神戸にあった「青濤館」は解体され跡地にはマンション建設中 イチロー氏がオリックス時代にバットを振り続け、スターに駆け上が…

神戸にあった「青濤館」は解体され跡地にはマンション建設中

 イチロー氏がオリックス時代にバットを振り続け、スターに駆け上がるきっかけとなったのが神戸にあった選手寮「青濤館」。2017年に大阪・舞洲に移転されると、残された建物は解体され現在はマンションが建設中だ。

 ルーキーたちが“旧青濤館”に入寮すると、必ず話題になっていたのが406号室の“イチロー部屋”。退寮後は誰も入居せずに出世部屋としても使用されなかった伝説の部屋だ。マリナーズへ移籍した2001年からMLB通算3089安打を記録した「世界のイチロー」が育った場所には若手たちが度々訪れレジェンドのレガシーを感じ取っていた。

 1995、96年のV戦士たちにとっても思い出深き場所だ。イチロー氏はナイターを終え、寮に帰ると隣接する室内練習場でマシン打撃を行う。平井正史育成投手コーチも「夜中に目が覚めて音が聞こえると思ったら、イチローさんが打っていた。他の選手も夜遅くまで練習していた」と明かす。

「鈴木一朗 406」プレートは「これだけは必ず持っていこうと」

 建物が解体され“イチロー部屋”は消滅したが部屋に付いていたネームプレートは現在も存在している。当時、神戸から舞洲の移転に関わっていたのが総務部担当部長兼国際渉外部アジア担当の中村潤さん。「406 鈴木一朗」のプレートについては「部屋は解体され姿はなくなりましたが、これだけは必ず持っていこうと」と、舞洲の青濤館に保管しているという。

 当初はロビーなどに飾っておく案もあったが偉大すぎるがうえ、なかなか設置場所が決まらなかった。今では“旧青濤館”を知らない選手もいるだけに「球団としても何かの形として残しておきたい」と、お披露目する機会を待っている。

 昨季は25年ぶりのリーグ優勝を果たし、ほっともっとフィールド神戸でも開催された日本シリーズでは接戦を演じるもヤクルトに敗れた。今はなき神戸の伝統を引き継いだ“舞洲戦士”たちが今シーズンは1995、96年以来となるリーグ連覇、そして悲願の日本一を目指していく。(橋本健吾 / Kengo Hashimoto)