サッカーは残酷である。白黒がつくのはもちろんだが、資金力が大きな要因となって、勝者と敗者を分かつのだ。 ヨーロッパで…
サッカーは残酷である。白黒がつくのはもちろんだが、資金力が大きな要因となって、勝者と敗者を分かつのだ。
ヨーロッパではその差を埋める新たな案が浮上しているが、日本にとっても「対岸の火事」ではない。マネーによるパワーゲームで生き残りを懸ける小国の試みを、サッカージャーナリスト・大住良之が読み解く。
■危機感が呼び起こした変革への動き
2020年代は「クラブサッカー激変の時代」として記憶に残ることになるのだろうか―。
2021年4月に12クラブが集まって設立が発表された「欧州スーパーリーグ」構想は、ファンとメディアの総攻撃にあってわずか48時間で「沈没」した。しかし当事者たちはあきらめてなどいない。スペインのレアル・マドリードやバルセロナ、そしてイタリアのユベントスなどを中心に、「水面下」で活発な動きが続いている。「沈没船」と思っていたものがある日突然浮上し、世界を制圧するような偉容を現しても何も不思議はない。
そしてその動きを感じて、このままでは自分たちはますます先細りになるという危機感を抱き、「変革」を模索するリーグやクラブがすでに現れている。その最も活発な動きが、ベルギーとオランダで始まっている。両国を合わせたトップリーグ「BeNeLiga(ベネリーガ)」の創設である。
■四半世紀前には生まれていた構想
この名称は、もちろん、「Belgium(ベルギー)」と「Netherlands(オランダ)」という国名からきている。この2国にルクセンブルクを合わせた「ベネルクス」という言葉を聞いたことがある人は多いと思うが、それと同じである。
「ベネリーガ」構想は、別に新しいものではない。四半世紀以上前、1990年代の半ばには、オランダのPSVアイントホーフェンのファンラーイ会長から提案されている。
1970年代から1980年代にかけて、両国のクラブは欧州で猛威を振るった。現在のUEFAチャンピオンズリーグ(UCL)の前身である欧州チャンピオンズカップでは、1970年にフェイエノールトが優勝、翌年からはヨハン・クライフが牽引したアヤックスが3連覇を飾ってオランダ勢4連覇を成し遂げた。
さらに1988年にはPSVが優勝を飾っている。そしてベルギーのアンデルレヒトは1976年と1978年に欧州カップウィナーズカップで、1983年のUEFAカップで優勝を飾っている。だがその後は、イングランドやスペインのクラブに圧倒され、アヤックスが1995年のUEFAチャンピオンズリーグで優勝を飾ったのを最後に両国クラブが欧州の舞台で優勝することはなくなった。
■スーパーリーグができれば状況はさらに悪化する
原因はもちろん「資金力」の違いだ。イングランド、イタリア、スペイン、ドイツ、そしてここ10年間はフランスが加わり、現在では「ビッグ5」と呼ばれるリーグに巨額のテレビ放映権料が流れ込み、予算を膨張させたビッグクラブが世界のスターを買いあさって、たちまちのうちに「スター軍団」をつくり上げたのだ。予算規模の小さなベルギーやオランダのクラブでは、こうした「ビッグ5」と呼ばれるリーグのビッグクラブに太刀打ちするすべもなかった。
そうした状況に甘んじるだけでなく、「トップ中のトップ」が「ビッグ5」からも抜け出して「スーパーリーグ」をつくってしまえば、さらにベルギーとオランダ両国の国内リーグの地位は低下し、どんどん沈み込んでしまう…。そうした危機感が、何回も「ベネリーガ」に向けての動きをつくり出した。
両国とも、国内的には、ひとにぎりの「ビッグクラブ」が存在し、その他のスモールクラブとの「二層構造」がはっきりしている。たとえばオランダでは1956年に始まったプロリーグで優勝を飾っているのはわずか5クラブに過ぎず、そのうちアヤックスが27回、PSVが21回、フェイエノールトが10回と、「3強」だけで95%を占めてしまっている。欧州大陸では最も早く1895年に国内リーグが始まったベルギーでも、戦争による中断期を除いてすでに118回を数える全国トップリーグの歴史のなかで、アンデルレヒトが34回、クラブ・ブルージュが17回の優勝を飾って他を圧倒している。