながった」(アルベル監督)

 完成度が低いのは、プレシーズンでコロナ禍により十分にトレーニングマッチをこなせず、いつもより開幕も早いという条件もあるだろう。しかし、スペクタクルなゲームの実現は簡単ではない。そもそも在籍プレーヤーのキャラクターが昨シーズンまでのサッカーに合っているし、戦術を牽引できるような突出した選手が何人か必要だろう。

 現状は、ハンバーガー店を創作料理店に変えて新装開店したが、まだメニューはハンバーガーしかない、と言ったところか。

 もっとも、冒頭の指揮官の表現のように、シーズンは始まったばかりで、あくまで「組み立て中」である。たとえば、ディフェンスラインが下がりきらずに攻撃姿勢を取り続けた点は、同じ守りでも新たな兆しだった。

 新しい素材も出てきた。高卒ルーキー、松木玖生はプレー判断が早く適切で、胆力、体力も新人離れしている。こうした抜擢の思い切りのよさは、育成指導で実績を上げてきたアルベル監督ならでは、だ。

「勝った時こそ、批判を自分たちに向けるべきだ」

 アルベル監督は、誰よりも勝利に満足していなかった。それはチームが改善・向上する希望だろう。宴はまだ先だ。