単独インタビュー後編、五輪連覇を達成した今大切にしている言葉 柔道の大野将平(旭化成)がTHE ANSWERの単独インタビューに応じ、独自の言葉学について考えを明かした。東京五輪73キロ級で連覇を達成した柔道界の絶対王者。金メダル直後のイン…

単独インタビュー後編、五輪連覇を達成した今大切にしている言葉

 柔道の大野将平(旭化成)がTHE ANSWERの単独インタビューに応じ、独自の言葉学について考えを明かした。東京五輪73キロ級で連覇を達成した柔道界の絶対王者。金メダル直後のインタビューで「自分が何者であるかを証明する戦いができた」とコメントし、その言葉がファンのみならず、他競技のアスリートに感銘を与えた。なぜ、大野は柔道だけでなく言葉も強いのか。後編では五輪連覇を達成した今、大切にしているという言葉を明かし、頂点を極めた柔道家としての哲学を語った。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 五輪連覇を達成した大野将平が今、大切にしている言葉がある。

「粗野(そや)なれど、卑(ひ)にあらず」

 地元・山口から中学入学と同時に上京し、血の滲むような稽古を積んだ柔道界の虎の穴、講道学舎の恩師に授けられたものだ。

「荒削りの人間だけれども、卑しくない、卑怯ではないという意味。柔道家として尖っている部分もありますが、そうであっても悪者ではない。人間として完璧な人間はいないけれども、別に未完成なことを恥じることはないと思って受け止めています」

 なぜ、柔道界の究極の高みに上り詰め、この言葉に重きを置くのか。

「今も心のどこかでどうしても完璧であろうとしてしまう。周りは『五輪を2連覇した人』という見方になり、そこで背伸びをしてしまいそうになる。等身大で生きていれば、イライラする時もある。余裕がない時は忙しくて人に優しくできないこともある。

 あるいは取材を受けた時は失礼がなかったかなとか、自問自答する。時間が経って落ち着いたら後悔することは多々あるもの。もっと丁寧に受け答えすれば良かったとか。そういう時にやっぱり、その言葉を思い出して謙虚にやっていかなければいけない」

 到底、五輪連覇を達成した男には思えないほど、この男は常に謙虚さをまとい続けている。

「私自身、良い人間ではないし、粗削りな大野将平だと思います」と言う。「でも、自分自身は欠落している部分がある方が、人間くささがあって好きです。“いいひと”であることもない。完璧な人間はいないですし」というのが、偽らざる本音だ。

大学院時代までしていた読書を敢えて今しない理由とは

 大野は決して性善説に立った美談のようなストーリーを求めない。

「我々の競技もスポーツではあるけど、格闘技でもあるわけです。言い方は悪いですが、相手を蹴落としていく競技。人として“悪”の部分は必ず誰しも持っていて、それをどの方向に使うか。私自身、自分の弱さを知っているからこそ、強くあろうとするんじゃないかと思います」

 思考の深いアスリートは読書を好む者が少なくない。過去の成功者の言葉に触れ、競技に生かす。実際、大野も大学院時代は武道にまつわる本から、宮本武蔵が著した兵法書「五輪書」まで読んだ。しかし、今は敢えて本を読まないようにしている。

「本を読んでいると、その方向に引っ張られる感じがある。内容が面白ければ面白いほど、そこに書かれているパワーワードに引かれて、自分がそっちに行ってしまう。自然と、それが自分自身のテーマになってしまう。

 でも、本ごとに書かれてある大切なことは違ってくるもの。だから、自分の言葉を大切にしたいと思って、この4年くらいは本はやめました。もちろん、本を読むことは素晴らしいですが、あくまで自分は自分なので」

 だから、五輪連覇への挑戦も自分だけのストーリーを大切にした。

「五輪連覇も自分にしかない道。天理大の先輩である野村忠宏さんが3連覇をされていますが、その真似をして自分も連覇できるかというと、そうではない。本を読んで影響を受けたり、誰かの真似をしたり、それは違うと私は思いました」

 これまでも聞き手が感銘を覚える言葉を残してきた大野。今後はどんな言葉を紡ぎ、どんな人生を歩んでいくのか。本人は「そんな、たいそうなことは思ってない」とやはり謙虚に振る舞いながらも言った。

「人にどう見られたいとかはない。自分自身がどうあるべきか。私自身は一生修行だと思っているので。完璧な人間を目指しているわけでもない。どういう言い方していいか分かりませんが、ミステリアスだけど、何か興味をそそるような人でありたいと思っています」

「正しく組んで正しく投げる」を標榜する大野はリオ五輪以降、実力ある選手にすら距離を取られ、組み合わない戦いに「つまらなさ」を感じた。美しい柔道との決別を余儀なくされ、練習では「どうすれば自分は負けるのか」を徹底して考え、自らを追い込み続けた。

 凡人に想像のつかない孤独な世界。つらさはないのか。そう聞くと「大野将平がイコール、そうなってしまった」と言う。

大野将平が語る大野将平「安きに流れて勝っても大野将平ではない」

「稽古は本当につらく苦しいものと自分も認識しています。正直、試合に出ること自体は簡単なこと。その中で勝ったり負けたりが生まれますが、東京五輪までやってきたような稽古ではなくても試合で勝つこともあったと思うんです。でも、それをやっても自分じゃない。修行という苦しいこと、つらいことを乗り越えて、その結果、試合で戦う。それが大野将平という人間だと思います」

 まさに修行僧のような生き様である。

「そういう姿勢で稽古に取り組み、たまたま東京五輪まで勝ち続けてこられた。そこから安きに流れ、楽な方を選んでしまうと、それはもう大野将平ではない。楽な選択をして試合に出ることは私にとっては妥協でしかありません。今後、もし試合に出る時はそうやって自分に苦悩と苦労を課して、重荷を背負わせてやらなければ、気が済まない性格。そう自分自身が一番理解しています」

 誰よりも強い大野にとって、強さの定義は「弱さを知ることが強さだ」という。

「弱いことを知っているから、強くあろうとする。努力をする。俺は強いんだっていう傲慢な人間が努力しますか? 私はきっとしないと思う。もとから強い人間なんか絶対いない。弱さを経ての強さだと思うので、私はそれを凄く大事にしています」

 五輪を2連覇してなお、自分は弱いと思う。「それを補うために稽古をする。自分が負けることを想定し、負けたくないからやる」。追い求めるのは大野将平が大野将平であり続けること。30歳、生涯修行を貫く男にゴールはない。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)