春季兵庫県大会準決勝、8回1死満塁の社(やしろ)のピンチの時だ。明石商を迎え撃った社のベンチは、とにかく活気がある。ベンチでは控え選手たちが前のめりになり、仲間を必死に鼓舞する。大きな声を張り上げ、その場面、その場面でポイントになるような言…

春季兵庫県大会準決勝、8回1死満塁の社(やしろ)のピンチの時だ。明石商を迎え撃った社のベンチは、とにかく活気がある。ベンチでは控え選手たちが前のめりになり、仲間を必死に鼓舞する。大きな声を張り上げ、その場面、その場面でポイントになるような言葉を投げかけるのだ。試合は6-0で完封勝ち。決勝進出を決めた。

■ベンチの選手たちから飛び交う“具体的な”鼓舞の声

「力み、ないね!」

「まだまだ、ここからやぞ!」

 春季兵庫県大会準決勝、8回1死満塁の社(やしろ)のピンチの時だ。明石商を迎え撃った社のベンチは、とにかく活気がある。ベンチでは控え選手たちが前のめりになり、仲間を必死に鼓舞する。大きな声を張り上げ、その場面、その場面でポイントになるような言葉を投げかけるのだ。試合は6-0で完封勝ち。決勝進出を決めた。

 山本巧監督は言う。

「ウチは、練習から常に“会話重視”なんです。掛け声ひとつにしても具体的なことしか言わないんです。“しまっていこう”とか、そういう言葉は、ウチのグラウンドでは飛び交うことはないんですよ」

 それは普段の練習の中でも心掛けている。ノックでも威勢のいい声を張り上げ、練習が終わる頃にはナインの声はガラガラになる。練習試合では、打席に立つ選手にその場で必要な言葉を大声でアドバイス。体だけでなく頭の中でも、常に何が必要なのかを考えながらプレーする。「最初は大変かなと思いましたが、その時その時のプレーに集中しやすくなりましたし、今はもう慣れました。自分たちから動くことができるようになったので、チーム内の活性化にも繋がっていると思います」と高田快飛主将は話す。

 山本監督の意図も込められた試みでもある。

「練習で、指示されながら動くだけの選手が伸びるわけがない。自分で考えて動くには、声にして自分の気持ちを伝えられるようにならないと。試合でもサイン通りに動いているだけでは、選手のためにもならないです。次の行動に向け、考えることを意識するようになると、普段の生活にも表れてくるんです。グラウンド内だけで元気良く返事をしても、教室に戻ればダラダラするような生徒は、できれば作りたくないですね。こうやって言動力を磨くことで、何かが変わっていくと思うんです」

■山本監督「仲間同士はやっぱり会話や声で繋がっていてほしい」

 昨今は、メールやLINEというコミュニケーションツールが取り巻く環境の中、人と人が繋がっていることも多い。言葉を伝えるにしてもLINEで済ませてしまう者がほとんどなのが現状だ。便利なツールであるのは確かだが、山本監督からすると、そんなツールこそがコミュニケーション能力を上げるための足かせになっていると考えている。

「相手の表情を見て、周囲に目配りできてこそ、本当のコミュニケーションだと思うんです。だから、仲間同士はやっぱり会話や声で繋がっていてほしい。試合に限らず、普段の生活からもそういう意識づけをしていきたいと思っています」

 試合後のベンチ裏も賑やかだった。淡々と片づけを済ませるのではなく、道具を整理しながら今日のプレーについて振り返り合う。選手同士の掛け合いもにぎやかで、これほど声にして試合のことを語り合える学校はあまり見たことがない。

 社高は兵庫県の公立高の高校野球の中心的存在でもある。もともと公立勢に力のある高校が多い兵庫県は、私学に限らず公立にも好投手が点在しており、私学勢と実力差はそれほどない。社は04年のセンバツでベスト4に進出した実績があり、近年の夏の甲子園の代表校も、昨夏の市尼崎を始め、13年の西脇工、そして昨春センバツでベスト8まで勝ち進んだ明石商なども、常に県内の上位に進出している。社には体育科があり、運動能力に長けた選手が多いのも事実だが、130校を超える激戦区で、これだけ威勢のいい公立校が多い県はなかなかないのではないだろうか。

 昨夏の県大会では準決勝でその同じ“公立の雄”である市尼崎に敗れた。だが、この日は近年県内で圧倒的な力を見せつける明石商に完勝し、決勝に進出した。春の県の頂点を目指し、6日の決勝でも声のパワーでベンチはもちろん、プレーでも相手を圧倒するつもりだ。

沢井史●文 text by Fumi Sawai