3月4日に開幕する北京パラリンピック。その舞台に、“二刀流”のアスリートが立つ。パラスノーボード日本代表の小須田潤太だ。昨年の東京パラリンピックにはパラ陸上で出場し、走り幅跳びで自己ベストを更新して7位入賞を果たした。パラスノーボードとパラ…



3月4日に開幕する北京パラリンピック。その舞台に、“二刀流”のアスリートが立つ。パラスノーボード日本代表の小須田潤太だ。昨年の東京パラリンピックにはパラ陸上で出場し、走り幅跳びで自己ベストを更新して7位入賞を果たした。パラスノーボードとパラ陸上との両競技で、試合に出るたびに世界トップとの距離を縮め、その成長スピードに大きな期待が寄せられている小須田。近づきつつある北京パラリンピックへの思いについてインタビューした。
 
「パラリンピックは特別」。東京で強めた北京への思い



初出場した昨年の東京パラリンピック。その経験で、さらに北京パラリンピックへの思いが強くなったと小須田は語る。

「無観客だったけれど、あれだけ素晴らしい競技場で試合をすることができて、“あぁ、やっぱりパラリンピックって特別な場所なんだな”と思いました。そして、東京では届かなかった表彰台も、今の僕にはスノーボードでの方が可能性が高い。同じように特別な場所である北京パラリンピックで、自分がどこまでやれるのか、さらに楽しみになったんです」
 
東京パラリンピックを終えた直後の9月から、ほかのパラスノーボードの強化指定選手にまじって、スイスで強化合宿を実施。11月にシーズンが始まると、試合に出ながら自分の滑りを磨き上げてきた。なかでも大きな手応えを感じたのは、12月にフィンランドで行われたワールドカップだ。世界のトップ選手たちがほとんど揃った中、小須田はスノーボードクロスで3位に入り、今シーズン初めて表彰台に上がった。


(2018年 第4回サポーターズカップ 撮影/植原義晴[MA SPORTS])

好成績を収めた最大の要因は、スタートセクションにあったという。スタートした直後の最初の凹凸を、いかに板を真っすぐにして入り、ロスを少なくして滑ることができるかが、その後のレース展開には大きく響く。そのスタートセクションが、フィンランドでのワールドカップではうまくいった。
 
その背景には、大会直前に変えた義足がある。それまで使用していたのは、ドイツに本社を置く医療機器メーカー「オットーボック」。それを、アクションスポーツに特化した義足を開発するアメリカのメーカー「バイオダプト」に変えたのだという。

「バイオダプト」は、2018年平昌パラリンピックでスノーボードクロスで金メダル、バンクドスラロームで銀メダルを獲得したマイク・シュルツ(アメリカ)が設立したメーカーで、シュルツ自身が開発に携わっている。シュルツと同じLL1クラスでは、バイオダプトの義足を履いている選手は少なくない。そこで小須田も試してみたところ、非常に良い感覚を覚えた。幸運にも、日本国内でバイオダプトをもう使用しなくなった選手から譲り受けることができ、その義足で初めて臨んだレースがフィンランドでのワールドカップだったのだ。
 
「自分の感覚としては、義足の動きがとてもいい感じだったんです。膝や足首が曲がる感じが、すごくスムーズに動く感じがして、“さすがアスリートがつくった義足だな”と思いました。実際、フィンランドでのレースではスタートセクションをうまく滑ることができ、大きな自信を得ることができました」

“二刀流”の成果がストロングポイントに

また、パラ陸上でトレーニングを続けてきたことが、パラスノーボードにもプラスとなっている。小須田は、21歳の時に交通事故に遭い、右脚の大腿部分を切断したことがきっかけで、24歳の時にパラ陸上の世界に飛び込んだ。当時から小須田が憧れ続けているのが、山本篤だ。2008年北京から4大会連続でパラリンピックに出場し、走り幅跳びでは北京と16年リオで銀メダルに輝いた世界トップのパラアスリートだ。
 
その山本からの誘いを受け、小須田は19年に東京から大阪へと移転。山本の母校である大阪体育大学陸上競技部でトレーニングに励んでいる。そのおかげで筋量が増え、切断した側の大腿部分にもパワーがついてきた。今ではパラスノーボードの強化指定選手の中で、フィジカルの強さは誰にも負けないという自信がある。
 
そして技術的な面においても、陸上をやっている利点を感じている。小須田自身が「唯一のストロングポイント」と考えているスタートだ。スノーボードクロスは、陸上と同じようにスタートの合図で一斉に選手が飛び出す。そのため、陸上でスタート練習をしてきた小須田の反応の速さは、自身よりも障がいが軽いクラスの選手にも負けないほどだ。加えて義足を変えたことで、板をコントロールしやすくなり、「スタートは、世界でも1、2を争うくらいのレベルにある」と、小須田は自信を見せる。
 
常識にとらわれない“小須田流”のこだわり

一方、課題はスタートセクションの後にあるキッカー(ジャンプ台)への入りと着地にある。キッカーでのジャンプが高くなると着地するまでに時間を要しロスになるため、なるべく低めに抑えたい。そのためジャンプに入る際には勢いを吸収して、高さが出ないようにする動きが重要なのだという。その際、後ろ足でコントロールするが、小須田は後ろ足が義足になる。自らの意志で膝や足首を曲げることができない義足での“吸収する動き”は困難を極める。そのため、小須田以外の選手はほぼ全員が健足側を後方にしたスタンスで滑っている。それこそ、パラリンピックでメダル争いをするようなトップ選手の中に、後ろ足が義足という選手はいない。もともとは義足が後ろ側だったという選手もスイッチしているなか、小須田はなぜ同じようにしないのか。そこには彼流のこだわりがある。
 
「同じLL1のクラスでは、世界でトップ1、2位の選手も、日本で一番ランキングが上の小栗大地選手も、みんな義足を前にしたスタンスで滑っていて、義足が後ろで速い選手はいない状況です。だからそれが正解なのかもしれません。でも、僕はこのままでも十分に戦えると思っているので、突き詰めていきたいなと思っています」


後ろ足の重要さについてこんなエピソードもある。先日、室内でスノーボードができる施設で小須田が滑っていたところ、健常者のプレーヤーがこう話しかけてきたという。「義足の足が前と後ろの選手が同じクラスでやるんだね。君みたいに後ろ足が義足だと不利だよね」
 
しかし、パラスノーボードの試合に出るようになってから5年も満たない小須田は「自分は素人みたいなもの」と語る。だからこそ、かえって常識にとらわれずにトライできるのだと。
「最近、スノーボードにとっていかに後ろ足が重要かがわかり始めてはいます。でも、まだ自分の中で不可能だとは思っていないので、自分としてはこのスタンスのままで勝って、後ろ足が義足でも勝てるんだということを証明してみせたいなと。その方が、かっこいいと思うので(笑)」
 
そして、もう一つのポイントは着地の部分だ。
 
「着地では、いかに雪面にうまく力を加えるかが重要。そこで板が斜めになった状態で着地をしてしまえば、転倒につながったりしてロスが生まれます。着地の瞬間に、いかに板をフラットに着けるかが重要。ただ、そ れは大腿義足では本当に難しい部分なので、今も義足の長さや、膝の部分の角度や硬さなどを変えてみたりして模索中です。北京パラリンピックまでにどれだけ“正解”に近づけるかが勝負かなと思っています」

今シーズンはワールドカップで表彰台には上がったが、それで世界トップの仲間入りしたとは思っていない。
「やっぱり何でも世界一になって初めて認められると思うので、一番高いところを目指していきたいと思っています」
 
北京パラリンピックは、そのスタートラインとなる。