初めての五輪に挑んだ河辺愛菜【味わった五輪の楽しさと怖さ】「今までで一番悔しい試合になってしまって」 試合後、河辺愛菜(17歳、木下アカデミー)は涙声でそう振り返っている。「(五輪は)経験したことのない試合で、何もかもが違って。楽しかったけ…



初めての五輪に挑んだ河辺愛菜

【味わった五輪の楽しさと怖さ】

「今までで一番悔しい試合になってしまって」

 試合後、河辺愛菜(17歳、木下アカデミー)は涙声でそう振り返っている。

「(五輪は)経験したことのない試合で、何もかもが違って。楽しかったけど、すごく怖い試合でした。不安というか、なんだろ、ずっとそわそわして。自分のジャンプの悪い癖がすべて出てしまったと思います。こういう演技になってしまい、申し訳ないです」

 その声は震えていた。楽しさと怖さ。ふたつの感情に挟まれたまま、初めての五輪は終わったーー。

 2月15日、北京五輪のフィギュアスケート女子シングル。河辺は初めての五輪の舞台に立っている。ショートプログラム(SP)の6分間練習、心のざわつきを感じさせる表情があった。

 周りの選手と呼吸が合わず得意とするトリプルアクセルのコース取りに手間取って、なかなか跳べていない。第1グループなのもあって、こうした舞台に慣れていない選手もいるのだろう。衝突しそうになる瞬間もあり、ヒヤッとさせた。残り1分、やや無理矢理跳んだアクセルは空中でほどけ、着氷が大きく乱れていた。重ねてルッツもうまくいかず、リンクを降りる時、手応えをつかめなかった焦燥がにじみ出ていた。

「お昼の練習とか普通に調子よかったので、自信もあったんですが。直前(6分間練習)で、自分に集中できなくなってしまって。心の弱さが出ました」

 河辺はそう振り返っている。

【トリプルアクセル失敗も「後悔ない」】

 SPは4番目の滑走、真っ白にシルバーのストーンをちりばめた衣装でリンクに出てきた。アントニオ・ビバルディの『四季』より『冬』で、雪に舞う女王をイメージ。冒頭、昨年12月の全日本選手権で成功させて代表を勝ちとったトリプルアクセルに挑んだが、あえなく転倒となった。

「回りたい、降りたいという気持ちが強すぎて、少し内側で跳んでしまったのが失敗の原因かなと。スピードに乗って、真っ直ぐに跳ばないと。ただ、3A(トリプルアクセル)に後悔はないし、2Aにすればよかったとは思っていません」

 そう語った河辺は、強気に立て直しを図った。3回転ルッツ+3回転トーループで高得点をたたき出し、3回転フリップも成功。終盤に本来のスケートを取り戻し、スピンふたつはレベル4で、雪の化身になった。

「ミスが出たのは悔しいです。でも、濱田(美栄)先生にも『アクセルの失敗だけに収められたのは成長できた点』と言っていただいて。独特の雰囲気ですが、"オリンピックで滑っているんだ"と思うと楽しくて」

 SPは62.69点で15位。やや苦しいスタートになったが、持ち前の胆力の強さを見せていた。しかし、初々しい野心はオリンピックという魔物に飲み込まれることになった。

 2月17日、フリースケーティングは『Miracle』で奇跡を起こすべく挑んでいる。SPではうしろでまとめていた髪を一本に束ねていた。海と空のような青い衣装で、揺れる髪に決意が見えたが......。



フリー演技の河辺。ジャンプの転倒が続いた

 冒頭、歴史に名を刻む意気込みで挑んだトリプルアクセルは、ダウングレードでステップアウトとなった。3回転ルッツでも転倒し、セカンドをつけられない。3回転ループは成功も、次の3回転ルッツは転び、またもコンビネーションをつけられなかった。これだけ崩れたことは、今シーズン一度もない。

「アクセルは自信を持っていけたと思うんですが。一回崩れてしまうと、焦りに変わって、どんどん崩れてしまって。調子自体は悪くなかったんですけど、精神的な弱さが出てしまいました」

 河辺は憔悴した様子で語っている。五輪では、経験のある選手たちが1日35〜70分という短い時間で調整し、きっちりと試合に合わせていた。ルーキーはリズムをつかめなかった。

 その後、河辺は意地を見せてステップでレベル4をとり、ダブルアクセル+3回転トーループ+2回転トーループの3連続をどうにか乗りきった。しかし、3回転フリップは大きく着氷が乱れた。3回転サルコウを成功させ、コレオからスピンの流れはらしさが出たが、本来の出来にはほど遠く、演技後の表情がすべてを物語っていた。自分自身に憤っているようだった。

 104.04点で25人中23位。SPから順位を下げ、トータルでも166.73点で23位と低迷した。

【悔しさを「いいものに変える」】

 五輪でよかったなと思うところは?

 そう訊かれた河辺は言葉を選びながら、こう答えている。

「ジャンプのことばかり考えてしまい、一番いい滑りをできなくて。そのなかでも、最後まで諦めずに滑れたのはよかったのかなと。あまりよかったところはなかったですが」

 初めての五輪は、苦痛を伴うものだった。しかし、その打撃は心を突き動かし、糧となるだろう。彼女はこれまでもそうして困難に向き合い、てこにして成長を遂げ、五輪の代表選手になっているのだ。

「(今回の演技は)申し訳ないし、(自身も)こんな思いもしたくないので。まずは次(3月)の世界選手権に向け、悔しかった部分を全部出せるように、いいものに変えられるように頑張りたいです。4年後は出場するだけじゃなくて、上位を目指せる選手になれるように」

 終わりは始まりの合図だ。