東京2020パラリンピック カヌースプリント男子VL3日本代表の今井航一選手をカヌーに導いた今井礼子さん。彼女は長年「ス…
東京2020パラリンピック カヌースプリント男子VL3日本代表の今井航一選手をカヌーに導いた今井礼子さん。彼女は長年「スポーツとメンタルのコーチ」として子どもを始め、保育士、保護者、そして日本代表選手まで幅広い人に寄り添う。第2回は著者が今回取材を申し込むキッカケともなった「子どもの身体の発達」について。

――長いですね!ところで以前SNSに「職業コーチ(水泳・パラカヌー・メンタル・子どもの身体の発達)」と記載されていました。この中にある「子どもの身体の発達」はどのように始まったのでしょうか?
今井:夫がパラカヌーで東京2020を目指す前までは子どもをメインに指導していました。以前から公立保育所にプールレッスンで行くことが多かったのですが、先生から色々なお話を伺っている中でもっと大切なものがあると気づきました。そしてたどり着いたのが「子どもの身体の発達」です。
これはトップアスリートになるためにも大切なことで、以前ハンマー投げのオリンピック金メダリスト・室伏広治さんが著書の中で「赤ちゃん時の動きが大切」と書かれていました。生まれてから1年間で赤ちゃんがする発育・発達の動きは、その子の将来の体の動かし方に影響を与えると言っても過言ではないそうです。
最近生後7〜9ヶ月頃にお尻を高く上げてヒジとヒザが伸びた状態でのハイハイである「高這い」をあまりしなくなっています。実はこの動作、将来の体の動きにとても重要なんです。「高這い」は、つま先で床を蹴る動作につながる動きです。
他にも今の子どもに見られる傾向として肩甲帯も未成熟で、鉄棒で逆上がりをする時に床を蹴り上げられなく、上がったとしても上がった姿勢を維持できなくなっています。
水泳教室ではプールサイドに手をついて自分で身体を引き上げてプールから上がれない小学4年生や5年生が多くなっています。つま先の動きが弱いので水泳だと壁を蹴ってスタートができない。昔だと学校で掃除の時間、高這いと同じ格好の「雑巾掛け」をすることで再学習できていましたが、その機会も今は減っています。
水中で「自分の身体だけを頼って動いていきましょう」というのは、はじめは難しいですが、水泳は自分の身体を自分で操らなくてはならないスポーツです。そのため自分の軸をしっかり作る必要があり、重力のある陸上で発達発育の動きを再学習していく必要があります。そこに周囲が気づいて機会を提供することが大切です。実は、自然と成長段階でそれが出来ている子が、運動神経の良い子なんですよ。
――要は「上手に泳ぐためには、赤ちゃんの時の発達発育の運動が必要」だと言うことですね。ちなみにその運動は何歳くらいまで経験すれば良いのでしょうか?
今井:環境が整って1歳から1歳半くらいまで歩けるのが一般的ですが、その間にしっかり寝返りをしたり泣くことも大事です。またよく泣くことで、胸板が厚くなるんですよ。
体幹を支える胸郭が成長していると、体幹がしっかりします。子供の成長期に合わせて中学生あたりまでは再学習すると効果が見えやすいです。

――アスリートとしてプロで活躍する選手は赤ちゃんの頃に決まるんですね。
今井:いいえ、そうとも限りません。ただ高校生から自分の筋肉を強化することで記録を伸ばした選手は、細かい動きの微調整が難しそうでした。例をあげると「バタ足を3センチくらい大きくしましょう」と言っても、その動きができないんです。ここに発育発達の影響が表れてきます。発育発達の機会を十分に得て成長すると、動きの微調整ができます。つまり「バタ足を3センチくらい大きくしましょう」に順応できる感覚を持っている。
運動能力の基本は「自分の腕の長さや足の長さを理解すること」や「自分の空間認知を把握する」ことが大切です。そのためには子どもの頃、いろいろな経験を積ませるために沢山遊ばせたほうが良いのです。その遊びの一つにジャングルジムがあげられます。決められた空間を潜ったりバーに頭をぶつけるという経験が「ボディ・マップ」を作っていくんです。
――最近はジャングルジム自体が公園から撤去されていますよね。
今井:そういう遊具も少なくなっていますね。子どもたちの成長は遊びの中からです。身体もですが心もです。「この子は、ここまでしたら怒るな」とか「この子はここまで近づいても大丈夫」という対人関係の距離感を学んでいく。ですから「いっぱい遊んだ方がいいですよ」と(笑)。
――すごく良くわかりますね。今井さんが考える「子どもの運動」は1歳前後から始めたほうがいいということなんですね。
今井:大きくなっても再学習はできますが、身体を使って遊んだ経験の少ない子どもは身体を動かす引き出しが少ないから、ちょっとした動きに躊躇してしまいます。それが5歳くらいになると周りの声が気になりだす。大人の「この子は周りに比べると走るのが遅いな」という声とか。そうなると、ますます走るのが嫌になる。だったら「そんな声が気にならない5歳以前の頃に色々遊ばせてあげたい」と考えたら、対象年齢がどんどん遡っていってしまいました(笑)。
――なるほど、大人たちの声が届かない年代まで遡ったわけですね(笑)。
今井:この話は子を持つ親に理解してほしいことなんです。それによって子どもへの対応が変わってきます。

――今井さんが、いつくらいから今の教育スタイルを考えるようになりましたか?
今井:勉強し始めたのは7〜8年くらい前ですが、もっと前から考えていました。私の水泳教室では「選手コース」はありません。そこに特化してしまうと、子ども達の水泳以外の可能性を奪ってしまう事になる。週末スポーツ少年団で野球やサッカーなど他の運動をしている子どもたちが、平日に「水泳、楽しいな」と集まってきてくれる状態を作りたかったので、私の水泳教室は選手コースを作らなかったですね。
水泳は自分の体を水中で操るスポーツです。陸上と違って水の中には支えるものありません。支えるものがない水の中で泳ぐのが速い子は陸上の運動もしっかりできていることが多いんです。
ただ水中は「怖い」がネックになってきます。この「怖さ」さえなくなれば陸上の運動ができる人は泳ぐのが上手くなるはずです。
――今井さんはなぜ、子どものためにそこまで考えられるのですか?
今井:私は子どもが「将来、プロスポーツ選手を目指したい」と思った時、その思いを満たしてあげたい。出来る限り応援したいしサポートもしてあげたい。人間の可能性は無限ですから。
今井礼子/イマイ レイコ 香川県出身
『スポーツとメンタルのコーチ』
2006年に水泳教室「ひまわり運動ひろば」を設立。
定期的に出張水泳レッスンや保育士・スタッフ・保護者向けの講演会や勉強会を開催。またオンラインでメンタルコーチを行う。
日本障害者カヌー協会 2020年・2021年強化コーチ
日本障害者カヌー協会 国内クラス分け委員 テクニカル担当
香川県パラカヌー協会 理事長
香川県パラ水泳協会 理事
ひまわり運動ひろば 代表
ひまわり運動ひろば WEBサイト
今井礼子 Twitter
香川県パラカヌー協会 Twitter
一般社団法人 日本障害者カヌー協会Webサイト
一般社団法人 日本障害者カヌー協会 Twitter
取材・文/大楽 聡詞
写真提供/香川県パラカヌー協会 高橋由理・(一社)日本障害者カヌー協会
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