北京五輪SPで『No More Fight Left In Me』を演じる坂本花織【泣きそうになるくらいの緊張】 2月15日、北京五輪のフィギュアスケート女子シングル・ショートプログラム(SP)。「団体戦の銅メダルに恥じないような演技をした…



北京五輪SPで『No More Fight Left In Me』を演じる坂本花織

【泣きそうになるくらいの緊張】

 2月15日、北京五輪のフィギュアスケート女子シングル・ショートプログラム(SP)。「団体戦の銅メダルに恥じないような演技をしたい」と話していた坂本花織の滑りは、その思いのとおりに堂々としたものだった。

 演技順は、強力なロシア勢のあとの最終組、最終滑走。

「正直、最終滑走という事実より、ロシア(ROC=ロシア・オリンピック委員会)の3人と一緒の場所で滑ることのほうが怖くて、本当に、本番前もひざの震えが止まらなかったんです。自分の心拍数が上がっているのもわかってすごく緊張していると感じたし、リンクに入ってからも泣きそうになるくらいの緊張でした」

 ROCのアレクサンドラ・トゥルソワとは昨年10月のGPシリーズのスケートアメリカでともに出場し、トゥルソワが優勝し、坂本は4位。坂本が優勝したGPシリーズのNHK杯は、トゥルソワはケガで欠場するなどロシア勢は不在だった。アンナ・シェルバコワとは昨年3月の世界選手権以来の対戦で、シニアに上がってきたばかりのカミラ・ワリエワは初めての同じ舞台。坂本は「その3強が目の前にいるとなると、もう空気感が全然違うし。それが一番の緊張のもとでした」と話す。

【イチかバチかの挑戦】

 それでも坂本が実際に演じたのは、重厚感さえ感じさせるノーミスの滑りだった。坂本はノーミスの演技ができた理由について、「何だろう。最終滑走者になれたおかげかな」と言って記者たちを笑わせた。

 最終組2番滑走のワリエワが、最初のトリプルアクセルで軸が動いてしまう珍しいミスをしながらも、そのあとはしっかりまとめて82.16点。4番滑走のトゥルソワは、トリプルアクセルではアンダーローテーション(回転不足)で転倒し、次の3回転フリップはノット・クリア・エッジ(明確でない踏み切り)の判定はついたが、後半はまとめて74.60点とまずまずのスタート。続くシェルバコワは、大技がないながらも完璧な滑りをして80.20点だった。

 対する坂本は、これまでエッジエラー(踏み切り違反)をとられることが多かった3回転ルッツを成功。しっかり跳ぶことに集中していた。

「日本ではルッツをしっかり跳ぶことを練習してきたけど、いつも本番になると安定を求めるのでエッジのことは30%くらいしか考えていないんです。エッジエラーだったら100%完璧に跳べるけど......。意識し続けないと最後にエッジ(刃)がイン(内側)になってエラーになってしまう(※ルッツはエッジを外側に倒す)。でも、それを意識しすぎると失敗してしまうというのが、練習でもちょこちょこあって......。今回は、エッジの判定も厳しいと聞いてイチかバチかやるしかないと思い、最後の最後までエッジのことを意識して『アウトで止まれ!』と思ってやったんです」



SP演技後、涙を見せる坂本(左)と迎える中野園子コーチ

 最初のダブルアクセルは、ジャッジの全員がGOE(出来ばえ点)加点を4〜5点出す完璧なジャンプだった。そして、3回転ルッツも3〜4点が並び、2.02点の加点に。後半の3回転フリップ+3回転トーループも3〜4点を並べて2.04点の加点をとった。さらにスピンとステップもすべて最高評価のレベル4と、ノーミスの滑りをした。

 その得点は79.84点。トリプルアクセルがなくほぼ同じような構成だったシェルバコワと比較すると技術点は坂本が上回ったが、演技構成点ではトランジション(つなぎ)などで差をつけられて得点は0.36点差。非公認だった全日本選手権の79.23点も上回る自己最高得点を記録した。トゥルソワの得点を5.24点上回る、ロシア勢3強の一角を崩しての3位発進となった。

「3回転ルッツが結果として認められたのはうれしいし、得点も全日本で79点が出た時は、まぐれだと思っていましたが、五輪で79点が出たのですごくうれしい気持ちでいっぱいです。トリプルアクセルがなくてもここまで得点を出せたのは、すごく自信になりました」

 坂本はそう言って笑顔を弾けさせた。

 滑り始めの緊張感のなかでは、平昌五輪からの4年間の悔しさやつらかった時を思い出し、「思いをぶつけるのは五輪。ここに来るために頑張ってきた」という気持ちだったという。そして、得点源にするために、昨季中盤から演技後半に跳んでいる最後の3回転フリップ+3回転トーループをやりきった時には気持ちもラクになった。

「ジャンプをすべて終えてすごくすっきりしてからステップをして、最後のレイバックスピンまでやりきれた。戻ってきて中野園子先生の顔を見た時にはホッとして、今まで我慢していたものが涙になって出てきた感じです」

 演技後の涙の理由をこう説明した坂本は、平昌五輪は6位。だがその時は、団体戦終了後に少し体調を崩していた。

「4年前と全然違うのは、団体戦から個人戦まで1回も病気をしないで健康に過ごせているということです。それはデカいので、パワーは絶対に4年前より出ていると思います。まだフリーを終えるまで結果はわからないけど、フリーも最後まで集中して、この4年間頑張ってきた成果を出しきりたいと思います」

 4回転ジャンプを持つ強力なROC勢に対抗し、自分の戦いを世界に見せる準備はできた。