マーリンズのイチロー外野手は、3日(日本時間4日)の敵地レイズ戦に「9番・右翼」で先発。第3打席に右前打を放ち、13打席ぶりにヒットを記録した。9回2死の場面で勝利を締めくくる美技も見せた背番号51は、敵地メディアとかつての恩師から「史上最…

マーリンズのイチロー外野手は、3日(日本時間4日)の敵地レイズ戦に「9番・右翼」で先発。第3打席に右前打を放ち、13打席ぶりにヒットを記録した。9回2死の場面で勝利を締めくくる美技も見せた背番号51は、敵地メディアとかつての恩師から「史上最高の名手」という最大限の賛辞を送られている。地元紙「タンパベイ・タイムズ」が報じている。

■対戦相手レイズの地元紙が異例の特集、「今まで見た最高の野球選手は誰だろう?」

 マーリンズのイチロー外野手は、3日(日本時間4日)の敵地レイズ戦に「9番・右翼」で先発。第3打席に右前打を放ち、13打席ぶりにヒットを記録した。チームの10-6での勝利に貢献。メジャー通算3035安打で、歴代24位のロッド・カルー(3053本)まで「18」とした。9回2死の場面で勝利を締めくくる美技も見せた背番号51は、敵地メディアとかつての恩師から「史上最高の名手」という最大限の賛辞を送られている。地元紙「タンパベイ・タイムズ」が報じている。

 敵地トロピカーナ・フィールドでイチローは13試合ぶり今季4度目となる先発出場。2点を追う6回無死一、二塁の場面で快音を響かせた。レイズ2番手プルートがカウント2-1から投じた4球目の外角ツーシームを捉え、ライト前に運んだ。今季は代打起用中心で打率.152となっているが、この日は9回2死一塁で華麗なスライディングキャッチを決め、守備でも敵地を沸かせた。

 昨季、メジャー史上30人目の通算3000安打を記録したレジェンドはレイズに所属したことはなく、決して縁の深いチームではないが、敵地メディアは異例の特集を組んで最大限の敬意を示した。「今まで見た最高の野球選手は誰だろう?」という書き出しでスタートする特集記事では、様々な一流選手を候補として挙げている。

 通算660本塁打のウィリー・メイズ、スイッチヒッターとして536本塁打を記録しているミッキー・マントル、史上最高の99.3%という得票率で米国野球殿堂入りを果たしたケン・グリフィー・ジュニア、メジャー記録の通算763本塁打を誇るバリー・ボンズ、そして、現役選手では25歳ですでに2度のMVPに輝いているマイク・トラウト(エンゼルス)…。記事では、これらのスーパースターの名前を並べた上で、以下のように言及している。

■恩師のピネラ氏も称賛「完璧な研究者」「非の打ちどころのない体型」「傑出したスキル」

「私の投票は人々を驚かせるかもしれない。彼は今夜、トロピカーナ・フィールドにやってくる。イチロー・スズキ。私が今まで見た最高の選手だ」

 そして、メジャー17年目を迎えた安打製造機をMLB史上ナンバー1の名手に推す人間は他にもいるという。レイズの本拠地フロリダ州タンパ出身で、2003年から05年までタンパベイ・デビルレイズ(当時)の監督を務め、2001年にはメジャー上陸1年目のイチローをマリナーズ監督として指導した過去を持つルー・ピネラ氏だ。

「完璧な野球の研究者であり、非の打ちどころのない体型の持ち主。明らかに傑出したスキル。さらに重要なことはプレーを見るものを楽しませる選手ということだ」

 記事では、元恩師がイチローの偉大さをこう証言していると紹介。イチローはメジャー1年目に新人王、MVP、首位打者、盗塁王、シルバースラッガー賞、ゴールドグラブ賞などあらゆるタイトルを獲得した。

「彼は野生のシカのように疾走する。肩はキャノン砲だ。野球に対する洞察力も深く訓練されている。彼がメジャー移籍を希望していると分かった時に、我々は獲得を求めたんだ」

 ピネラ氏は取材に対して、こう語ったという。イチローは2001年から10年連続で年間200本安打とゴールドグラブ賞受賞の偉業を達成。昨年8月にはメジャー通算3000安打にも到達したが、ピネラ氏は「基本技術というところでいえば、イチローよりもしっかりしている選手を私は見たことがない」と絶賛している。

■ピネラ氏の“記録”を破ったイチロー

 そして、メジャー1年目のオープン戦で流し打ちを繰り返していたイチローの打撃に一抹の不安を覚えたため、「引っ張るバッティングが見たいんだ」とリクエストしたところ、次の打席で初球を右中間のブルペンに運ぶホームランを放ったという有名なエピソードもあらためて披露した。

「イチローに関しては、ここにいる限り好きなようにプレーして、という感じだったね」と、恐るべきルーキー時代の伝説を笑顔で振り返ったというピネラ氏。マリナーズはこのシーズン、メジャー史上最多タイの116勝(46敗)を挙げるという無類の強さを見せた。

「いろいろな理由で、私はイチローに関してすごく嬉しかったんだ。彼は(全ての個人タイトルに)ふさわしかった。2つ目には僕からタイトルを奪ったんだ。イチローが来るまで、私は最年長の最優秀新人だったんだよ」

 現役時代に外野手だったピネラ氏は、ロイヤルズ時代の1969年にルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。26歳での受賞は、イチローが27歳で同賞を受賞まで最長記録だったと言及(実際には2000年の佐々木、1950年のサム・ジェスローが32歳で受賞)。それでも、史上最高の名手と認める愛弟子に“記録”を奪われたことを、恩師は同紙の中で嬉しそうに回想していた。