白鴎大学は2021年12月、第73回全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)で悲願の優勝、初の日本一に輝いた。その同大男子バスケ部を率いるのが網野友雄監督だ。網野監督は高校からバスケを始め、プ…

白鴎大学は2021年12月、第73回全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)で悲願の優勝、初の日本一に輝いた。その同大男子バスケ部を率いるのが網野友雄監督だ。

網野監督は高校からバスケを始め、プレーヤーとしてトヨタ自動車アルバルク、アイシンシーホース、リンク栃木ブレックスで活躍、15年5月に現役を引退し、17年より現職を務める。今回、指導者として初優勝を掴むまでの道のりと今後について聞くことができた。

◆【インタビュー/前編】アルバルク東京・伊藤大司AGM 「ゼネラルマネージャーになりたい」をいかに叶えるか

■網野監督「人生の最も輝ける瞬間が卒業後に訪れてほしい」

現役時代、毎年オフシーズンには母校東海大菅生高校や日本大学へと足を運び、後輩とバスケットボールをプレーしたり教えたりしていた。もともと「指導者になりたい」と考えていた。また、日大の恩師である故・川島淳一氏から「手伝ってくれないか」と声を掛けられ、常日頃「日本代表を強くしたい。そのためには大学から鍛えないといけない」と感じていた。

15年の現役引退後は一年半ほど日本大学でボランティアとしてバスケットボール指導に当たっていた。そんな時、白鴎大学の「バスケットボールを教えられる教員を探している」という公募が目に止まった。母校ではなかったものの「やりたいことを優先しよう」と応募。こうして17年に白鴎大学での挑戦が始まった。

大学監督として「高校大学時代をキャリアのピークにしない。バスケットボールでも仕事でも人生の最も輝ける瞬間が卒業後に訪れてほしい」ということを胸に日々学生たちと向き合っている。大学バスケの魅力は「ピュアさ」、学生ならではの「ひたむきさがすごく見える」点だ。高校時代に比べ「体も大きくなるし、戦術も面白くなる」だが、「子どもの心は残っている」。そんな選手たちの姿を見てもらいたいという思いが強い。

「(白鴎は)ディフェンスを大事にしているチーム。ルールや強度などを学生たちがやり続けてくれた。練習では難しいことはしていない。難しい戦術も一切使っていない中での結果が嬉しかった」と語る。「シンプルなことでも遂行し続ければ強い」と再確認できた。

チームの大黒柱・センター、ブラ・グロリダ選手(写真提供:白鴎大学)

そうして昨年末ついに達成したインカレ制覇。一段落した現在、メディアに取り上げられ「優勝の反響は大きい」とひしひしと感じている。もちろん「白鴎に来たいと思う高校生が増えればいいな」とも期待していると言う。

ただし、その道のりは、決して容易ではなかった。前任は、現在仙台89ERSでアシスタントコーチを務める落合嘉郎氏。落合氏は細かい戦術がとても多かった。高校ではそれほど戦術は用いられない。選手たちは「こんなに戦術を教えてもらえるのか」と感動、結果も出始めていた。白鴎大学はベスト8やベスト4へと顔を揃えるなど「強くなり始めていた」のだ。

しかしその後任となった網野監督は「これまでの形をぶっ壊して、必要最低限の戦術や大枠しか教えなかった。あとは自由にやりなさい」と180度転換する道を選んだ。当時の学生たちは戸惑っていたし「正直反発もあった」。それでも同監督が、落合氏が築いた土台の上で大きな挑戦をしたのには理由があった。「チームにはプロを目指している選手がいた。プロになると、ヘッドコーチは変わっていく。シーズン途中で変わることもある。だからこそプロでは自分の判断や選択が大事になる」と、選手たちの将来を考えてのチャレンジだ。

当時、反発した選手の一人が、現在信州ブレイブウォリアーズで活躍する前田怜緒だ。前田の3年次から網野監督が指揮を執った。それでも「大枠を説明し中身は選手たちに発想してもらう。型は破っていい。人が変わればバスケットボールは変わる」と説き続けた。個々の責任感は増し、自ずと選手たちはより深くバスケットボールについて考えるようになった。

それは監督就任一年後に、早くも形となる。翌年春の関東トーナメントで優勝を果たし、前田はMVPにも輝いた。さらにインカレでベスト4入り、前田は優秀選手賞(大会ベスト5)も受賞した。今シーズン、滋賀レイクスターズから信州ブレイブウォリアーズに移籍しチームを牽引している前田の活躍について「最近は安心して見られるようになった。信州への移籍が彼のターニングポイントになった」と嬉しそうに笑う。さらに「何かに特化した選手の方が監督としては使いやすいかもしれない。ただ前田は色々なことを高いレベルでできる選手。ぜひとも代表に絡んで欲しい」とエールを送る。

また日本大学でボランティアとして関わっていた頃に1年半ほど指導していた、「サンロッカーズ渋谷の高橋耕陽にも注目してほしい」と語る。「彼の持っているポテンシャルは高い。ドライブで割っていける」、高橋の一番の魅力だ。網野監督はプロに進んだ選手たちの活躍も静かに見守り続けている。

レバンガ北海道に特別指定選手として加入の決まった松下裕汰選手(写真提供:白鴎大学)

インカレ優勝後、松下裕汰(レバンガ北海道)小室昂大(京都ハンナリーズ)脇真大(茨城ロボッツ)角田太輝(佐賀バルーナーズ)とそれぞれが特別指定選手としてBリーグのクラブに加入している。

京都ハンナリーズに特別指定選手として加入の決まった小室昂大選手(写真提供:白鴎大学)

選手たちには「監督が誰になっても残したいと思われる選手や人間になることが大事だ」と伝えた。将来のBリーガーとして、彼らの挑戦も応援したい。

茨城ロボッツに特別指定選手として加入の決まった脇真大選手(写真提供:白鴎大学)

自身の現役アスリート時代を「当時が華だ。良くも悪くも注目を浴び、努力して結果を残せば対価として返ってくる。反応がわかりやすい世界で、かつエキサイティングだ」と振り返った。プロに進むのは「一番好きなことであり、夢を叶えて飛び込んだ世界なはず。現役アスリートと言う特殊な世界、その時間は誰もが経験できるものではないし、ずっと経験できるわけでもない。だからこそ少しでも長くその時期を過ごせるように」と学生たちに愛情を注ぐ。

佐賀バルーナーズに特別指定選手として加入の決まった角田太輝選手(写真提供:白鴎大学)

長く現役を続ける選手と言えば、宇都宮ブレックスの田臥勇太や群馬クレインサンダーズの五十嵐圭が思い浮かぶ。監督にとって彼らは同世代。田臥は「寝ても冷めてもバスケットボールのことばかり。まさにバスケ少年。移動中もNBAを見ているほど。ずっとバスケットボールをするだろう」と表現、また五十嵐については「同期の中で一番早く引退すると思っていた。結婚してとても変わった」と小さく笑った。「(彼らが)生き残っているのは技量だけでなく努力があるから」と明言、教え子たちにとっては最高の見本だろう。監督の指導により、第2、第3のレジェンドたちが生まれるのを期待したい。

■「メンタル的に絶対に引かない」世界で活躍する選手の育成目指す

現在、NBAでは八村塁と渡邊雄太が活躍している。「先日も直接対決が話題になったが、日本人2人同時に交代していきなりマッチアップするのか」と驚いた。「自分が現役の頃には信じられなかったこと。『スラムダンク』の世界」だ。バスケ漫画の名作『スラムダンク』には、主人公桜木花道の恩師・安西監督が、亡くなったかつての教え子・谷沢に語りかける、オールド・ファンにとっては印象に残っているだろう名シーンがある。「お前を超える逸材がここにいるのだ……!! それも……2人も同時にだ……谷沢……」。この安西監督の言葉に、現在NBAで戦う八村と渡邊の姿を重ね合わせるファンは多い。

世界で戦う選手を育てることは、U-22のヘッドコーチも務める網野監督の現在の挑戦にも繋がる。最終的には「日本代表に関わりたい」と考えている。U-22での挑戦は自ずとその夢に繋がるステップになるはずだ。今後については「やはり日本代表になる選手を育てられたら嬉しい。さらには長く現役を続けられる選手になって欲しい」と語る。残念ながら就任後、コロナ禍の影響もありなかなか国際試合はできていない。2022年6月に延期になっているユニバーシアードは「世界と戦うチャンス」と期待を込める。

2021年12月にインカレ初優勝を成し遂げた白鴎大学バスケットボール部(写真提供:白鴎大学)

「メンタル的に絶対に引かない」代表選手育成を目指す。東京オリンピックで銀メダルを獲得した女子バスケの活躍を見て「大事な要素だ」と感じた。「メンタルタフネスな選手を上のカテゴリーへ」と将来の日本代表にとってもプラスになる。「絶対どんな相手でも屈しない、破られてもファウルしてでも……というようなメンタルの大きな選手」と例に挙げたのは今シーズンから川崎ブレイブサンダースでキャプテンも務める藤井祐眞だった。この先。世界に通用するメンタルをどう育んでいくのか注目したい。   「世界から日本のバスケットボールを認知されること。今の日本サッカーのようにW杯が当たり前、出場ではなく結果やメダルを目指すようにしたい」と夢を語り、そんな期待を抱けるチームや選手を育てたいと目を輝かせた。

将来、網野監督が日本代表を率いながらメダル争いをする日が来るのではないか。その時、白鴎大学出身の教え子が日本代表としてプレーをしていて欲しいとも思う。

◆【インタビュー】五十嵐圭、群馬クレインサンダーズ電撃移籍の真相を語る Bリーグ優勝の夢を叶えるため

◆八村塁 vs 渡邊雄太 2シーズンぶり日本人対決の軍配は…… 混沌とする両チームのプレーオフ争い

◆【著者プロフィール】木村英里 記事一覧

■著者プロフィール

木村英里(きむら・えり) ●フリーアナウンサー、バスケットボール専門のWEBマガジン『balltrip MAGAZINE』副編集長

テレビ静岡・WOWOWを経てフリーアナウンサーに。現在は、ラジオDJ、司会、ナレーション、ライターとしても活動中。WOWOWアナウンサー時代、2014年には錦織圭選手全米オープン準優勝を現地から生中継。他NBA、リーガエスパニョーラ、EURO2012、全英オープンテニス、全米オープンテニスなどを担当。