) 昨年8月、『女の答えはリングにある』(イースト・プレス)書き下ろしのため、葛藤を抱えていた朱里にインタビューをした。それから半年が経ち、彼女を取り巻く状況は一変している。リング上で激しい戦いを繰り広げる朱里 photo by 東京スポー…

 昨年8月、『女の答えはリングにある』(イースト・プレス)書き下ろしのため、葛藤を抱えていた朱里にインタビューをした。それから半年が経ち、彼女を取り巻く状況は一変している。



リング上で激しい戦いを繰り広げる朱里 photo by 東京スポーツ/アフロ

 昨年、朱里はスターダム真夏のリーグ戦「5★STAR GP 2021」で優勝し、林下詩美の持つワールド・オブ・スターダム王座(通称"赤いベルト")への挑戦権を獲得した。12月29日、両国国技館大会で林下と対戦し、新技「朱世界」でフォール勝ち。赤いベルトの第14代王者となった。

 赤いベルトのことを、朱里はSNSなどで「あかいベルト」と書いていた。本当は「朱いベルト」と書きたかったが、チャンピオンになってすぐにそう書くのは違う気がしたという。初防衛に成功したことで、初の自伝『朱里。 プロレス、キック、総合格闘技の頂点を見た者』(徳間書店)の後半では、堂々と「朱いベルト」と表記している。

自分にしか創り出せない「朱世界」

 朱里は自分が表現する世界のことを「朱世界(しゅせかい)」と呼んでいる。わたしは朱里の自伝を読んで、朱世界のイメージが大きく変わった。それまで漠然と「格闘技的な強さとプロレス的な強さが融合した世界」だと思っていたのだが、もっと繊細で、朱里の内面が表出した心象風景のようなものが浮かび上がってきた。

「キックボクシング、総合格闘技、プロレスを経験した自分にしか創り出せない世界です。対戦相手のリミッターを外して、いま以上の力を引き出す。その上で自分が輝く。見ている人の心に残る試合をすることをイメージしています」

 自分の代名詞になるような言葉を作りたいとずっと思っていた。プロレスデビューしてから世界を意識していたこと、周りから「朱里といえば世界」と言われたこと、師匠のTAJIRIにも「朱里ちゃんは世界に行く人だよ」と言われていたことから、ある時、ふと「朱世界」という言葉が浮かんだという。

 朱世界は、朱里の内面がこれでもかと表出する。人見知りで自分に自信がなく、いつも不安。一方で負けず嫌いでプライドが高く、ダークな一面もある。朱里のプロレスには、感情や生き様が滲み出る。

「感情は出やすいタイプかもしれないですね。すぐ泣くし。役者を目指していた時も、自分を解放したくて人を刺し殺す役を演じたりとか、そういうのは好きなのかもしれない。プロレスラーはみんな1試合1試合を懸命に努めているので、そのなかで選手の人生そのものを感じ取ってもらえたらいいなと思いますね」

朱里という"人間"を見てもらいたい

 昨年8月のインタビューのあと、わたしも朱里のように強くなりたくて総合格闘技のジムに通い始めた。しかし縄跳び1分でヘトヘトになってしまい、UFCまで辿り着いた彼女のすごさを痛感する日々だ。

「継続して、少しずつやれることを増やしていくといいですよ。勉強と一緒で、体力も継続しないとつかない。今、1分間頑張っていると思うので、もう少し経ったら1分半跳ぶとか。そういうことをちょっとずつやっていくと、体力がついていくと思います。

 わたしは自分に自信がないから、練習でカバーするんですよね。『これだけやってるんだから負けるはずない』と思えるまでやる。練習しないで勝てる人はいないと思うんですけど、わたしは不器用だから、周りよりも練習しないと結果が出ないと思っています」

 ハッスルでデビューして「強さを感じない」と言われた悔しさから、格闘技の試合に出た。すると今度は、「強いだけじゃないんだ」ということを示したくなったという。

「格闘技で結果を出して『強い』というイメージがついたけど、プロレスってそれだけじゃない。強さだけじゃなくて、諦めない気持ちだったり、何度も立ち上がる姿だったり、相手への思いだったり。強いだけじゃなくていろんな部分――朱里という"人間"を見てもらいたいです」

感情をコントロールできる人が強い

 近年、「いまのプロレスは技が危険になりすぎている」と批判するファンが増えている。しかし朱里は「選手としてはそれを簡単に言ってほしくない」と自伝に書いている。

「選手はひとつひとつの技を本当に大切にしています。日頃からたくさんの練習をしてリングに上がっているし、しっかり相手の力量を見て技を出しています。覚悟を持ってリングに上がっているので、考えなしに高度な技をやっているわけではない。いろんな思いがあって、リングで見せたい世界観を出しているんです。

 ケガと隣り合わせではあるし、それくらい危険なことをやっていますが、『こんな技を受けても立ち上がるプロレスラーはすごい!』という非現実を楽しんでもらいたい。わたしはいまスターダムで激しい試合をしているので、そのなかでしっかりと見せていきたいと思っています」



プロレスへの想いを語る朱里

 スターダムに入団した当初は、自分をどこまで出していいのか迷う部分もあったという。年長者として一歩引いたほうがいいのかなと考えたり、クールで強いイメージを出していったほうがいいのかなと考えたり。考えすぎて、頭痛に悩まされたという。

「"朱いベルト"を獲るためにスターダムに入団して、2回挑戦したけれど獲ることができなかった。どんなプロレスをしたらいいのか、自分を見失いそうになりました。でもやっぱり、母にベルトを巻いた姿を見せたい、応援し続けてくれている方の期待に応えたいという思いがあったから、乗り越えられました」

 昨年8月のインタビューで、わたしは朱里に「強さとはなんですか?」と聞きたかった。しかし亡き母への思いを語りながらワンワン泣く姿を見たら、聞くことができなかった。彼女もまた、本当の強さを追い求める旅の途中なのだと思ったのだ。

 しかしあれから半年が経ち、その間に朱里は"朱いベルト"を巻いた。半年前は切羽詰まっているように見えたが、今日の朱里はとても穏やかな表情をしている。今なら聞ける。強さとはなんだと思いますか?

「自分の感情をコントロールできる人が強いと思います。やっぱり気持ちによって、結果は大きく変わってくる。嫌なことがあった時、感情がブレて嫌なほうに向いてしまうとなにもできなくなるけど、そんな時でも自分を奮い立たせることができる人は本当に強い」

 朱里自身はどうだろうか。

「わたしは、けっこう落ち込んだりするタイプですが、気持ちを強く持つようにはしています。難しいですけど、やる気が出ないと低迷しちゃう。でも、やる気を出してめちゃめちゃ頑張ったらすごい力を発揮できる時もある。感情のコントロールってすごく大事だなと思います」

 今でも落ち込んだり、悩んだりすることはある。しかし「"朱いベルト"のチャンピオンとして、迷わず防衛戦を突き進みます」と力強く話す。彼女がこれからどんな景色を見せてくれるのか、楽しみでならない。

【プロフィール】
■朱里(しゅり)
1989年2月8日、神奈川県海老名市生まれ。164cm、58kg。日本人の父とフィリピン人の母を持つ。2008年10月26日、ハッスル栃木大会でプロレスデビュー。翌年12月、SMASH旗揚げに参加。2012年1月、Krush.15でキックボクシング初参戦。2014年3月、初代Krush女子王座チャンピオンに輝く。2016年1月、パンクラスと複数試合契約を結び、翌年5月、ストロー級クィーン・オブ・パンクラス王座を獲得。7月、UFCとの契約を発表。2019年8月、朱里自主興行《ただいま》にてプロレス復帰。2020年11月、スターダム所属となる。2021年12月29日、林下詩美の持つワールド・オブ・スターダム王座に挑戦し、第14代王者となった。Twitter:@syuri_wv3s