サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、大住良之の「超マニアックコラム」。今回は、科…
サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。重箱の隅をつつくような、大住良之の「超マニアックコラム」。今回は、科学で解明することはできないが、それだけに魅力的でもある「ミステリー」の話。
■「常識」にあてはまらない旧国立
スタジアムは、西側にメインスタンドをつくるのが常識とされている。通常、競技が行われるのは午後か夜。日没後は問題がないが、太陽が低くなる午後の時間は西日となり、東側のスタンドからは逆光になる。西側にベンチやVIP席などを置き、同時にテレビのメインカメラも配置して「順光」にするというのが、スタジアムの常識なのだ。
だが国立競技場は、現在も、そして旧競技場も、ピッチの中央ライン、サッカーでいえば両ゴールを結んだ線が正確に南北にはなっておらず、時計回りに25度も傾いている。そしてトヨタカップが行われる12月の東京では、太陽はメインスタンドの背後ではなく、南側のゴール裏スタンドに向かって落ちていく。しかも旧国立競技場は、この部分が、屋根のない観客席では最も低かったから、その西日は大きな問題だった。
12月の午後の試合では、北側のエンドをとったチームは「完全逆光」となり、GKの守備が難しくなる。そしてもちろん、攻撃に移るにも、逆光で状況を見にくいこともあって不利なはずなのだ。逆に言えば、南側から北側に向かって攻めるチームが圧倒的に有利というスタジアムだった。トヨタカップのキックオフ時間は南米およびヨーロッパへの試合中継時間を考えて正午と決められていたので、北側のエンドは常に不利な状況に置かれていた。
その結果として、北側のゴールへの得点が多いのなら納得がいく。しかし初期のトヨタカップを見ながら、得点が次々と「不利」なはずの南側のゴールにはいるのが、私は不思議でならなかった。日本で行う大会、1980年代のトヨタカップでは出場クラブのサポーターの来日もそう多くはなかったので、「サポーター要素」はあまりない。この不思議は、ついに解明されることがなかった。
■サウジアラビアを飲み込んだ遠藤の「気合」
さて、2月1日のサウジアラビア戦、コイントスに勝つと、日本代表キャプテンの遠藤航は気合のこもった表情で即座に「ボール」を求めた。私は北側のエンドを選ぶに違いないと思っていたので、非常に興味深く思った。サウジアラビアのキャプテン、アルドサリは、遠藤の気合に吸い込まれるように、「このまま」と、南側のエンドを示した。
ここまで無敗、7戦して6勝1分けのサウジアラビアは、このグループ最大の強敵だった。サウジアラビアに4勝ち点もの大差をつけられ、ワールドカップ7大会連続出場に向けて勝つしかない立場の日本は、どんなものでも、たとえ何の根拠もない「埼スタ北側ゴール伝説」でも、頼りたくなるのが人情というものではないか。
■日本代表は自らの力を信じ尽くして戦った
しかし遠藤と日本代表チームには、そんな気持ちはかけらもなかったようだ。ともかく、1回でも多く攻撃し、得点を奪って勝つ、そのために最初からボールを自分たちのものにする―。そんな気持ちが、遠藤の決定からは伝わってきた。そして試合は、過去数年間の日本代表で最もすばらしいものとなった。相手のボールを奪おうとする努力、献身、連係、奪ったボールを得点に結びつけようとする果敢さ、連係、そして決断。それは遠藤の「ボール選択」の瞬間から試合終了のホイッスルが吹かれるまで、途切れることなく続いた。
ただサウジアラビアに勝ったのではない。この日、日本代表は流れるような速攻から前半32分に南野拓実が南側ゴールに先制点を決め、後半4分には、チャンスと思う間もなく伊東純也が追加点を北側ゴールに突き刺して、「完璧」に近い(後半37分に浅野拓磨が3点目を決めていれば本当に「完璧」だった)試合運びで2-0の勝利をつかんだのだ。
何かを頼りにする気持ちを吹っ切り、日本代表が自らの力を信じ尽くして戦ったサウジアラビア戦の90分間。もしかしたら、埼スタの北側ゴールにかけられた「呪術」を解き放つものになったのかもしれない。