バイオテクノロジーの専門家と元プロサッカー選手がタッグを組んだ異色のスニーカーブランド「オールバーズ」。その根幹には“Less is More=少ないほうが豊かである”というサステイナブルな考え方があった。 余計なものは削ぎ落として「少ない…
バイオテクノロジーの専門家と元プロサッカー選手がタッグを組んだ異色のスニーカーブランド「オールバーズ」。
その根幹には“Less is More=少ないほうが豊かである”というサステイナブルな考え方があった。
余計なものは削ぎ落として「少ないほうが豊かだ」と考える
メリノウールとバイオベースの撥水シールドを組み合わせ、雨の日も快適な履き心地を約束する「ウールランナー ミズル」。オールバーズは全製品にカーボンフットプリント排出量を記載する。1万5000円/オールバーズ 0800-080-4054
オールバーズというブランドを語るうえで、ニュージーランド(以下、NZ)のことを外して考えるわけにはいかない。
その第一の理由は、創業者のティム・ブラウンがNZ代表として長く活躍したプロサッカー選手だから。それも2010年のW杯南アフリカ大会において、NZを28年ぶりの本大会出場に導いた国民的アスリートなのだ。
オールバーズの日本法人でマーケティングディレクターを務める蓑輪光浩さんが、ティム・ブラウンの経歴と創業の経緯について補足してくれる。
[左]取材に対応してくれたマーケティングディレクターの蓑輪光浩さん。 [右]共同創業者のティム・ブラウン(左)とジョーイ・ズウィリンジャー(右)。お互いの奥さまは大学時代のルームメイトだったとか。
「NZの英雄的存在と言っていいと思います。引退後はロンドンのビジネススクールに通い、共同創業者のジョーイ・ズウィリンジャーとの出会いを経て、’16年にオールバーズを立ち上げました」。
その人生の中で数多くのスポーツシューズを履いてきたティム。彼は現役当時より、シューズについてさまざまな疑問を抱いてきたという。
そこまで派手な色が必要なのか? ブランドロゴにまみれたデザインはマストか? より環境に配慮した素材でシューズを作ることはできないのか?
バイオテクノロジーの専門家であるジョーイとともに研究と実験を重ねた末、最初のシューズ「ウールランナー」が誕生する。
アッパーに用いたのはNZを象徴する天然素材、メリノウールだ。ソールはサトウキビ由来の素材。また靴紐は再生ペットボトルから作られた。
[左]創業当時はイタリア・ラダ社の協力を得て製糸を行った。現在の各工場ではエネルギー効率の改善や再生可能エネルギーへの転換、公正な労働環境の確保など高い意識でSDGsに取り組む。 [右]メリノウールのほか、使用済みペットボトルや段ボール、ヒマシ油、バイオポリウレタン、ユーカリなどのサステイナブル素材を原料に使用。
派手な色、大げさなデザイン、目立つブランドロゴは不要だった。そして天然由来の素材をベースにして、日常履くのに十分なシューズを作ることができた。
言い換えればオールバーズはその最初のシューズを作った時点で、従来のシューズビジネスモデルからの脱却を果たしたのである。
「本国チームのスタッフとミーティングをしていて、しばしば気付かされるのは、“それは本当に必要なのか?”という視点です。
商品パッケージからビジネス上の手続きにいたるまで、どんなテーマにおいてもできる限りシンプルに、削ぎ落とす方向で考える。“Less is More”、つまり“少ないほうが豊かである”という考え方なんです」。
自分たちだけがやるのではなく周囲を巻き込んで取り組む
[左]天然ゴムのアウトソールを装着し、優れた走破性を発揮する「ウールダッシャー ミズル」。1万7500円 [右]「トレイルランナー SWT」はオールバーズ初のトレイルランニングシューズ。足なじみが良く耐久性と通気性に優れ、高いグリップ力を備える。1万7000円/ともにオールバーズ 0800-080-4054
「ビジネスの力で気候変動を逆転させる。これが、サステイナブルに関するオールバーズの目標です」。
その製品と同様、シンプルで具体的な目標である。現在シューズ業界は全世界で年間約200億足を生産。その大半に環境へ悪影響を及ぼす素材が使用されている。
化石燃料由来の素材やエネルギーの使用が温室効果ガスを排出し、温暖化の一因となることはご存じのとおり。ではどうするか。オールバーズでは’25年末までに以下の3点(その中で細分化した10項目)の達成を目指している。
メリノウール100%のニットキャップ。滑らかな肌触りと高い保温性を発揮。各4500円/オールバーズ 0800-080-4054
1つ目が再生型農業の啓発活動だ。最新の研究によると、適切に管理された農地は排出量よりも多い量の二酸化炭素を吸収し、気候変動を逆転させるポテンシャルを秘めているという。
“適切に管理された農地”とは化学肥料を使わず、輪作や耕起回数の抑制を通じて生物多様性を回復した農地のこと。つまり豊かな土壌こそが温暖化を防ぐカギなのだ。
オールバーズは’20年3月、NZのクライストチャーチで「再生型ウールサミット」を開催。ウール生産農家や他のファッションブランド、専門家などを招き意見を交わした。
そして企業として再生型農業のサポートに努め、160以上の農家を再生型農業へと導いている。
[上]羊の生育環境や土地利用の高い基準を満たした農場と契約。品質的にもサステイナブルな視点からも優秀なメリノウールのみを使用する。 [左下]自然素材をベースにしたスウェットシリーズ、「R&Rコレクション」のスウェットパンツ。部屋着やワンマイルウェアにも打ってつけだ。1万2500円 [右下]スリッポンタイプの「ラウンジャー」シリーズも人気が高い。アッパー素材や色のバリエーションも豊富。各1万2500円/ともにオールバーズ 0800-080-4054
2つ目は再生可能素材の使用。その代表がメリノウールだ。通気性と保温性に優れた、柔らかな肌触りの天然素材。
素材としてのクオリティはもちろん、牧場の土壌や羊の生育環境にいたるまで、サステイナブルの高い基準を満たしたメリノウールのみを使用する。
そのほかアッパーにはユーカリ由来の「テンセル
リヨセル」、ミッドソールにはサトウキビ由来の「スウィートフォーム」などを活用。それでも「ナイロンやポリエステルに勝てない部分はある」と蓑輪さんは言う。
「そもそも化学繊維は入手が容易できわめて安価。加工も染色も技術が確立されていて、生産効率が高いんです。でも、何とかそこを変えていきたい」。
つまり、化学繊維に負けない素材の追求である。その一例が「トリノ
」。ユーカリ繊維とメリノウールを組み合わせた、柔らかさと通気性を兼備する素材だ。
さらに近年この「トリノ
」に、ズワイガニの殻から作られたキトサン繊維を加えた「トリノ
XO」を開発。天然の防臭効果を持つ素材として主にアパレル製品に採用している。
21年8月に登場した「ナチュラル ラン コレクション」。メリノウール、リサイクルポリエステル、「テンセル
リヨセル」などを素材に使用。Tシャツ6800円、ショーツ8000円/ともにオールバーズ 0800-080-4054
3つ目がエネルギーだ。主要工場では再生エネルギーを100%使用。製品輸送の95%を海上輸送へシフト。
そして興味深いのが、「オールバーズのアパレル製品について、お客さまの100%が常温洗濯、そして50%が自然乾燥」という目標設定だ。
つまり自社やサプライチェーンだけではなく、消費者とも目標と手段を共有している。自分たちだけではなくみんなで取り組む。そうしなければ、気候変動の逆転は不可能なのである。
難しい話だからこそわかりやすく伝えることが重要
2021年12月に限定発売された、アディダスとのコラボレーションによるランニングシューズ「フューチャークラフトフットプリント」。カーボンフットプリントは2.94kg/CO2eを実現。’22年春にも追加で一般販売を予定。1万3500円/オールバーズ×アディダス(オールバーズ 0800-080-4054)
さてオーシャンズには「サステイナブルの難解な話を長い文章で伝える」という宿命的ジレンマがある。できればもっとシンプルに伝えたい。そのほうが受け手の負担が少ないから。
オールバーズにも同様の思いがあり、消費者との直接的な接点となるショップのしつらえにそれが表れている。
「木材をはじめとしてできる限り天然素材を使っています。スニーカーを試着するときに使う椅子も木製。ただ、ひとりでは持ち上げられないほどの重量なので、移動がすごく大変なんです(笑)」。
買い物袋の用意はあるが、基本的には外箱のままで手渡される。オンライン販売では外箱に直接配送票を貼って送付。また希望がなければレシートも発行しない。
つまりここで買い物をすれば、内装やスタッフの対応から“サステイナブルな意識の高いブランド”だと直感的に理解できるのだ。
スニーカーを購入すると外箱に直接靴紐(無料)を通して手渡される。買い物袋の削減にぜひ協力を。
’20年1月、日本初の直営店として原宿店がオープン。世界的なコロナ禍のもとでのスタートとなったが、結果としてはこの年、全世界のオールバーズの店舗で最も高い売り上げを記録したのがこの原宿店であった。蓑輪さんがこう振り返る。
「日本は欧米に比べサステイナブルな意識が低いのではないか。そんな懸念は払拭されました。
買い物袋に入れなくても、クレームが発生することはほぼありません。むしろ“そのほうが全然いいですよね”と共感してくれるお客さまが多い。
原宿にやってくるような比較的若い年齢層から、少しずつ意識は変わっているのだと実感しました」。
そして原宿店に続き、’21年6月には丸の内店をオープン。日本の中心で働くビジネスパーソンのような、比較的高い年齢層の反応も上々だ。
羊毛生産から店舗販売まで、サプライチェーンの流れがひと目でわかるように描かれた大きなイラスト。丸の内店内のディスプレイだ。
また同じ丸の内仲通りに店舗を構える、他ブランドのスタッフとの交流も生まれている。そんな“ご近所さん”や顧客とともに、毎週水曜日に至近の皇居周辺でのランを楽しむコミュニティができているのだとか。
まさに「自分たちだけではなく、みんなで」というフィロソフィーの実践である。
ここ日本で、オールバーズのような考え方を持つ企業とその製品に共感する人たちは着実に増え、既存の価値観に拘泥する人たちと少しずつ置き換わっている。
それはつまり、サステイナブルな未来への光明だ。単なる聞こえがいい言葉ではなく、現実に見えてきた本物の光明である。
Allbirds オールバーズ
創業年:2016年
創業者:ティム・ブラウン、ジョーイ・ズウィリンジャー
本社所在地:米カリフォルニア州サンフランシスコ
店舗数:世界31店舗、日本国内2店舗
Sustainable Keywords
・温室効果ガス削減のために再生型農業を積極的に支援
・天然素材とリサイクル素材の活用
・よりクリーンな燃料・電力の使用
鈴木泰之=写真 加瀬友重=編集・文