K-1の"怪物"野杁正明 インタビュー 前編 2021年9月20日、横浜アリーナで行なわれたK-1 WORLD GPウェルター級王座決定トーナメントを、3戦KO勝利という圧倒的な強さで制した野杁正明(のいり・まさあき)。…

K-1の"怪物"
野杁正明 インタビュー 前編

 2021年9月20日、横浜アリーナで行なわれたK-1 WORLD GPウェルター級王座決定トーナメントを、3戦KO勝利という圧倒的な強さで制した野杁正明(のいり・まさあき)。リング上は冷静、取材時は穏やか。実に礼儀正しく、明朗な口調でこちらの質問に答えてくれた。

 3人兄弟の末っ子として愛知県・名古屋に生まれ、「ケンカがあると泣きながら助けを求めていた」という野杁は、王者の品格と強さを併せ持つ、泰然自若な"モンスター"へと成長した。その強さの根源に迫る。



昨年9月のウェルター級トーナメント決勝で、安保瑠輝也(左)をKOで下した野杁 Photo by 日刊スポーツ/アフロ

【見せつけた他の日本人選手との差】

――ウェルター級王座決定トーナメントは、3選手をKOして優勝。コロナ禍でなかなか外国人選手が呼べないなかでの大会でしたが、圧倒的でしたね。

「僕もトレーナー陣も『(他の日本人選手たちとの)差を見せつけなければいけない』と考えていました。お客さんたちも『野杁が一番であってほしい』という思いでいるはずだ、という気持ちで戦っていましたね」

――決勝の安保瑠輝也選手(あんぽ・るきや/元スーパー・ライト級第4代王者)との試合では、ダウンした安保選手に向かって何かを叫んでいたようにも見えました。

「特に何かを言ったわけではないです。大会の前にはいろいろ言われたこともありましたが、彼はパフォーマンスを含めて"ビッグマウス"で、リスクを負いながら僕につっかかってきた。そこはリスペクトしているし、ムカついていたわけでもありません。

 ただ、試合の1ラウンドが終わった時の態度(コーナーに帰る際、安保は睨みつけながら野杁の胸をポンと叩いた)だったりとか、そういうのはあったので。『どうだ』という気持ちはあったし、レベルが違うことを示そうとして、突発的に叫んじゃいました(笑)」

――野杁選手は2017年6月にスーパー・ライト級(-65㎏)第2代王者になり、翌年8月にタイトルを返上してウェルター級(-67.5㎏)への転向を発表。トレーニングも変わりましたか?

「もともとウエイトやフィジカルトレーニングはあまりやっていなかったんですけど、自重トレーニングを始めるようになって体も大きくなりました。今は自宅にトレーニングルームがあって、ランニングマシーンや軽いダンベル、懸垂ができるマシーンなどの器具も使って体づくりをしています。

 あまり気にせずにいると体重は80kgくらいまで上がってしまいますし、骨格も頑丈なほうだと思うので、ウェルターがベストな階級かなと思っています」

――ふだん、体重が80kgあるというのは、ちょっと意外ですね。

「それでも体脂肪が10%あるかないかくらいなので、けっこう減量はキツいほうだと思います。自重トレーニングもしながら、走り込みをメインに絞っていく感じですね」


試合中は威圧感があるが、インタビューでは終始穏やか

 photo by Tatematsu Naozumi

――階級を上げるまで、フィジカルを鍛える意識はなかったんですか?

「選手によって合う・合わないがあると思いますけど、僕の考えは、練習での動きでつく筋肉で十分。サンドバッグの打ち込みと蹴り込み、必要最低限の走り込み、対人トレーニングを重視していたので、ずっとそのメニューをやっていました。

 ただ、ウェルター級に上げてから、外国人選手を相手になかなかKOできない試合が続いた頃に、記者の方などに『ウェルターでは通用しないんじゃない?』と言われ始めたんです。それが悔しくて。フィジカルを鍛えることが正解というわけではないんですけど、それで相手を倒せれば誰も文句を言わないだろうと思ったんです」

――試合では常に冷静ですね。

「試合以上に、ジム(K-1ジム相模大野KREST)での練習でのスパーがキツいからでしょうね(笑)。昔は緊張もしていたんですけど、プロデビューしてから、気づいたら緊張しなくなっていました。試合は"発表会"みたいな感じ。一生懸命に練習して、試合でお披露目するという感覚なので、試合当日の朝はワクワクしています」

【KREST名物"ガチスパー"で進化】

――KRESTでは、練習でも"ガチスパー"をしていることで有名です。ケガをしてしまうこともあると思うのですが、昨年のトーナメント前にも左ふくらはぎを筋断裂していたと聞きました。

「そうですね。でも、万全な状態で試合をできたことは今まで一回もないと思います。骨にヒビが入っていたこともありました。逆に100パーセントの状態でリングに上がると心配になっちゃうかもしれない。どこかしらをケガしているほうが、いつもどおりで安心できるんじゃないかとも思います」

――スパーは、階級差がある相手とも行なうんですか?

「昔はやっていましたが、ここ最近は体重を合わせています。佐々木大蔵選手(第3代スーパー・ライト級王座決定トーナメント準優勝)、山崎秀晃選手(第5代スーパー・ライト級王者)、藤村大輔選手(HEAT KICKミドル級タイトルマッチ経験者)が相手になることが多いです。下の階級だと、与座優貴選手(極真会館2017年第6回世界ウエイト制 軽量級で優勝)ともやりますね。彼も頑丈なので」

――野杁選手が、日本人で最後に負けた相手が山崎選手(K-1 WORLD GP 2016 -65kg日本代表決定トーナメントの決勝で判定負け)です。今では同門ですが、どんな存在ですか?

「"頼もしい兄貴"という感じですね。プライベートでもよく遊ぶし、ジムでの練習でも本当に頼れる存在です」

――野杁選手といえば、鉄壁のガードも大きな武器です。防御のスキルはいつ頃から身についていったんですか?

「僕は小学2年から空手を始めたんですが、何年かしてキックボクシングも練習するようになって。ふたつの大きな違いは、顔面への打撃があること。最初はすごく怖くて、ずっと亀になってブロックばかりして、たまに避けるといった感じだったんです。その延長というか、気づいたらうまくなっていました(笑)。

 あとは、視力がよくないので、避けるよりもあえてガードの上から攻撃をもらって"触角"にしているところもあります。ガードしているうちに相手のリーチがわかってきて、距離が掴めるんです」

【3階級制覇へのビジョンは?】

――ちなみに、視力はどのくらいなんですか?

「両目とも0.1以下ですね。0.07くらいかな? 試合の時もコンタクトはしているんですけど、すぐに取れちゃうんですよ。試合が終わる頃には両目ともコンタクトが外れていて、花道を通って帰る時も苦労します。

 花道は、トーナメントの決勝などであれば周りも明るいんですけど、1、2回戦とかだと真っ暗で階段が見えないことがあるので、たまに踏み外すこともあるんですよ(笑)。花道を歩いている時に、応援してくれた友人や知人を確認しようと思っても、全然どこにいるのかわからないんです」

――そんな状態で、あれだけ見事に打撃をさばいているとは......相手によって身長やリーチも違いますが、それもガードすることでわかるんですか?

「試合前に、相手の映像をさんざん見て下調べしますからね。たとえばアッパーひとつでも、距離を取って打つ選手、距離を取らない選手がいる。そういう癖を常に研究して、試合でその確認をしながら戦います。研究することが好きなので、後輩の選手から『次の相手と、どう戦ったらいいですか?』と聞かれることも多いです」

――KOできっちり勝つスタイルは、ふだんの練習から意識していますか?

「練習でミットを打つ時に心がけています。いろんな選手を見ていると、点と点で終わっている選手が多いように感じますね。練習、スパー、試合がつながっていないというか。僕はそれらを線でつなげられるように、試合で相手を倒すことを意識しながら練習やスパーなどをやっています」

――2階級を制覇して、さらに階級に上げるビジョンもあるんですか?

「今のスーパー・ウェルター級(-70kg)は日本人選手が少ないですし、すぐに上がるかと言われたら、そうはならないと思います。コロナ禍で外国人選手を呼べない状態ですから、国内の選手が少ないと少し厳しい。

 昔みたいに、マラット・グレゴリアン(初代スーパー・ウェルター級王者)だったり、チンギス・アラゾフ(第2代の同階級王者)などがチャンピオンになった時は夢がありましたね。あと、僕はK-1MAXで魔裟斗さんを見て育ってきた世代なので、魔裟斗さんが現役の時代であれば挑戦したいなっていう気持ちも出てきたでしょうけど(当時のミドル級は、現在のスーパー・ウェルター級と同階級にあたる)。

 とにかく今はウェルター級で、強い選手を相手に防衛を重ねていくことに集中したいです」

(後編:武尊vs那須川天心が予定の大会には「同じ舞台で試合を」>>)

@noirimasaaki_k1 公式Instagram>> nm_k1