■新天地・FC東京で出会ったカリスマコーチ偶然に導かれた出会いに感謝し、30歳を迎える年でさらに成長していると実感し、すべてのパフォーマンスに充実感を漂わせながら、林彰洋は新天地・FC東京のゴールマウスに仁王立ちしている。サンフレッチェ広島…

■新天地・FC東京で出会ったカリスマコーチ

偶然に導かれた出会いに感謝し、30歳を迎える年でさらに成長していると実感し、すべてのパフォーマンスに充実感を漂わせながら、林彰洋は新天地・FC東京のゴールマウスに仁王立ちしている。

サンフレッチェ広島にとって難攻不落の城壁と化し、J1のゴールキーパーでは現時点で最多となる5つ目の完封勝利を手にした4月30日のJ1第9節。味の素スタジアム内の取材エリアに、林は大きな第一声を響かせた。

「キーパーコーチといつもトレーニングしている内容が出たのかな、と思います。僕からすれば、キーパーコーチさまさまと、いつも思いながらプレーしています」

3年半プレーしたサガン鳥栖から、完全移籍での加入が発表されたのが昨年12月30日。この時点で未定だったキーパーコーチに、年が明けてスペイン人のジョアン・ミレッ氏が就任することが決まった。

バスク地方の小さなクラブ、ゲルニカで2000シーズンから12年間にわたり、GK育成コーチとしてアカデミーからトップチームまでのすべてのゴールキーパーを指導。優秀な人材を次々と輩出した。

スペインをGK大国へ変貌させた功績が称えられ、いつしか「カリスマ」と呼ばれたミレッ氏は、2013シーズンに湘南ベルマーレのアカデミーGKプロジェクトリーダーに就任。活躍の舞台を日本へ移した。

迎えた今シーズン。世界レベルの手腕を乞われて招聘されたFC東京で、195センチ、91キロと日本人離れしたサイズを誇る林と出会った。日々の練習内容を問われた守護神は、思わず苦笑いを浮かべた。

「それはキーパーコーチに聞いてください。おそらく、あまり教えたくないんじゃないかと思いますけど」

昨シーズンの林が5度目の完封勝利をあげたのは、25試合目の川崎フロンターレ戦だった。今シーズンはまだ9試合目。所属クラブこそ違うものの、明らかに進化の跡を刻んでいる理由の一端をこう明かす。

「すべての局面で駆け引きができるようになってきた、という点が大きな要因じゃないでしょうか」

新天地・FC東京で迎える飛躍のとき(c) Getty Images

■ポジショニングで防いだ直接フリーキック

ミレッ氏から伝授された駆け引きの妙を介して、相手よりも心理的に優位に立てるようになった。ゆえにゴール前においてポジションを取るときに迷いがなくなったと、林は屈託のない笑顔を浮かべる。

「いままでは『ここに立っていても裏を取られるんじゃないか』と不安を抱えながら、ポジションを決めていたんですけど。いまは自信をもって立てているので、蹴りづらいという意味で相手にプレッシャーを与えているだろうし、僕自身も思い切ってプレーできていることが、いい部分につながっているのかなと」

サンフレッチェ戦でもしっかりとポジションを取ったことで、2度招いたピンチでファインセーブを演じている。まずは前半42分。ゴールまで約28メートルの距離で与えた、直接フリーキックの場面だった。

ボールの背後にはDF塩谷司とMFアンデルソン・ロペスが立っていたが、角度的には右利きの選手が蹴ったほうがゴールを狙いやすい。前者が蹴ると想定したうえで、林は向かって右側にポジションを取った。

相手選手1人を挟んで、設置した味方の壁は5枚。腰をやや落とし気味に構え、呼吸を整えながら、林は自らに「壁を越えてボールが出てきてから反応しろ」と我慢を言い聞かせていた。その意図をこう明かす。

「普段の練習から『無駄な動きをしない』というのがあるんです。そのおかげもあって、正確に歩幅を踏むことができた。それほどむずかしい反応ではなかったと思いますけどね」

塩谷の右足から放たれた低く、強烈な弾道はゴールの左隅を正確に射抜く軌道を描いていた。それでも鋭く反応した林は、慌てることなく左へステップ。体勢を崩すことなく、3歩目で思い切ってダイブした。

大きな体を一直線に伸ばし、その延長線上にある右手の先をボールにかすらせる。わずかながらコースを変えた一撃は右のゴールポストに当たってはね返り、ペナルティーエリアのなかに弾んだ。

■洞察力と集中力が防いだ至近距離からの一撃

両チームともに無得点で折り返した後半11分には、サンフレッチェのエースストライカー工藤壮人と1対1となり、至近距離から強烈な一撃を見舞われる絶体絶命の状況に直面した。

高い位置でセカンドボールを拾った塩谷がボールをもち運び、ペナルティーエリア内へ縦パスを入れる。ターゲットとなった工藤は、丸山祐市、太田宏介の両DFにはさまれた状態だった。

しかし、右足を伸ばしてパスをトラップする刹那、工藤は体を時計回りに反転させて前を向いた。同時に利き足である右足の支配下にボールを置き、丸山と太田の間をスルリと抜け出す。

密集のなかで鮮やかに決められた、難易度の高いターン。キャプテンの日本代表DF森重真人がスライディングタックルを仕掛けようと慌てて間合いを詰める一方で、林は冷静に状況を受け止めていた。

「マサト(工藤)はその前から、ああいうターンを狙っている様子があったので。上手く決められたら、入れ替わられるだろうな、と思っていた。なので、割と冷静な気持ちで挑めました。来た、という感じで」

はからずも招いた大ピンチに映ったが、林だけは次に起こりうるプレーのひとつとして想定していた。だからこそ慌てない。先に動けばかわされる恐れがあるだけに、腰を落とした体勢で工藤の動きを見極める。

自分から見て右側からは、森重が体を投げ出してくる。その姿は工藤の視界にも入っている。ならば、シュートコースは左側しかない。ゴールポストとの距離を狭めながら、集中力を極限まで高めた。

「あの場面に関しては、体勢というか体のバランスを上手く保てた状態でシュートに反応することができました。その意味では、よく我慢できたかな、という感じですね」

工藤の右足から放たれた一撃は林が伸ばした左手に弾かれて、コーナーキックへと変わる。どうだ、と言わんばかりの表情を浮かべた守護神。千載一遇のチャンスを逃した工藤は、思わず頭を抱えてしまった。

■結果を手にしても妥協を許さない姿勢

ともに0‐0の状況だっただけに、どちらかを決められていたら、勝敗の行方は大きく変わっていた。完封勝利という結果を手にした林はしかし、そこに至る過程でも妥協を許さなかった。

工藤のシュートを弾いた場面では、ターンを許した丸山と太田に注文をつけた。激しくいきすぎればPKがあるかもしれない、と思ったのか。体の寄せ方を含めて、2人の動きは緩慢だった。

「あそこで簡単に前を向かせるのは、チームとしてダメなので。それはマサト(森重)にも言いましたし、あの場面に絡んだ選手たちにも、もっと強く行かなきゃいけないということは言いました」

忌憚なき言葉を味方にぶつけるだけではない。自らのプレーも厳しく律する。塩谷の直接フリーキックを止めた場面。ペナルティーエリアの外へ弾かなければいけないと、課題をあげることも忘れなかった。

「ギリギリといえばギリギリだったので。もうちょっと上手くサイドへ弾いておけば、セカンドボールを拾われることもないので。セカンドボールを作らないシチュエーションが大事なので」

外国人選手並みの体のサイズは、歴代の日本代表監督を魅了してきた。イビチャ・オシム監督時代の2007年2月に、初めてA代表候補に選出されてから10年。国際Aマッチの舞台には、まだ立っていない。

川島永嗣の牙城を崩せるか(c) Getty Images
ハリルジャパンがUAE(アラブ首長国連邦)、タイ両代表に完封で連勝した3月のワールドカップ・アジア最終予選にも招集された。しかし、ゴールマウスを守り抜いたのは川島永嗣(FCメス)だった。

ベテランの川島は濃密な経験を誇り、西川周作(浦和レッズ)は足元の技術に長けている。最も大きなサイズに俊敏なセービングを搭載する林は、東口順昭(ガンバ大阪)と3番手を争う立場に置かれてきた。

まだ見ぬ憧れのワールドカップの舞台へ。「次のステップへの挑戦」と位置づけたFC東京でミレッ氏と出会った林は、「駆け引き」という新たな武器を介して飛躍のときを迎えようとしている。

味の素スタジアム FC東京 サポーター 参考画像(2016年5月17日)(c)Getty Images

味の素スタジアム FC東京 サポーター 参考画像(2016年5月17日)(c)Getty Images

川島永嗣(c)Getty Images

川島永嗣(c)Getty Images