単独インタビュー前編、東京五輪で残した“名言”の裏にある想い 柔道の大野将平(旭化成)がTHE ANSWERの単独インタビューに応じ、独自の言葉学について考えを明かした。東京五輪73キロ級で連覇を達成した柔道界の絶対王者。金メダル直後のイン…

単独インタビュー前編、東京五輪で残した“名言”の裏にある想い

 柔道の大野将平(旭化成)がTHE ANSWERの単独インタビューに応じ、独自の言葉学について考えを明かした。東京五輪73キロ級で連覇を達成した柔道界の絶対王者。金メダル直後のインタビューで「自分が何者であるかを証明する戦いができた」とコメントし、その言葉がファンのみならず、他競技のアスリートに感銘を与えた。なぜ、大野は柔道だけでなく言葉も強いのか。前編では東京五輪を振り返りながら、あのインタビューの裏側にあった想いを語った。(文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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「思い出すことはないです。遠い昔のように感じますね」

 あの東京五輪から4か月あまり。12月中旬に行ったインタビュー、大野将平は努めて淡々と言葉を並べた。「(仕事で)持ってきてほしいと言われるから」という理由で金メダルはバッグやスーツケースが所定の位置。「手に入らないから」という理由で試合の中継映像もまだ見ていない。

 しかし、4か月経ったタイミングだから聞きたいことがあった。その言葉についてである。

 金メダル直後、中継局のカメラの前に立った大野は「リオデジャネイロ五輪を終えて、苦しくて、つらい日々を凝縮したような一日でした」と戦いを振り返り、表彰式でメダルを胸に提げた後には「自分は何者であるかを確かめるために、証明するために戦うことができました」と言った。

 一人称に「私」を使う男性アスリートとして稀有な存在である大野は、柔道だけでなく、言葉も強い。

「周りにいじられ半分で『作家がついている』と言われましたが、五輪は結果がどうあれ、試合直後にミックスゾーンを通らなければいけない。畳を降りて1分後くらい、息が上がった状態で質問は想定できず、予め話す内容も決められない。素直な自分の心を、そのまま言葉に表現したと思います」

 当時をこう振り返った。強い印象を残した「自分は何者であるかを――」のコメントについて「それは、いわゆる周りの声なんです」と大野。東京五輪を前に「大野は2連覇するだろう」「勝って当たり前じゃないか」という声が、否が応でも聞こえてきた。

「この東京五輪で周りの期待に応えること、期待以上のものを表現すること。それをするからこそ、やはり『柔道家・大野将平』と思われ、『柔道家・大野将平』としての価値があると思っていた。だから、自分が自分であることを確かめるために、その2連覇での証明が必要だったのです」

 アスリートとしての深い心情が滲んだ言葉は、アスリートそのものに共鳴した。その一人が、スピードスケートの小平奈緒だ。

自ら思う、言葉が強い2つの理由「経験と、自分自身との対話」

 東京五輪の閉幕を迎えるタイミングで、小平は自身のツイッターに「自分は何者であるかを――」の発言を引用。「この大野将平選手の言葉が印象に残っています。様々な想いの中、試される舞台に立った選手たちの勇姿に心震えました」と発信した。

 また、大野と同じように五輪連覇を目指す今シーズンの開幕前の会見で「大野選手の言葉を聞いて、それを表現する舞台が4年に一度の五輪なんだと感じた。その舞台でしっかりと自分は何者なのかを証明し切った姿が輝いて見えた」というコメントを残している。

 直接の面識はないというが、大野も「小平さんのように金メダルを獲られて、トップ中のトップである方にシンクロしていただけるのは凄く光栄なことだし、驚きました。同じようなレベルで互いに刺激し合えることを非常に誇りに思います」と言う。

 他競技のトップアスリートが感銘を受けるほど、なぜ大野の言葉は強いのか。自ら思う理由は2つ。

「経験と、自分自身との対話ですよね」

 故郷・山口で7歳から始めた柔道。強かった兄と比べられ、負けて泣いてばかりだった幼少期。中学入学と同時に上京し、門を叩いた柔道界の虎の穴、講道学舎でしごかれて頭角を現し、世田谷学園高(東京)時代に全国クラスに。

 大外刈りと内股を武器に、天理大3、4年でグランドスラム大会、世界選手権初優勝を果たし、24歳で挑んだリオ五輪で金メダル獲得以降は連戦連勝。世界が大野崩しを狙う、孤高の王者の道を歩んだ「経験」は過去に語られてきた。

 興味深いのは「自分自身との対話」である。

「一瞬一瞬に自分自身に疑問を持つといいますか、日常的に自問自答するということを非常に大切にします。例えば、今日の稽古は妥協をしなかったか、もっとやれなかったのか。自分に問いを投げかけ、そういうことを当たり前にやってきました」

 敵は我にあり。大野は自分を誰よりも疑い、律し、思考を深めた。その深さが、言葉の重さに滲み出た。自らがインタビュイー(インタビューを受ける側)になる取材も、思考を整理するために欠かせない一つの作業という。

「人に伝えることで、その容量をきゅっと絞めて、またインプットし直せる。それで自分の中の引き出しにしまっておく。そんなイメージです。だから、取材は何かを喋るという感じではなく、自分自身で整理する機会にさせてもらっています」

 もともと、人前で喋ることを得意・不得意で考えたことはない。ただ一つ、意識しているのは「自然体でいること」だ。

アスリートとして発言に込めている想い「言葉は言霊である」

 アスリートの発言について「取り繕うことはできるんじゃないですか」とストレートに言う。

 東京五輪に向けてアスリートの発言が注目を浴びた。1年延期となり、未曾有の新型コロナウイルス感染拡大の渦中、中止の可能性も取り沙汰されながら開催にこぎ着けた大会。さまざまな選手が開催についてコメントを求められた。

「いわゆる“いいこと”を話さないといけない空気はありました。今回は特にコロナ禍だったので、本心かどうかよりいいことを話そうという選手もいたと思います。でも、いいことを話そうとしすぎて、言葉に力がなくなることもあるのではないかと自分自身は感じました」

 決して“取り繕う”スタンスを批判する意図はない。

「コロナ禍もあり、国民の皆さんに対してはもちろん、開催してくださったことへの感謝を言うべきという使命感もあったと思います。定型文のように堅くなり、本来の自分が出せていないようなアスリートもいると、インタビューを見ていて思ったこともありました。

 でも、言葉は言霊であると思う。その人が歩んできた道のりが人間性となり、言葉の力となり、説得力に繋がっていくと私は信じているので。いくら取り繕っても言葉に重みが出ないこともある。説得力を持つためには結果も必要ですし、常に自分自身が自然体であることも必要です」

 金メダル直後のインタビュー、大野は開催について「賛否両論があることは理解しています」と触れ、「ですが、我々アスリートの姿を見て、何か心が動く瞬間があれば本当に光栄に思います。また男女混合団体がありますので、気を引き締めて取り組みたい」と心からの言葉を残した。

 独自のアプローチで強い言葉を生み出してきた大野将平。五輪連覇という究極の高みに上り詰めた今、大切にしている言葉があった。

(3日掲載の後編へ続く)(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)