「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」7日目 テーマは「女性アスリートと競技復帰」「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展…

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」7日目 テーマは「女性アスリートと競技復帰」

「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「女性アスリートが自分らしく輝ける世界」をテーマに1日から8日までの1週間、8人のアスリートが登場し、8つの視点でスポーツ界の課題を掘り下げる。7日目は「女性アスリートと競技復帰」。2児を出産し、昨年12月に5年ぶりに現役復帰した水泳の飛込み・馬淵優佳が登場する。

 3歳から競技を始め、トップ選手として五輪を目指していたが、22歳だった大学卒業後の5月に競泳日本代表の瀬戸大也と結婚し、7月に引退。夫のサポートに尽くし、2人の子宝に恵まれたが、26歳にして現役復帰を決断した。後編では、復帰後に変化が生まれた子どもとの向き合い方を明かし、出産を経験した女性アスリートの「競技と子育て」の両立のため、求められる環境整備への想いを語った。(取材・文=長島 恭子)

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 大学卒業後、約20年間続けていた飛込み競技を引退。結婚、出産を経て、2021年9月、馬淵優佳は5年ぶりの競技復帰を決断する。

 そのきっかけになったのは、取材で出会ったトップアスリートたちの言葉だった。「自分の人生は自分で決める」。固定観念にとらわれず、目標にまい進する姿に、馬淵はもう一度、飛込みに挑戦したい、と考えるようになった。

「自分の意思で飛込みをやる。きっとこれが、私がやり残したことであり、ずっと求めていたことだって気づきました。

『好きこそ物の上手なれ』って言うじゃないですか。私は自分の子どもに対してはいつも好きなことをやってほしいと思っています。でも、自分はそうではなかった。私はずっと『やりたくない気持ち』で、飛込みをやっていたことに対し、強いコンプレックスを感じていたんですね。

 嫌々やっていた自分。やらされてばかりだった自分。でも今なら、そのコンプレックスなく競技ができると思ったんです」

 とはいえ、競技一本に集中できた大学時代とは、自分の置かれている状況はまるっきり異なる。「2人の子どもがいても、果たして競技選手を続けるのは可能なのか?」。まずはそのことを考えた。

「家族に自分の想いを伝え、相談すると、『やり残したことがあるならば、やった方がいい』と背中を押してくれました。それで気持ちが固まり、すぐに、行動に移しました」

決断から1か月で環境は一変、子どもの向き合い方も変化

 まず、住んでいた場所の近くには練習に適したプールの環境がなかったため、周囲の協力を得て拠点を探した。

「環境を変えなくとも、飛込みの練習はできなくもない。でも、やるならば100%悔いを残したくなかった」。「ここしかない」と決めたのは栃木県。自宅のある東京近郊から毎日通うことは難しいため、練習場の近くに家も借りた。

 その間、わずか1か月。「『今やるしかない』という気持ちで止まらなくなっちゃいました」と笑う。

 以来、自宅と栃木を行ったり来たりの生活。プールで練習をする日は栃木の家に泊まり、その間は自分の両親が子どもたちの面倒を見てくれている。また、これまで仕事にかけていた時間と比べると、競技にかける時間もはるかに多い。必然的に、子どもたちに会えない時間も増えた。

 馬淵は子どもとの向き合い方を変えたという。

「まずは子どもたちに、自分のやっていることを理解してもらうことから始めました。

 飛込みの練習動画をたくさん見せたり、たまに栃木のプールにも連れて行ったりして、『離れている間はこういうことをしているんだよ』と、ちゃんと伝えるようにしています。また、オフの日はできるだけ長く一緒にいて、ちょこっとでも散歩に出かけたり、遊んだりと濃密な時間になるよう心掛けています。

 時間は短くなったかもしれませんが、私は以前よりも、子どもと一緒に過ごす時間を大事にするようになりました」

 今では子どもたちから「プールに行きたい」「動画を見せて!」とおねだりされる。飛込み台から飛ぶ真似をしたり、でんぐり返しをやったりと、馬淵の動画を真似するようにもなった。

競技と子育ての両立に「あったらいいな」と思うこと

「動画を観ながら、怖くないの? とか、ママ、かっこいい! とか言ってくれます。

 選手に復帰すれば、どうしたって子どもにガマンさせることは増えますし、寂しい思いさせることも絶対にあります。復帰を決断する前から、そうまでして自分のやりたいことをやってもいいのかな、母親として大丈夫かなという迷いはずっとありました。でもいざやってみると、競技をやっているからこそ得られることも多くて。

 子どもに対し、母親が母親になっても、何か目標を持って頑張っている姿を見せるって、口で言うよりも、やっぱり伝わるものがあるんじゃないかなと思います。いつかこの先、試合に出る姿も子どもたちにちゃんと見せたい。そして、悔しい思いだったり、嬉しい思いだったりも見せていけたら、子どもにとってもプラスになることはあるんじゃないかな」

 一方で、改めて競技と子育ての両立の難しさも感じる。最も頭を悩ませるのは、練習中の子どもの預け先だ。

「やはりアスリートは9時~5時のお仕事ではないので、夜が遅くなったり、合宿や大会で数日~数週間抜けたり、子どもが熱を出しても試合や練習で急にはお迎えにいけないなど、イレギュラーなことが色々あります。ですから、子どもをどこで見てもらうかは大きな問題です。

 私は幸い、サポートしてくれる家族が身近いるので、競技をやれています。しかし、世の中には様々な事情で、家族に頼れない方はたくさんいます。

 うちは今年から一人が幼稚園、もう一人は保育園に入りますが、毎日、通園のために用意すること、予防接種や保険のことなどなど、子どものことって見えないだけで、日々の『やらなければいけない』細かいことがものすごくたくさんあるんですね。ですから、子育て中のアスリートが活用できるシステムがあるといいなとすごく感じます」

 できれば子どもたちを遠征にも連れていきたいと考える。しかし、ゼロから預ける場所を見つける必要があり、かなりハードルが高いのが現実だ。

「例えば遠征先でも練習中や試合中、選手の子どもたちを見てくれる人がいるなど、そういった環境が整えば、合宿に子どもを連れていくこともできる。あったらいいな、と思う点ですね」

目指すはパリ五輪も「とにかく楽しんでやるというのが一番のテーマ」

 今、馬淵が掲げる目標は、日本代表として国際大会に出場すること。23年の頭にある国際大会の代表選考会を念頭に、まずは今年8月に開催される日本選手権で、表彰台を目指す。そして、その道の先に見ているのは、24年のパリ五輪だ。

「でも目標はありつつ、とにかく楽しんでやるっていうのが自分のなかの一番のテーマです。

 今、体の感覚を取り戻すのにめちゃくちゃ大変な思いをしていますが、大学までの選手生活に感じていたような苦しみはありません。多分、自分で選んで自分で考えて飛込みをやっているから、自然と楽しめているんですよね。自分で復帰するって決めた以上、苦しいことも楽しんで、絶対に悔いのないよう、競技をやりたいです」

 初めて自分から掴み取りにいった、2度目のアスリート人生。「次こそはちゃんと、競技人生を全うしたい」。馬淵は進取果敢に世界に挑む。

【女性アスリートが自分らしく、ありのままでいるために、必要なこととは?】

「自分で自分の限界を決めないことです。私も以前は女性はこうあるべきなどの固定観念に囚われていて、物の見方や考え方がとても狭かった。でも、色んな人に出会い、話を聞くなかで、自分がいかに狭い考え方で生きていたかに気づきました。トップアスリートの方たちを取材するなかで『ピークは自分で決めるもの』と言われ、確かにって思ったんですね。例えば『10代がピーク』と言われていたとしても、『20代の自分はもうダメだ』と自ら決めなくていい。私も『限界は自分で決めるものではない』と常に思い、競技をしています」(水泳飛込み・馬淵優佳)

 ※「THE ANSWER」では今回の企画に協力いただいた皆さんに「女性アスリートが自分らしく、ありのままでいるために、必要なこととは?」と聞き、発信しています。

(「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」8日目は「女性アスリートと月経」、ウエイトリフティング・三宅宏実が登場)

■馬淵 優佳 / Yuka Mabuchi

 1995年2月5日生まれ、兵庫県出身。3歳で水泳を始める。小学4年から本格的に飛込み競技をスタート。中学3年から日本飛込み界の第一人者である父・崇英氏(元日本代表飛込みヘッドコーチ)の本格的な指導を受ける。2009年には東アジア大会3メートル飛板飛込みで銅メダルを獲得。2011年には世界選手権代表選考会3メートル飛板飛込みで優勝し、世界選手権に初出場。立命大では日本学生選手権2連覇を達成した。2017年に競泳日本代表の瀬戸大也と結婚し、現役を引退。2018年に第1子、2020年に第2子と誕生し、2児の母となる。2022年1月に現役復帰を発表。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。