「かつての日本人ボクサーは、運動量とコンディションのよさ、意志の強さが特徴だったが、近年は井上尚弥(大橋ジム)を筆頭に爆発力がある選手が多い。身体能力、スピード、パワーを備えた選手が続々と出てくるようになった」 米ボクシングメディア『Fig…

「かつての日本人ボクサーは、運動量とコンディションのよさ、意志の強さが特徴だったが、近年は井上尚弥(大橋ジム)を筆頭に爆発力がある選手が多い。身体能力、スピード、パワーを備えた選手が続々と出てくるようになった」

 米ボクシングメディア『FightHype.com』のレポーター、ショーン・ジッテルがそう述べたとおり、近年は米リングにおいてダイナミックな日本人ボクサーの活躍が目立つようになった。常にトップコンディションで素行がよく、計量失敗などの心配がないだけでなく、ハイレベルな実力も備えている。そんな日本人選手がアメリカでも高く評価され始めたのは当然の流れだろう。

 2021年は、WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者の井上、WBA世界ライトフライ級王者の京口紘人(ワタナベジム)、WBO世界フライ級王者の中谷潤人(M.Tジム)が米リングでKO防衛に成功。さらに昨年11月、尾川堅一(帝拳ジム)がニューヨークの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデン・シアター(現在の正式名称はHuluシアター)でIBF世界スーパーフェザー級王座を奪取し、本場で名を売ったのは記憶に新しい。



米トゥーソンでの初防衛戦を、TKO勝利で飾った中谷

 こうなってくると、今では米リングでも一定の存在感を醸し出すようになった井上に次ぐ「スター選手」が生まれてほしいもの。その座に一番近いところにいる日本人ボクサーは誰なのか。

 現地時間2月5日、ラスベガスで行なわれたウェルター級12回戦、キース・サーマン(アメリカ)対マリオ・バリオス(アメリカ)の前後に地元メディアを訪ねて回ると、真っ先に出てきたのは"Junto"という名前。前述したジッテル記者に加え、『リングマガジン』のライアン・オハラ、『ロサンゼルスタイムズ』のノーム・フラーエンハイム、『Boxingscene.com』のライアン・バートンといったベテラン記者たちも、揃って中谷潤人の名を挙げた。

 中谷は昨年9月、アリゾナのリングで実績のあるアンヘル・アコスタ(プエルトリコ)に4回TKO勝ちで鮮烈な米国デビュー。これまで22戦全勝(17KO)と立派な戦績を積み重ね、年齢的にも24歳と、まだ伸びしろをたっぷり残している。この通称"愛の拳士"への期待度はかなり高いようだ。

【1階級上げれば面白い】

「中谷も爆発力のある選手であり、アメリカでの初戦の内容は見事だった。今後、フライ級の統一路線をいけば面白くなるし、骨格的に上の階級でも戦えそうなのが魅力。3階級制覇を狙えるポテンシャルがあり、遠からずスーパーフライ級に上げれば戦うべき相手に恵まれるだろう」

 そうジッテル記者が指摘するように、本来、軽量級選手の知名度を上げるマッチメイクは難しいのだが、中谷の場合は周辺階級に名のある選手がいるのが大きい。

 特に現在のスーパーフライ級には、WBAスーパー王者ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)、IBF王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)、WBO王者・井岡一翔(志成ジム)、元WBC王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア/帝拳ジム)、元WBC王者シーサケット・ソーランビサイ(タイ)といった、名実を兼ね備えた選手たちが揃っている。

 一時はフライ級で中谷のライバルになると目された、WBC世界フライ級王者フリオ・セサール・マルチネス(メキシコ)もスーパーフライ級に上げ、3月5日にゴンサレスとの対戦が決まっている。2月5日には、素質を高く評価される帝拳ジム契約選手のジェシー・"バム"・ロドリゲス(アメリカ)が、元王者カルロス・クアドラス(メキシコ)に勝ってWBC王座を獲得した。ロドリゲスの実兄でもあるWBA王者ジョシュア・フランコ(アメリカ)も含め、軽量級のひとつの階級にこれほどのタレントが揃うことは極めて珍しい。

 中谷も近いうちに1階級上げ、スーパーフライ級戦線に参戦すれば面白くなる。そう見るジッテル記者の、次の言葉には説得力がある。

「アメリカで軽量級の選手が注目を集めるには、ライバルに恵まれなければいけない。軽量級史上最大のファイトは、1993年に行なわれたマイケル・カルバハル(アメリカ)対チキータ ・ゴンサレス(メキシコ)戦で、2人は100万ドルのファイトマネーを稼いだ。

 以降、そんなファイトは生まれていないが、中谷がゴンサレス、エストラーダ、マルチネス、ロドリゲスらと戦えれば知名度を上げることは可能だ。なかでも、とてつもない才能に恵まれたロドリゲスとの対決は最高級のファイトになるかもしれない」

【井岡、村田にもさらなる可能性】

 スーパーフライ級がハイレベルになったことの恩恵を受ける日本人選手は、中谷だけではない。『Fight Hub TV』のインタビュアーで、『FOX』のボクシング中継で非公式ジャッジを務めるマルコス・ビレガス記者は、井岡がビッグファイトに絡んでくる可能性も指摘していた。

「井岡は総合力が高く、エキサイティングな試合もできる選手だ。2018年に米リングでマクウィリアムズ ・アローヨ(プエルトリコ)を下し、アメリカでも力が出せることは証明されている。井岡はすでに『リングマガジン』のパウンド・フォー・パウンドトップ10に入っているが、スーパーフライ級の大物たちと絡んで勝ち抜けば、さらに評価を上げることもできる」 

 実際に井岡は他団体の王者との対戦を目指しており、昨年末に一度は中止になったアンカハスとの日本での統一戦は、依然として既定路線と目される。この試合に勝てば、エストラーダ、ゴンサレスといったビッグネームとのアメリカでの対戦が視界に入ってくるだろう。井岡はすでに32歳で「"ネクスト井上"は誰か」というテーマからは少々外れるかもしれないが、米リングで再び注目を集めるシナリオは十分に想像できる。

 そのほか、ある匿名のテレビ局の関係者は、米英で巨大な力を持つマッチルーム・スポーツ社と契約を結んだ京口、尾川が、2022年中にもアメリカかイギリスのリングで重要なファイトに臨む可能性も指摘していた。

 また、バートン記者は「年齢的に長期の活躍は難しいかもしれないが、WBA世界ミドル級スーパー王者・村田諒太(帝拳ジム)がゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン )に勝てば、一躍ビッグネームになる。そうなれば米リングにまた立つこともあり得る」とも述べていた。

 確かに36歳の村田が、4月に40歳になるゴロフキンを相手に番狂わせを起こせば、さらなるビッグファイトの扉が開く。アメリカ国内のビッグネームから対戦相手として声がかかっても不思議はない。

 このように"ネクスト井上"の候補から、即戦力、ベテランにまで話を広げたが、世界的な活躍が期待できるボクサーがこれほど日本から出てきたことは喜ばしいことだ。今年、さらに評価を高めるのはどの選手か。2022年、23年にかけて、井上、井岡に続き、パウンド・フォー・パウンドでトップ10入りに迫るような日本人選手が現れても、もう驚くべきではないのだろう。