普通の球場ならホームランだな──。 昨年12月3日から5日まで、愛媛・松山坊っちゃんスタジアムで開かれた大学日本代表候補合宿。大学球界を代表する44選手が参加した合宿で、もっとも度肝を抜かれた打球を放ったのは中京大3年の澤井廉(さわい・れ…

 普通の球場ならホームランだな──。

 昨年12月3日から5日まで、愛媛・松山坊っちゃんスタジアムで開かれた大学日本代表候補合宿。大学球界を代表する44選手が参加した合宿で、もっとも度肝を抜かれた打球を放ったのは中京大3年の澤井廉(さわい・れん)だった。




プロ注目のスラッガー、中京大の澤井廉

 

【大学入学後にスラッガーへと変貌】

 広い松山坊っちゃんスタジアムの左中間最深部、フェンス最上部まで届く大飛球だった。左打者がここまで飛ばすのは並大抵ではない。そして、打球以上に興味深かったのは、練習後のリモート取材で澤井が語った言葉だった。

「ホームランを打ちたかったので、まだまだ力も技術も足りないと感じました。あそこが入るか入らないかで結果は全然違うので。これから、最後のもうひと押しを求めていきたいです」

 スラッガーはどこから現れるかわからない──。アマチュア野球を取材していて、つくづくそう感じる。

 柳田悠岐(ソフトバンク)は広島経済大、山川穂高(西武)は富士大。昨季センセーショナルな猛打を見せた佐藤輝明(阪神)は近畿大。そして「ゴジラ」の異名を持ち、楽天からドラフト2位指名を受けた安田悠馬は愛知大学2部リーグの愛知大である。彼らの共通点は、高校時代は全国的に知名度の低い存在だったこと。

 そして2022年のドラフト戦線を騒がせそうなスラッガーが、中京大の澤井だ。身長180センチ、体重100キロの左投げ左打ち。中京大中京高では高校通算31本塁打を放ったものの、圧倒的な実績があったわけではない。1学年上の鵜飼航丞(駒澤大→中日2位)と比べると、パワーより確実性が際立つ打者だった。

 だが、中京大に進学してから、澤井の長打力は格段に進化している。

「高校時代はスラッガーという意識は全然なかったんです。ホームランにこだわり出したのは最近になってからですね」

 松山の代表合宿から戻ったあと、澤井に取材を申し込んだ。打球が飛ぶようになった理由を聞くと、「肩甲骨が一番大事だと思っています」という答えが返ってきた。だが、こちらが身を乗り出して深く掘り下げようと尋ねると、みるみると澤井の顔が引きつっていった。

「感覚的な部分なので説明が難しいんですけど......」と前置きした上で、澤井はあれやこれやと語ってくれた。だが、聞き手の理解力の乏しさも手伝って、なかなか要領を得ない。理解できた内容を要約すると、今まで力任せに振っていたのが、力の伝え方を覚えてから飛距離が格段に伸びたということのようだ。

【ライバルから授かった金言】

「口下手ですけど、自分の考えを持っている、芯のある男です」

 そう語るのは、中京大の半田卓也監督だ。澤井が中京大に進学したのも、半田監督からの熱心な誘いがあったからだ。高校3年の夏まではプロ志望だったが、思うような結果が出なかったため進路を大学進学に切り替えた。そして、澤井は「1年生から試合で経験を積めるから」と中京大に進んでいる。

 1970年に大学選手権で優勝するなど、歴史と実力を兼ね備えた中京大だが、澤井には「全国大会に行かなければスタートラインに立てない」という危機感がある。目標は全国大会出場ではなく、全国大会優勝。澤井だけでなく、三浦大輝(3年)、漢人友也(3年)、磯貝和賢(2年)ら好投手も成長し、戦力は充実しつつある。

 ここまでの大学3年間はコロナ禍もあり、全国大会には進出できていない。そんな澤井にとって、松山での代表合宿は全国レベルを体感できる貴重な機会になった。

 2泊3日の合宿中は、さまざまな選手と交流できた。なかでも刺激を受けたのは、同じ左投げ左打ちの外野手である蛭間拓哉(早稲田大3年)だった。

 練習中、澤井は蛭間から「夜に話そう」と声をかけられた。練習後、ホテルで蛭間のもとへ行くと、そこには山田健太(立教大3年)、奈良間大己(立正大3年)、廣瀬隆太(慶應義塾大2年)と大学屈指の強打者が勢揃い。澤井は「すごい選手が集まる場所に入れてもらって......」とやや気後れしながらも、打撃について語り合った。

 そこで澤井は、蛭間の思考力や知識量に驚かされた。

「蛭間には打席での呼吸の使い方について教えてもらいました。ピッチャーが投げる時にフーッと息を吐いて腹圧を高めて、打つ瞬間に息を止める。そうすると、力が入りやすくなるんです。合宿から帰ってきてからは、ずっと意識して練習しています」

 大学日本代表候補という立場で見れば、澤井と蛭間は代表入りをかけたライバルになる。だが、澤井のなかでそんなギスギスした感情はない。

「自分は自分の持ち味を出せればいいかなという考えなので。実力で選んでもらえたら、それでいいです」

 合宿中の紅白戦で、蛭間は7打数5安打、澤井も冒頭のフェンス直撃打を含む5打数3安打1四球とアピールに成功した。代表監督の大久保哲也監督(九州産業大)は合宿終了時、印象に残った打者として蛭間と澤井のふたりの名前を挙げている。バックネット裏に陣取ったスカウト陣にも、澤井廉の名前は強烈な印象とともに刻まれたはずだ。

 だが、いくらアピールに成功したように見えても、澤井のなかに満足感はない。

「どんなに打っていても、満足しないので。練習でも試合でも、全打席ホームランを打ちたいと思ってやっています。全打席ホームランを打つまでは、常に課題が見つかりますから」

 あまりに非現実的な言葉に、思わず「欲張りですね」と漏らすと、澤井は深くうなずいてこう答えた。

「本当に欲の塊(かたまり)ですね。野球だけは自分でこれだと決めたことに対して、グーッと深く入っていっちゃうんです。筋トレも栄養学も大好きで勉強しているんですけど、今はとくに体の使い方が大切だと思って、とことん熱中しています」

 全打席ホームランを打つまでは──。脇目も振らずに突き進む澤井廉の道では、大学日本代表もドラフトも通過点にすぎないのだろう。2022年に注目すべき大学生スラッガーは、愛知県豊田市の中京大グラウンドでひっそりと腕を磨いている。