北京五輪団体戦SPのカミラ・ワリエワ。圧巻の演技を見せた カミラ・ワリエワ(15歳)はドーピング騒動の渦中の人となった。昨年12月のロシア選手権での検体で、禁止薬物トリメタジジンが検出。2月8日の段階で判明し、その影響で団体戦のメダル授与式…



北京五輪団体戦SPのカミラ・ワリエワ。圧巻の演技を見せた

 カミラ・ワリエワ(15歳)はドーピング騒動の渦中の人となった。昨年12月のロシア選手権での検体で、禁止薬物トリメタジジンが検出。2月8日の段階で判明し、その影響で団体戦のメダル授与式は延期されていた。

「なぜ団体戦のあとに?」「16歳未満の選手は保護対象で罪を問うべきか」「またもロシアで卑劣なドーピングが横行か!?」「そもそも不正をただせないロシアに五輪出場の権利はあるか?」

 報道は過熱していった。一時は選手側のRUSADA(ロシアアンチドーピング機関)への申し立てで資格停止が解除されたが、IOC(国際オリンピック委員会)などがCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴。しかし2月14日、あらためて申し出が公聴会で却下され、正式に出場が認められることになった。

 ワリエワ本人は粛々と練習に取り組んできた。はたして、2月15日からスタートする女子シングルで覇権を取れるのか。ドーピング疑惑の目に晒されながら......。

【周囲を「絶望」させる演技】

 少し時計を巻き戻そう。

 北京五輪、フィギュアスケート団体戦。ROC(ロシア・オリンピック委員会)のメンバーとして女子シングルのショートプログラム(SP)、フリーのどちらにも出場したワリエワは、怒涛の演技を見せている。

 SPでは『In Memoriam』をしめやかに滑りきった。「追悼して」という意味の曲で、亡き祖母に送ったプログラムだと言われる。ピアノの静かな音に、ゆっくりとたぎる情感を込めた。

 冒頭、トリプルアクセルは難なく決めたが、五輪女子史上4人目の成功者である。芸術性を表すプログラムコンポーネンツ(演技構成点)でも、パフォーマンスの項目は9人中4人のジャッジが10点満点を記録。周りを圧倒させるほどの強さから「絶望」と言われる少女だが、そのスケーティングは栄光に満ちていて、すべてが規格外だった。

 90.18点で首位に立ち、2位の樋口新葉に15点以上の差をつけている。そして、フリーでも再びリンクに立って、『ボレロ』で女王の進軍のような気高さと迫力を見せた。



団体戦フリーのワリエワ。4回転ジャンプを繰り出した

 冒頭の4回転サルコウは完璧で、GOE(出来ばえ点)が4.02点と比類がない。トリプルアクセル、4回転トーループ+3回転トーループと高難度のジャンプを次々に成功。4回転ジャンプの成功は五輪女子初だ。後半の4回転トーループは珍しく転倒したが、そのあとのジャンプに2つ目、3つ目のジャンプをつけ、見事にリカバリーした。失敗してもうろたえない精神的強さも際立った。

 技術点だけで2位の坂本花織に30点近く差をつけ、178.92点でまたも1位を手にした。スピン、ステップは当然のごとく、すべて最高のレベル4。別次元の演技だった。4回転を軽々と跳び、全身を躍動させる姿は、他の惑星からやって来たようにも見えたほどだ。

しかし演技後、応援席で待つロシアのチームメイトたちに囲まれ、得点発表を待つ間に見せる表情は15歳の少女だった。演技直後、4回転での転倒を悔しがっていた様子だったが、励ましに気を取り直したのだろう。両手を高く上げて、丸を作るようにして指を頭頂部に立て、ハートマークを一緒に作って、満面の笑みになった。

【五輪は「夢を見る舞台」】

 あどけない姿のどこに、女王の強さは潜んでいるのかーー。待ち望んでいた五輪で、ワリエワはまず団体で1つ目の金メダルを勝ち獲った。

「北京オリンピックは誰もが夢を見る舞台です。でも、私はその話をするのがちょっぴり怖いんです。だから極力、話さないようにしています」

 ワリエワはちょうど1年前に『オリンピック・チャンネル』のインタビューを受け、その心中を明かしていた。ロシア国内の競争は熾烈で、五輪は遥かな夢。乗り越えるべき困難を覚悟し、誠実にスケートに向き合ってきた今があるのだろう。

「初めて見たオリンピックは、2014年のソチ大会です。(ユリヤ・)リプニツカヤ選手の演技を見て、とても好きで。4歳くらいの頃の自分は、『オリンピックチャンピオンになるの! だって、なりたいんだもん』って言い続けていたらしいです」

 リプニツカヤもソチ五輪団体戦にSP、フリーともに出場し、どちらも1位となって、ロシアの金メダルに華々しく貢献している。

 すなわち、リプニツカヤに見せてもらった夢の風景を、ワリエワ自身も実現したことになる。ただ、そのせいで状況を危惧する声もロシア国内では出ている。団体戦のSP、フリーはシングルに向けた肉体的・精神的消耗を考慮し、他の選手で分担するのが通常と言える。リプニツカヤはシングルも金メダルが期待されたが(国内の五輪での活躍で英雄視され、報道が過熱したせいもあるが)、5位に低迷した。

 もっとも、ワリエワは完全無欠な気配を漂わせる。

 柔らかでしなやかな体躯に恵まれ、四肢は長く伸び、関節の可動域は人間離れ。練習のたまものか、フリーレッグは足先までピンッと伸び、レイバックスピンでは両足が一本につながったような錯覚さえ与える。ジャンプも独特で、長い腕で細い体に回転をかけるように跳ねる。両腕はそのまま高く上げ、空中で両脚をきつく締め、錐が鋭く回転させるようにして、抜群のバランス感覚と筋力で氷をつかむように降りる。

 まさに非の打ち所がない。フィギュアスケートというスポーツで高得点をたたき出すために必要なあらゆる技術を身につけている。「最高傑作」と言われる理由だ。

 2月15日、ワリエワは女子シングルの戦いに挑む。ドーピング騒動による動揺がないはずはないし、公平性の点で疑問は残る。世界歴代最高得点記録を持つ少女が対峙するのは自分自身だ。