連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:バルサも育てられない「次のメッシ」 スペインサッカーに精通し、数々のトップアス…

連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:バルサも育てられない「次のメッシ」

 スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界で“差を生む”サッカー選手は、どんな指導環境や文化的背景から生まれてくるのか。今回は久保建英やリオネル・メッシを例に、サッカー選手を育てる難しさについて考察。たとえ優秀な指導者が精巧に作られた育成メソッドを基に教えても、成功の保証は何一つないとしている。

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「次の久保建英を育てよう!」

 そんな見出しの広告を見た覚えがある。イベント企画の一つか、壮大なプロジェクトか――中身は分からないが、目を引くタイトルと言えるだろう。

 しかし、「もう1人の久保」を作るつもりなら、相当な覚悟といくつかの幸運が必要になる。

 久保に限らず、有力なプロサッカー選手と同等の選手を生み出すのは簡単ではない。それはどれだけ最新で効率性の高いトレーニングを用いたとしても、その選手の技量や力量だけではなし得ないからである。例えば性格も大きく作用し、集中力が続かず、飽きっぽいかもしれないし、独りよがりで傲慢で自分勝手かもしれない。

 何より、サッカーはあくまで集団の中で切磋琢磨される。1人の選手を久保のようにトレーニングしたとしても、ほとんど意味はない。久保はFCバルセロナ(バルサ)の下部組織ラ・マシア時代、アンス・ファティ、ニコ・ゴンサレスのように、今や10代でバルサのレギュラーになる逸材との日々を過ごすことによって、1人の選手として邂逅を得たのだ。

 平たく言えば、簡単に選手は育てられない。

 バルサは、13歳だったアルゼンチン人のリオネル・メッシをクラブに加入させている。

「Desborde y Gol」(崩しとゴール)

 必要とされる条件を満たしていた。サイドアタッカーとして機敏でボールを持ち出すスピードとテクニックを併せ持ち、ゴールに結びつけられる。チームの育成理念に従って手に入れた選手だ。

試行錯誤を経てバルサに誕生した1人の天才

 ラ・マシアはそうした選手を、1980年代末にヨハン・クライフが監督として着任して以来、ずっと育ててきた。ミカエル・ラウドルップ、フリスト・ストイチコフ、ルイス・フィーゴなど外国人選手が担当してきたポジションを、自前で育成。なかなか上手くいかなかったが、20年近い試行錯誤を経て、ようやく現れたのがメッシだったわけだ。

 クラブとして心血を注いできた育成が実ったように、メッシはスーパーな選手になっていった。信じられない突破力と独創的なコンビネーションと圧倒的な得点能力で、在籍した昨シーズンまで数多の栄光をもたらした。一つのプレーモデルで研鑽を積むなか、天才が生まれたのだ。

 育成として、一つの成功を収めたと言えるだろう。弛まぬ日々。育成に関わる者たちは「簡単ではない」ことを辛抱強くやっているものだが、祝うべき成果を収めた。

 しかしながら、開発した商品のように一つの型にはめて生産する、なんてことはサッカーではできない。

 その後、成功体験を得たラ・マシアは、「次のメッシ」を生み出すべく、さらに張り切った。メッシに似た選手は何人も輩出した。ジョバニ・ドス・サントス、イサック・クエンカ、クリスティアン・テージョ、ジェラール・デウロフェウなど数多くの選手がトップデビューを果たしているが、定着させることはできなかった。

 多くの“人柱を立てながら”も、結局はメッシという1人のスーパースターを生み出しただけ、とも言える。つまり、育成とはそれだけの犠牲を払い、向き合うべきものなのだろう。どれだけ精巧に作られた育成メソッドで、たとえ指導者が優秀であっても、成功の保証など何一つない。

 育成は、我慢強く選手と対峙するしかないのだ。

「ダイレクトならワールドクラス、2タッチなら凡庸な選手、3タッチ以上するなら、おばあさんで事足りる」

 クライフはそう言って、10代だったジョゼップ・グアルディオラの技量を徹底的に高めた。ダイレクトという最も難しいプレーの使い手とすべく、周りを見極め、判断力を高め、持っている技術を最大限に使え、という教えだろう。その基本として、単純な「止める、蹴る」があった。そこにおける精度がなかったら、プレースピードは上がらない。下手な選手は、スピードを上げると同時に技術精度も極端に落ちてしまうのだ。

バルサで脈々と受け継がれる司令塔の系譜

 そして、グアルディオラの系譜は脈々と受け継がれている。

 ポゼッションサッカーを実現するための中枢とも言えるプレーメーカーのポジションだが、そこはシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セスク・ファブレガス、チアゴ・アルカンタラ、セルヒオ・ブスケッツ、そしてニコ・ゴンサレスなどを輩出してきた。それぞれキャラクターは異なるが、プレーをアップデートし、適応することができた。それは「育成における勝利」とも言えるだろう。

 育成における「産物」の一つだ。

 Jリーグでそれに近い現象を探すとすれば、風間八宏氏が率いた川崎フロンターレがあるだろう。単純にボールを扱える選手を鍛え上げ、コンビネーションを生み出し、各自の立ち位置やもらい方を修正・改善し、戦い方に落とし込むことで、練習から選手同士で水準を高めた。大久保嘉人はキャリアハイとも言えるシーズンを過ごした。

 そして植え付けられたフィロソフィーによって、田中碧、三笘薫のような抜きん出たサッカーセンスの選手を生み出したのだ。(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)

小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。