旗手怜央の欧州フットボール日記 第2回Jリーグの川崎フロンターレから、スコットランドのセルティックに活躍の場を移した旗手…

旗手怜央の欧州フットボール日記 第2回

Jリーグの川崎フロンターレから、スコットランドのセルティックに活躍の場を移した旗手怜央。初めての欧州サッカー、欧州生活で感じた、発見、刺激、体験を綴っていきます。第2回は、大活躍だったレンジャーズ戦について。

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観客6万人を初体験

"空気"とは目に見えるものではないけど、感じることはできるのかもしれない。そう思った2月2日のレンジャーズ戦だった。


ダービー戦でゴールした旗手怜央。スタジアムの盛り上がりに

「頭のなかが真っ白になった」という

 同じグラスゴーに本拠地を構える、セルティックとレンジャーズ。オールドファーム――両者が激突する一戦がダービーであることは認識していたけど、名称まであるのを知ったのは試合後のことだった。

 あの日は、ホームのセルティックパークに到着したときから、会場の空気が違っていた。チームメートの表情も、いつもとはどこか違っていて緊張感が漂っている。何よりピッチに入れば6万人の観客の姿が目に飛び込んできた。

 2020年に川崎フロンターレでプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせた自分は、その直後からコロナ禍にあった。そのため満員のスタジアムをほとんど知らなければ、大歓声というものをほぼ経験していない。

 それだけに6万人のファン・サポーターが発する"圧"とでも表現したくなる空気に、ぞわっとして全身に鳥肌が立った。

 日本でも神奈川ダービーや多摩川クラシコと、ライバルチームとの試合は経験していたけど、発煙筒まで炊かれたスタンドやチームメートの表情を見て、内容よりも結果が重要な一戦になることは容易に想像できた。

 順位的にも重要な一戦で、2得点1アシストという記録を残せたことは、自分としてもできすぎな結果だったと思う。同時に、ゴール前やアシスト以外のプレーでは、もっとチームに貢献できたという思いも抱いただけに、試合後にはそこが次に向けた課題だと振り返った。

 開始5分にミドルシュートを決めたときには、喜びに行った先がスタジアムの角、特に熱狂的なファン・サポーターのいるところだった。歓声がぶわーっと巻き起こり、顔を見ればみんながみんな叫んでいた。

 試合中にもかかわらず頭のなかが真っ白になる。そんな経験もまた、初めてのことだった。ファン・サポーターの歓喜、チームメートの興奮を見て、この一戦が本当に特別な試合である実感がさらに湧いた。

結果を求められている

 川崎フロンターレでプレーしているときから、目に見える結果は意識していたけど、セルティックに加入してからは、より結果に注力し、そこを求められているとも感じている。

 アンジェ・ポステコグルー監督からは、相手が密集しているピッチ中央でプレーしてほしいと強く言われているし、サイドバックが中に入ってくるときには、その状況で自分がフリーになれるポジションやスペースを見つけてほしいとも言われている。また、チームが採用している4-3-3システムにおいて、ウイングを務める選手とポジションが重ならないように意識してほしいとも言われている。

 そのため、セルティックに加入してからは、より相手を見るようになり、徐々にスペースを見つける作業が速くなってきたと感じている。スペースに入るタイミングが少しでも悪ければボールをもらえず、タイミングが合わなければチームメートとポジションが被ってしまうことも多いからだ。

 レンジャーズ戦の42分に決めた2点目は、まさにスペースを見つける速さによって生まれたゴールだったと思っている。あの場面、チームは逆サイド(右)で攻撃を作っていたが、自分は全く関係ないところからスーッと中に入っていった。

 なぜなら、そこが最も自分がフリーになれる場所だったから。走り込みながらチームメートにパスを要求すると、ボールを受けて僕は右足を振り抜いた。

 また、このゴールにはヨーロッパでプレーするようになってからの変化も加味されていると思えた。以前はどうしても成功するプレー、すなわち確率をもとにプレーを選択していた。

 例えば、これは本当に一例だけど、川崎フロンターレにいたときならば、(小林)悠さんの「出せ!」という声が聞こえてくる。その言葉と状況が理解できるから、自分がシュートを打つよりも、悠さんに出したほうが、点が決まる確率が高ければ、自ずとパスを選択していた。

 ところが、セルティックでは、今の自分の語学力ではチームメートが何かを言っていたとしても試合のなかでは瞬時に判断できない。聞き取れる単語や言葉はあるものの、すべてを正確に理解できないのであれば、開き直ってプレーを選択することができる。

日本で学んだことが生きている

 もちろん、いつかはチームメートが発するすべての言葉を理解し、コミュニケーションを取れるようにならなければいけないが、それがプラスに働いていると思えることもある。

 要するにチャレンジするプレーが増えたからだ。

 パスでも、ドリブルでも、シュートでも、やってみて、これはできる、できないという取捨選択ができるようになった。そのなかには日本にいれば確実にパスを出していたところでも、シュートを打った場面もある。それがまさにレンジャーズ戦の2得点だった。

 実際、川崎フロンターレでプレーしているときよりも、今のほうがミスパスは多くなっている。それはJリーグだったらキープできるような状況でも、激しいタックルが来て、ボールを失ってしまう回数が多いことが一つ。

 もう一つは、日本では狙っていなかったというか、チャレンジしなかったようなプレーを試みている結果だとも考えている。その結果、自分自身でも新しい発見があれば、プレーの幅も広がっている。

 グラスゴーに来てからは、以前よりも自分の頭のなかを整理する時間を作るようにしている。試合毎に、コーチングスタッフと映像を見ながら、チームとしての考えを聞き、そのうえで自分の意見を交えながらディスカッションを繰り返している。そうした時間もまた、プレーの整理につながっているのだろう。

 チームが目指すサッカーは、まだ発展途上にあるように、自分自身にも課題や成長する余地はたくさんある。

 一方で確かな自信も得た。特にドリブルやパスは手応えを感じてきているし、守備でもうまく身体を入れる、当てるなどしてボールを奪えるようになってきた。

 ドリブルは静岡学園高校時代に培ったものだ。パスは川崎フロンターレで磨いたものだ。そして守備や前述したオフ・ザ・ボールでの動き、スペースを見つける感覚は順天堂大学時代に養ったものだと自負している。

 日本で学び、吸収してきたことがヨーロッパの舞台でも確実に活きている。今までやってきたことは無駄ではなかった。セルティックに加入して、そう思えたのが自分にとって何よりも武器であり、財産だと思っている。

旗手怜央
はたて・れお/1997年11月21日生まれ。三重県鈴鹿市出身。静岡学園高校、順天堂大学を経て、2020年に川崎フロンターレ入り。FWから中盤、サイドバックも務めるなど幅広い活躍でチームのリーグ2連覇に貢献。2021年シーズンはJリーグベストイレブンに選ばれた。またU-24日本代表として東京オリンピックにも出場。2021年12月31日にセルティックFC移籍を発表。今年1月より、活躍の場をスコットランドに移して奮闘中。