北京五輪のエキシビションで『春よ、来い』を舞った羽生結弦【すべての幸せを演技に込めて】 北京五輪最終日の2月20日に行なわれた、フィギュアスケートのエキシビション。後半の第2部、5番目のスケーターとして滑った羽生結弦は、「やりきりました」と…



北京五輪のエキシビションで『春よ、来い』を舞った羽生結弦

【すべての幸せを演技に込めて】

 北京五輪最終日の2月20日に行なわれた、フィギュアスケートのエキシビション。後半の第2部、5番目のスケーターとして滑った羽生結弦は、「やりきりました」と穏やかな表情で言った。

「ショート(プログラム)とフリーは全力で出しきったと思うし、競技としてやりきったなと思います。4回転半も含めてやりきったな、と。そして(エキシビションの)きょうはきょうで......、ものすごく緊張してましたけどすべての思いを、すべての幸せを演技に込めて、何か自分のスケート人生のいろんなものも込めて表現できたんじゃないかなと自分のなかでは思っています」

 フィギュアスケート男子の競技が終わったのは、2月10日。エキシビション出演が決まり、2月14日から練習を再開した羽生だが、右足首ねんざの状態は悪かった。

「練習では、普通は1錠が適切と言われている痛み止めを4錠くらい飲んでいます。それで右足を(あまり)使わないジャンプを。ループやフリップ、ルッツをやらないでいれば、ランディング(着地)は何とか耐えられるかなというふうに思いながら。あとは楽しさとアドレナリンで何とかやっていました」

 羽生から楽しそうな雰囲気は伝わってきた。練習で4回転トーループ+3回転トーループ、トリプルアクセルは軽々と跳んでいたという情報も入ってきた。さらに自分で曲をかけ、『ホワイトレジェンド』や『ホープ&レガシー』、『バラード第1番ト短調』など、過去のプログラムを多数滑るシーンもあった。

「実は先シーズン、『天と地と』ができるまでの間、体力トレーニングとして今までノーミスできなかったプログラムを、全部ノーミスでやるということをしていたんです。そのなかには『オペラ座の怪人』だったり、『ノートルダム・ド・パリ』だったり、後半に4回転トーループを入れて最初にトリプルアクセルを跳ぶ構成の『バラード第1番』とか、そういういろんなプログラムがあって。それらをやってなんか、自分のなかではある意味消化したというか、落としものをちゃんと回収して次へ進めるなと思いました。

 ただ、それは自己満足にしかすぎないのかなと考えることもあって。それでせっかく他の人がいて見ていただける機会であるのなら、その場で僕が表現したかったというか、僕が見せたかったプログラムたちのいいところを見せたいなと思って滑りました。だからこそ何か幸せだったというか、やっぱり僕は見てもらいながら滑るのが本当に好きなんだなって。それが原点で、あらためて立ち返ったと思いました」



エキシビションで笑顔を見せる羽生

【戦い抜いた満足感】

 右足首のケガを負った状態でエキシビション出演を決めたのは、五輪は特別な場であり、自身の演技に感動してくれた人や応援してくれた人たちに、感謝を伝えたいと思ったからだろう。それができる期待感や喜び。戦いを終えてすべての肩の荷を下ろしていた状態だったからこそ、スケートを楽しもうと思ったのだろうし、心の底から楽しめていたのだろう。だからこそ、幸せを感じる時間だった。

 エキシビションで羽生が演じたのは『春よ、来い』。ピアノの音を一つひとつ感じながらの滑り。キレのあるトリプルアクセルを降りると、メリハリのある大きな動きでスピンやステップをこなし、大きなシングルアクセルも跳ぶ。そして最後のポーズは、これまでの演技ではしていた、拾い集めていた氷片を宙に散らすしぐさがなかった。

 これまでそのしぐさを見るたび、羽生のいつか来るだろう春を待ち焦がれる思いが伝わってくる気がしていた。だが、今回の『春よ、来い』は、勝負の舞台である北京五輪を戦い抜いたこと自体が、彼にとっての春の訪れだったのではないかと思えた。その演技はそんな満足感を、心の底から伝える踊りだったように思う。

 羽生はエントリーしている3月下旬の世界選手権に向けて、こう話した。

「昨日(2月19日)までの練習はギリギリの状態でやっていたけど、今朝のフィナーレの練習で、痛み止めを1錠しか飲んでいなかったのでどのくらいできるかと試してみたんです。そうしたらめちゃくちゃ痛くて、ループもフリップもダメだと思ってアクセルしかできなかったんです。そのあとで追加してきょうは6錠くらい飲んでしまっていますが、そういう状況なので足首をちゃんと休ませてあげようかなと思っています。

 ただ、普通の状態だったら足首だけですむ問題かもしれないけど、ここまで楽しませてもらっているなかで足首を過剰に動かしていたら、体のバランスも崩れてたぶんいろんなところが痛くなってくると思うんです。だからちゃんと休ませてあげて、いろいろ考えながら総合的に判断して世界選手権をどうするか決めようと思っています」

 戦いを終えた羽生はミックスゾーンでの話を終えると、記者たちに何度も「ありがとうございました」と言って戻っていった。