連載「元世界王者のボクシング解体新書」:物議を醸したバッティング騒動と再戦の難しさ ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回は…

連載「元世界王者のボクシング解体新書」:物議を醸したバッティング騒動と再戦の難しさ

 ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回は3月の再戦が決まったWBC世界ライトフライ級タイトルマッチについて、両者の視点から勝負を分けるポイントに注目している。

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 ボクシングWBC世界ライトフライ級タイトルマッチの開催発表会見が、24日に大阪市内で行われた。試合は3月19日に京都市体育館で、WBC世界ライトフライ級王者・矢吹正道(29歳/緑)と、前王者で同級1位・寺地拳四朗(30歳/BMB)が対戦。両者は昨年の9月22日に戦い、矢吹が前王者の拳四朗を10回TKOで下しベルトを奪取した。しかし、この試合について拳四朗陣営が「故意のバッティング」があったと訴えたことで、WBCから異例のダイレクトリマッチ指令が出され、今回の再戦が決定した。

 物議を醸したバッティング騒動は、なぜ起こったのか。

 それは両者の「距離」にある。普段は遠距離で戦っている拳四朗が近距離で戦っていた。そして、この距離こそが矢吹の戦術だった。

 試合の前半では、矢吹が拳四朗の打ち終わりにパンチを合わせてペースを握った。4ラウンド終了後に行われる公開採点では、2-0とリード。世界タイトルを8度防衛し、圧倒的な強さを誇っていた拳四朗には、知らない間に油断があったのかもしれない。

 互角の展開になると、王者側にポイントが入りやすい傾向もある。しかし、前回の試合では相手側にポイントが流れたのが誤算だっただろう。

 消極的な姿勢が評価されなかった拳四朗は、距離を詰めて前に出た。元々はヒット&アウェイで絶妙な距離を保ち戦うが、自分の不得意な距離に行かざるを得なかった。

 矢吹は試合後のインタビューでも「拳四朗の当てにこないジャブに惑わされない、反応しない。踏み込んできたパンチにだけ対応する」と話していた。拳四朗の動きを分析して入念に作戦を練っていたようだ。スパーリングパートナーも拳四朗と似ている選手を指名し、この試合に勝つために万全の対策で臨んだ。

 9ラウンドには、問題となったバッティングが起きたが、それまでペースを握っていたのは矢吹だった。そして10ラウンド、拳四朗が勝負を決めるような猛攻を見せたが、打ち合いに分がある矢吹にTKO負けを喫した。

お互いにとって「絶対に負けられない試合」

 拳四朗は今回の会見で、「負ける試合ではなかった。いつも通りの戦い方をしたら絶対に勝てる相手。しっかりと決着をつけたい」と話している。今回は絶対に落とせない試合になるため、気合いも十分だろう。

 一方、矢吹は「相手は自分より総合力が高い選手。前回同様、チャレンジャー精神で戦ってしっかり防衛する。1つ、2つ戦術を変えてくると思うので対応していく。後半勝負になるのでスタミナが鍵になる」と話している。

 ボクサーにとって再戦は特別だ。負けたほうは戦い方を変えて臨むが、勝ったほうはそのままの戦い方で臨むケースが多い。お互い手の内が分かっているため、拳四朗は大きくプランを変えてくるだろう。

 拳四朗は前回の試合を振り返り、「4ラウンドまでのポイントが(ジャッジに)取ってもらえていなかったので、手数を増やして、いつも通りの戦いをすれば絶対に勝てる」と話していた。

 私もダイレクトリマッチの経験はあるが、ボクサーとして同じ選手に再び負けることはプライドが許さない。負けた試合を振り返り、どう戦うか、何が敗戦に繋がったのかを分析し、万全な対策を講じる。

 拳四朗も前回の試合を反省し、前半からポイントを取りに行くだろう。積極的に前に出る拳四朗に対し、矢吹がどのように迎え撃つのかがポイントになる。

 拳四朗は世界王者に返り咲き、自らの力を証明しなければならない。矢吹はバッティング騒動で一部からバッシングを受け、プライドを大きく傷つけられた。お互いにとって絶対に負けられない試合となり、前回の試合とはまた違った激闘が予想される。

 この階級には日本人王者として、WBA世界ライトフライ級スーパー王者の京口紘人(28歳/ワタナベ)もいる。勝利した先には、京口との対戦も見据えることになるはずだ。日本人選手が多いこの階級の勝敗の行方に注目したい。(木村 悠 / Yu Kimura)