「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」2日目 テーマは「女性アスリートと出産」前編「THE ANSWER」は3月8…
「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」2日目 テーマは「女性アスリートと出産」前編
「THE ANSWER」は3月8日の「国際女性デー」に合わせ、女性アスリートの今とこれからを考える「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「女性アスリートが自分らしく輝ける世界」をテーマに1日から8日までの1週間、8人のアスリートが登場し、8つの視点でスポーツ界の課題を掘り下げる。2日目は「女性アスリートと出産」。女子サッカーの元なでしこジャパン・岩清水梓(日テレ・東京ヴェルティベレーザ)が登場する。
10代のアンダー世代から日本代表で活躍し、2011年女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で優勝するなど、女子サッカー界を牽引してきた名ディフェンダーは、32歳で一般男性と結婚。現役選手のまま、33歳で長男を出産した。前編では、女子サッカー界にある「出産=引退後」という暗黙の了解を明かし、自身も妊娠判明後に一度は引退を考えたものの、現役続行を決断するに至った転機を語った。(取材・文=THE ANSWER編集部・出口 夏奈子)
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オンライン取材中、何度も愛息がパソコン画面を覗き込む。プロサッカー選手として取材に答える顔のなかに時折、母としての表情を覗かせる。2011年、日本サッカー界初のW杯優勝を成し遂げた“なでしこジャパン”の一員だった岩清水梓は今、35歳に。母になって2年が経った。
「もうかわいいです。どんどん言葉も出てきて、最近は言っていることも分かりますし、ちょっと会話ができるようになったのがすごく不思議というか、楽しいです」
日本の女子サッカー界を牽引する一人として、日テレ・東京ヴェルディベレーザで、そして日本代表で慌ただしくサッカー漬けの毎日を送ってきた。それでも「いまだかつて経験したことがない」と目を丸くするほど、1年が、1日が過ぎるのが早い。それもそのはずで、岩清水の1日は濃密だ。
「息子の起きる時間次第ですが、よく寝てくれるのでだいたい朝8時前後に起床します。朝ご飯を食べて、10時前後に保育園に預けて、1度自宅に戻ってきてから夕飯の準備をして、お昼を食べて、12時半過ぎには家を出ます。14時からのチーム練習前に自分なりの準備をして、トレーニングが終わると、体のケアをして、18時半には息子を迎えに行って。帰宅して夕飯を食べて、一緒にお風呂に入って、子どもを寝かしつけると、ようやくフリータイム。洗濯物を畳みながらテレビを見て、23時頃に寝る毎日です(苦笑)」
プロサッカー選手である前に、一人の女性であり、人間だ。
「いずれは家族を持ちたい」。そう漠然と考えていたという。しかし、20代の頃は日本代表として常に世界と戦っており、国を背負っている以上、自身のライフプランは考えられなかった。結婚、出産は現役を退いてから。それが、女子サッカー界の暗黙の了解だった。
妊娠が分かり考えた「引退」、それを一変させた母の一言
岩清水は当時をこう振り返る。
「前例がなさ過ぎただけかもしれないですね。みんな敢えて口にはしなかったですけど、そういった空気感がありました。ちょうど引退のボーダーラインが30歳前後だったこともあったのかもしれません。だから、結婚や出産はその後でもいいよね、と」
ただ、全く前例がないわけではなかった。代表でまだ若手選手だった頃、8歳年上の宮本ともみ氏(現女子日本代表コーチ)が子どもを連れて合宿に参加。「自分がそうなるとは思っていなかった」ものの、妊娠が分かったときは「宮本さんの存在が背中を押してくれた」と口にする。
2019年。32歳で結婚し、妊娠が分かった当初、岩清水は引退を考えたという。
「ちょうどキリがいいから辞めようかなと思っていました。自分の現役を1年、1年と考えたなかで、何か転機が来たのかなと。だから、最初はこれを機に……って思ったんです」
代表に一旦区切りをつけ、チームでもキャプテンから退いた。妊娠を機に2019年のシーズン途中に離れたベレーザはリーグ5連覇を達成した。「それまでは戦力だったけど、自分がいなくてもチームはやっていけるんだなと、若手選手の成長も感じていて。自分のなかで、そろそろかなという雰囲気があった」。引退するにはちょうどいいタイミングだった。
ただ、そんな考えを一変させたのは、母の一言だった。
「実家で相談したら、母は昔、宮本さんと代表で一緒にやっていたことを知っているので『宮本さんがやっていたじゃない?』『続けたらいいじゃない』と言われたんです。実家から帰る頃には考えが180度変わっていた。びっくりですよね(笑)。母の言葉によって、今の自分があるんです」
現役サッカー選手の妊娠、出産の前例はそう多くはない。所属するベレーザでも初めてのことで、情報は極端に少なかった。妊娠が分かってからも軽く体を動かしていたが、その後の体調の変化が分からず、ほどなくしてチームから離脱。故障者のリハビリの要領でトレーニングを継続していた。
「安定期に入る前までの体の動かし方が分からなかった。今思えば、もうちょっとトレーニングできたと思います。対人や試合はさすがに無理だけど、安定期に入るまではお腹もそんなに大きくないし、グラウンド内でのトレーニングは正直、動こうと思えば動けるんです。でも、やっぱり安定期に入るまでは不安じゃないですか。だから不安がある以上は、体を動かすかどうかの判断は自分自身に委ねられることになって、自分はできなかった」
お腹が大きくなり、自分の復帰より願った「無事に生まれてきて」
そんなとき、シーズン終了後のプレナスなでしこリーグ2019表彰式の会場で、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長夫人である土肥美智子医学博士と言葉をかわす機会に恵まれた。そこで「JISS(国立科学スポーツセンター)に妊娠期をサポートするプログラムがあるから話を聞きに来ない?」と声を掛けてもらった。
さっそくJISSを訪れ、サポートプログラムに参加。なでしこジャパンで一緒だった女性トレーナーが週2回、一緒にトレーニングに付き合ってくれた。行っていたのは柔軟性と可動域の維持、筋力維持を目的としたメニューだった。しかし、出産が近づくにつれてどんどんお腹が大きくなり「柔軟性が保てなくなった」という。
そして、次第に体が変化していく。アスリートとして、復帰後のことを考えれば不安がないわけではない。それでも、「その頃にはもう自分の復帰のことより、お腹の子どもが無事に生まれてきてほしいということしか考えていなかった」と余裕がなかった当時を振り返った。
2020年3月上旬、無事に男の子を出産。岩清水は現役プロサッカー選手でありながら、母になった。
(後編へ続く)
■岩清水 梓 / Azusa Iwashimizu
1986年10月14日生まれ、岩手県出身。小学1年からサッカーを始め、中学1年にNTVベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ)のアカデミー組織・NTVメニーナのセレクションに合格。高校生になるとトップチームのベレーザに昇格。以来、ベレーザ一筋の生え抜き。日本代表でもアンダー世代で活躍し、2006年にA代表デビュー。2011年のドイツW杯では世界一に輝き、男女通じて日本サッカー界初となる快挙を成し遂げた。所属チームではなでしこリーグを12度制覇。代表では北京とロンドン(銀メダル)と五輪に2度出場、W杯には3度出場(優勝、準優勝各1度)。日本の女子サッカー界を代表するDF。
<3月6日に「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント開催>
女子選手のコンディショニングを考える「女性アスリートのカラダの学校」を6日に開催。第1部は「月経とコンディショニング」をテーマに元陸上日本代表・福士加代子さんをゲストに迎え、月経周期を考慮したコンディショニングを研究する日体大・須永美歌子教授が講師を担当。第2部は「食事と健康管理」をテーマにボクシング東京五輪女子フェザー級金メダリスト・入江聖奈をゲストに迎え、公認スポーツ栄養士の橋本玲子氏が講師を担当。1、2部ともにアスリートの月経問題などについて発信している元競泳日本代表・伊藤華英さんがMCを務める。参加無料。(THE ANSWER編集部・出口 夏奈子)