埼玉医大G・柴田純一監督インタビュー第3回、入社前からセカンドキャリアに配慮 創部4年にして昨年元日の第65回全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)に初出場した埼玉医科大学グループ男子駅伝部は、36チーム中20位と大健闘した。2017年に…

埼玉医大G・柴田純一監督インタビュー第3回、入社前からセカンドキャリアに配慮

 創部4年にして昨年元日の第65回全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)に初出場した埼玉医科大学グループ男子駅伝部は、36チーム中20位と大健闘した。2017年に部員5人で立ち上がったチームは、いかにして短期間で急成長を果たし、実業団陸上界に新たな風を吹き込んだのか。今回は実業団チームとセカンドキャリアについて。異色のキャリアを歩んできた柴田純一監督は、自らが苦い経験を味わったからこそ、学生ランナーを勧誘する上で引退後の環境もしっかりと整えることが実業団チームにとって重要だと語っている。(取材・文=河野 正)

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 昨年の元日に初出場した第65回全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)で、36チーム中20位と大健闘した埼玉医科大学グループ男子駅伝部のメンバーは、埼玉医大病院と埼玉医大国際医療センターの医務課に配属され、受付や会計などの窓口業務を担当している。40歳の柴田純一監督は大学生を勧誘する際、必ず職場を見学してもらうそうだ。

「引退したら何十年と勤務するわけですからね。ここで働けますか、この職業でいいですか、うちはこうですよ、こんなこともありますよ、と説明して本人の意思を確認します。伸びてきたチームだからとか、楽しそうにやっているから、という理由だけで選んでもらっては困る。うちの仕事に乗り気でなかったら、ほかの実業団を探してもらいます」

 50代、60代になっても現役でいられる競技種目はいくつかあるが、大半のアスリートが20代か30代で引退する。ましてやスピードと持久力、体力が絶対条件となる陸上の長距離選手がベストの状態を堅持できる時間は、そう長くはない。柴田監督によると大卒選手は実業団入りから平均して5年、どんなに長くても8年くらいで引退に追い込まれるそうだ。故障が絶えない選手なら、競技を続ける期間はさらに短くなる。

 柴田監督は怪我を繰り返しながら現役でいることの辛さ、苦しさを痛いほど経験してきたうえ、社会人になってからは起伏に富んだ経歴を重ねてきただけに、まだ入社前の学生だというのに引退後のセカンドキャリアにまで配慮しているのだ。

柴田監督は学校側の考えに共感「職場に残って戦力になれる環境づくりを」

 名門の大東文化大学で箱根駅伝に3度出場したほか、全日本大学駅伝では区間賞に輝き、関東学生選手権2部ハーフマラソンで優勝するなど実績を残した。しかし故障が絶えず、3年生の時は足の手術で箱根駅伝を回避。卒業後は今年のニューイヤー駅伝で初優勝を遂げた強豪Honda陸上部に加入したが、経験したことのないレベルについていけず、3年で退部し会社も辞めた。

 陸上界から身を引くと自家焙煎コーヒー店のオーナーを経て、母校の大東大で教員免許を取得。その後、東京農大三高(埼玉)で保健体育科の非常勤講師となり、2017年春から現職という異色のキャリアを積んでいる。

 埼玉医大では、ニューイヤー駅伝などで活躍することを期待して採用するのではなく、プライオリティーはあくまで病院業務で戦力になることだ。

 その一方で強豪の実業団は、大会で功成り名遂げることを目的にするチームが多く、プロ契約を交わす指導者も増えてきた。そうなると自身が生き残るためにも目の前の結果に執着し、強引な移籍交渉や選手に過度の練習を課すなど、アスリートの将来より自分の利益を先行させる向きもあるようなのだ。

 こういった傾向とは対極で、学校サイドの考えに共感する柴田監督は、「男子長距離界は(企業の)受け皿が多いが、30歳を過ぎても第一線でやれる人がどれだけいるか。年齢とともにパフォーマンスが落ちていく競技ですからね」と警告。その上で「30歳で引退したら、人生の半分以上を働くことになります。セカンドキャリアを考えると競技に全力で取り組みながら、引退後も職場に残って戦力になれる環境づくりをしてあげたい。これは自分の経験から言えることなのです」と説明した。

 移籍の問題もある。従来は本人がいくら希望しても、所属チームの承諾がないと移籍できなかった。そのルールが変更され、今は選手に移籍する意思があれば許認可しないといけなくなったことで、実力のある選手なら複数のチームを渡り歩くことも可能。この間に稼ぎまくるという手段もあるが、現実的ではない。

“その後”について、選手はどんな設計図を描いているのか。

 2016年の第67回全国高校駅伝で初優勝した倉敷(岡山)の5区を担い、箱根駅伝も経験して昨春、中央学院大学から加入した畝歩夢は「実業団で陸上を続ける希望を叶えていただき、アスリートとして支えてもらっているので、ここで恩返ししていきたい」と話す。箱根をはじめ大学3大駅伝のすべてに出場した同じく新人の石綿宏人(中央学院大学)は、「アスリートとしてたくさんの会社の方々に支えてもらっています。これからも病院で働き続けて長く貢献したい」と引退後もここで従事する覚悟でいる。

プロ化の波に警鐘「ミスリードで休部や廃部に追い込んではいけない」

 男子長距離界は受け皿が多いとはいえ、今の不透明な社会情勢では何が起こるか分からない。実際、ニューイヤー駅伝に14度出場した八千代工業陸上部は、今年度末での活動休止を決定。ラフィネグループ陸上長距離部も、この1月末での活動休止を決めた。

 シューズの進化に伴いタイムが上がり、移籍もフリーになって指導者も選手もプロ化の流れにあるが、その波に乗り過ぎるとチームの寿命を縮めることになると柴田監督は警鐘を鳴らす。実業団はプロスポーツではないのだから、所属企業に寄り添って社業を習得すべきと訴える。

「うちの駅伝部もやっと職場に認知され、地域の人々から応援してもらえるようになったのだから、指導者のミスリードで休部や廃部に追い込んではいけない。学生の受け入れ先を減らすことになりますからね。陸上界に雇用を生み出し、活躍の場をなくさないためにも、企業にとっての利益と損失のバランスを考えられる指導者が必要なんです」

 様々な職歴を経験した末、陸上界への貢献に心血を注ぐ柴田監督ならではの金言と言える。(河野 正 / Tadashi Kawano)