2017年の全米オープン優勝者と、翌年の全米オープンを含む4度のグランドスラム優勝者が、WTAツアーの初戦で対戦する----。 その事実は、昨今の女子テニスの情勢を象徴するようだ。 称賛や賞金などの華やかなスポットライトが生む、重圧や&q…

 2017年の全米オープン優勝者と、翌年の全米オープンを含む4度のグランドスラム優勝者が、WTAツアーの初戦で対戦する----。

 その事実は、昨今の女子テニスの情勢を象徴するようだ。

 称賛や賞金などの華やかなスポットライトが生む、重圧や"燃え尽き"などの影......。それらの闇に行く手を覆われ、迷いの時を過ごす者は少なくない。



全豪OP以来、約2カ月ぶりの試合となった大坂なおみ

 2019年に世界1位に上り詰めた大坂なおみの現ランキングは78位。そして同年に3位に至ったスローン・スティーブンス(アメリカ)は、先月末にツアー優勝してランキングを上げるも、まだ38位である。

 揃ってランキングを落としたため、早々に実現した"元全米オープン女王"対決。コート内外の障壁とも戦ってきたふたりの実力者の対戦は、強風という不確定要素との戦いでもあった。

"第5のグランドスラム"と称されるBNPパリバ・オープンの開催地インディアンウェルズは、巨大風車が立ち並ぶ砂漠地帯。風は言わばこの地の名物だが、この日のそれは常軌を逸した。

 スタジアムに掲げられた旗は、バタバタと音を立てて、引きちぎれんばかりにはためく。スタジアムの外では、フードコートの巨大パラソルが次々になぎ倒された。コート内には、紙ナプキンからクッションまでが飛び交い、そのたびに試合は中断する......。

 今大会の1回戦最高カードと目された一戦は、ベストとは程遠い環境下で行なわれることとなった。

 両者ともにダブルフォルトを絡めたブレークスタートとなったのは、多分に強風の影響が大きい。コート上では「風が常に一方向に吹いていて、コートのどちらのサイドかによって環境がまったく異なった」と、大坂は述懐する。

 特に、逆風のサイドでのサービスキープにどちらの選手も苦しんだ。コートサイドが入れ替わるたびに主導権も移ろう、落ちつきのない試合展開。

 その風を、持ち味のカウンターやスローボールで味方につけたスティーブンスが、第1セットを6−3で先取する。第2セットは一転、強風のなかでボールを打ち込む力加減を掴んだ感のある大坂が、ラリー戦を支配して6−1で取り返した。

年間9大会は相当に少ない数

 かくして、流れとしては大坂優勢で迎えた第3セット。

 ところが大坂は、最初のゲームで2本のダブルフォルトを連ねてブレークを許す。続くゲームをあっさり取られて0−2となると、第3ゲームでも2度のダブルフォルト。突如としての乱調に、試合の趨勢は決したかに思われた。

 試合後に大坂は、この局面で自身と次のように対話したと明かす。

「どうして、こんなに硬くなっているの? そう自分に尋ねた時、返ってきた答えは、これが最後のセットだと思っているから......だった。第2セットでの私は、いいプレーをすれば第3セットが戦えると考えていた。でも、このセットを落としたら、次はない。それが緊張につながった」

 そこで大坂は、「考えすぎることをやめ、足をスムーズに動かすことに集中した」という。

「ポイントごとに全力でプレーし、スコアは考えないようにした」

 そのような思考で心を御し、3度のブレークポイントを切り抜けキープした第3ゲーム。するとこのゲームを皮切りに、勢いをつけた大坂が6ゲーム連取の電車道。4度のグランドスラム優勝者が荒れた試合を逆転勝利でもぎ取った。

 終わってみれば、大坂が地力を見せつけたかのようにも見える初戦の勝利。

 ただ、第3セットで陥った「硬さ」は、大坂が抱える抜本的なジレンマに起因した、実は根深い問題だ。

 この1年間で大坂は、昨夏の東京オリンピックも含めて、9大会にしか出場していない。ほどんどの選手が年間20大会前後を戦うことを思えば、これは相当に少ない数。ランキングが78位に低迷している主因も、単純にはここにある。

 だからこそ、本人も含めて誰しもが、ランキングと実力が合致しているとは見ていない。大坂自身も「私のランキングが下がっていることを心配しているのは、ドローの早い大会で私と対戦することになる、ほかの選手たち」と言い、数字は意に介さぬ構えだ。

 その一方で彼女は、「出場大会が少ないために、出た大会でいい結果を出さなくてはいけないと考え、プレッシャーを感じてしまう」ことにも自覚的である。昨年のオリンピック、そして全米オープンも3回戦で敗れ涙にくれたのは、そんな心の仕組みを象徴する出来事だ。

ふとこぼした偽らざる言葉

 だからこそ今季の彼女は、「安定して試合に出ることが目標」と明言したが、「出る大会は絞っていく」という方針は変えない様子。

「もっと試合経験が必要」と思いながらも、同時に「オフコートでの活動も大切」と感じているとも言った。

 ふとこぼした、「何が理想の年間予定なのかは、まだわかっていない」のひと言が、つまりは偽らざる現状なのだろう。

「全豪オープン以降初めての、とても大切な試合。自分にとってテストだと思っていた」というスティーブンス戦の勝利が、価値ある前進なのは間違いない。ただ、大会数の少なさから来る「硬さ」を彼女が襲うのは、慣例的に見ても3〜4回戦あたりだろう。

 大会前の会見で大坂は、「私はいつも楽しむのが目標と言ってきたが、今は本当に楽しめている」と笑った。

 その言葉の真意を周囲が、そして彼女自身が知るのは、もう少し先になるだろう。そして何より重要なのは、仮に早期敗退となったとしても、その敗戦を淡々と受け止め次の大会に向かうことだ。