連載「ボトムアップ理論で描く未来」第1回、畑喜美夫氏が相生学院サッカー部GMに就任 広島観音高校サッカー部を2006年の…
連載「ボトムアップ理論で描く未来」第1回、畑喜美夫氏が相生学院サッカー部GMに就任
広島観音高校サッカー部を2006年の全国高校総体(インターハイ)で優勝に導き、当時監督だった畑喜美夫氏が提唱した「ボトムアップ理論」は大きな反響を呼んだ。選手自らが考え、行動する力を引き出す指導法はその後、多くのチームや組織で取り入れられている。そんな日本の育成現場に新しい風を吹き込んだ畑氏が、新たに淡路島を拠点に活動する相生学院高校サッカー部のゼネラルマネージャー(GM)に就任した。創部3年で、昨年度の全国高校サッカー選手権兵庫県大会で準優勝。急成長するチームのオファーを受けた理由とは――。(取材・文=加部 究)
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3年前にプロサッカー選手の育成という目標を掲げて活動を始めた通信制の相生学院高校が、選手たちの自主的な発想や活動に重きを置く「ボトムアップ理論」を提唱し全国制覇の経験を持つ畑喜美夫氏をGMとして迎えた。
無名な中学生ばかりを集めた相生学院の短期間での成果は目覚ましい。一期生が最上級生になった昨年度の全国高校サッカー選手権では、兵庫県大会の決勝に進出。エースストライカーの福井悠人が在学中にJリーグのカマタマーレ讃岐でプロデビューを果たし、他にもプロに肉薄する選手たちを複数輩出した。
チームを指揮するのは、ワールドカップ(W杯)や欧州選手権(EURO)にも出場した元アイルランド代表GKで、プレミアリーグのアーセナルでは15年間コーチを務め、世界に名が轟く数々のトッププレーヤーの指導歴を持つジェリー・ペイトン。さらに3月からは、前監督で清水エスパルス時代には天皇杯制覇などの経歴を持つゼムノビッチ・ズドラブコもコーチとして加わる。ピッチ上ではJクラブを凌駕するような豪華スタッフが揃うが、一方で上船利徳総監督が畑氏を招聘したのは「オフ・ザ・ピッチ。つまりピッチを離れたところでの人間力を磨き、地域で愛される存在になりたい」と考えたからだった。
現役時代には年齢別日本代表に選ばれ、順天堂大学で三冠を獲得した畑氏は、広島観音高校に教員として赴任すると、選手が主体的にメンバー、トレーニングメニューなどを決めて活動していくボトムアップ理論を用いてインターハイで優勝。さらに安芸南に異動後は学校全体で同理論を共有するようになり、同校には年間で2000人近い視察希望者が押し寄せるようになった。結局パワハラ問題などの解決に悩む企業や教育界などからボトムアップ理論習得を希望する需要が膨れ上がり、畑氏は教職を辞して講演や伝道活動のために全国を飛び回っている。
「昨年は150本の講演をしました。最初はスポーツ関係からの依頼が多かったのですが、今では6~7割が企業です。やはり日本全体から集まってくる声に、教員の立場で応えるのは難しい。現在はボトムアップ思考により笑顔で暮らせる世界を創るために全国を駆け巡っています」
生徒たちが自主的に「大人より先に災害地へ支援に出かけた」
そんな多忙を極める畑氏が相生学院からのオファーを受けたのは、上船総監督の熱い想いと大きな世界観に共感したからだった。
「チームを強くするだけではなく、素晴らしい選手であると同時に、将来社会で必要とされる“人財”を育てていく。ダブルゴールを目指そうという発想です」
畑氏は広島観音、安芸南と2つの高校でサッカー部の監督経験を持つが、一切の強要もなく生徒たちが自ら率先行動をしていくことを促し著しい成果を挙げた。とりわけ安芸南での生徒たちの自主的な行動には、自身も大きな感銘を受けたという。
4年前の夏、西日本で多くの地域が豪雨に見舞われ、広島県も甚大な被害を受けた。
「すると生徒たちが自主的にLINEで連絡を取り合い100人ほど集まってグループ分けをすると、大人より先に災害地へ支援に出かけたんです。海外メディアから取材を受けた生徒たちは『いつも自分たちで考えて行動をしているので、当たり前のことをしただけです』と答えました。記事はヤフーニュースに載り、学校には感謝の声や取材依頼が集まり、地元からは『なぜ高校生たちが大人より先に行動できたのか話してほしい』と依頼を受けました。サッカーの勝ち負け以上に嬉しい出来事でした」
上船総監督が描くのも、相生学院が率先し愛される存在になることで、淡路をゴミ一つ落ちていないような美しい島へ変えていく未来である。
「畑さんが導いた整理整頓は素晴らしく感動しました。もし相生学院サッカー部から素晴らしい選手たちが育ち、彼らが綺麗な整理整頓をし続ければ、小中学生も真似をするようになり、島の文化を変えられるかもしれない」
子供たちがゴミを拾えば、大人もポイ捨てをするのが恥ずかしくなる。そして淡路島を美しく変貌させた発信源が相生学院なら、誰もが誇りに思い応援をしたくなるはずだ。
「通信制でも、いや通信制だからこそ、こんなことができる。それを発信していきたい」
総監督のそんな熱意が、畑氏を動かした。
(第2回へ続く)(加部 究 / Kiwamu Kabe)
加部 究
1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近東京五輪からプラチナ世代まで約半世紀の歴史群像劇49編を収めた『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』(カンゼン)を上梓。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。