国が異なれば、競技に対するプレーヤーの姿勢や環境、スタイルは大きく異なります。日本でテニスコーチとして働いていた小西真由美さんは、オランダへの遠征でその違いに大きな衝撃を受けて単身移住を決意しました。10年以上、オランダでテニスコーチとして…
国が異なれば、競技に対するプレーヤーの姿勢や環境、スタイルは大きく異なります。日本でテニスコーチとして働いていた小西真由美さんは、オランダへの遠征でその違いに大きな衝撃を受けて単身移住を決意しました。
10年以上、オランダでテニスコーチとして経験を積み、現在は首都アムステルダムで最大級のテニススクールを経営しています。オランダに移住を決めた理由、欧州と日本のテニス環境の違い、そして今後の展望について伺いました。
オランダの首都アムステルダムを中心にスポーツスクールを経営
ーー小西さんのオランダでの活動を教えてください。
オランダの首都アムステルダムや隣町のアムステルフェーンを中心にテニスレッスンを提供するコニシスポーツを運営しています。オランダに限らず、隣国のドイツやスペインに出張レッスンに行くこともありますよ。
生徒数は現在約150人で、これまでに延べ1,000人以上の方にスクールに通っていただきました。下は4歳から上は60代の方までさまざまですが、15歳以下のジュニアが8割ですね。
人種は日本人が6割で、オランダ人の他、スペイン・イギリスなどの西欧系、ハンガリーなどの東欧系、アメリカ人やアジア人も多く所属しています。
ーー練習はどれくらいの頻度で行っているのですか?
基本的には毎日やっています。私の他に2人コーチがいて、合宿などのイベントを行う際は、スクールの卒業生たちにも手伝ってもらっています。
オランダは、とにかくテニス環境が良いですね。⼈⼝の割に施設が多く、利⽤費用も年間で2万円ほどと格安です。⽇本だと1ヶ⽉でそれくらいかかってしまうので…。施設が空いていたらどんどん予約して使えますし、そこに夜間必要な照明料も含まれています。
これはオランダだけではなく、ヨーロッパ全般に言えることかもしれませんが、全体的にテニス⼈⼝が多いのです。一番人気はサッカーですが、その次にテニスが挙がる国は少なくありません。人口が多いため環境も整っているのでしょう。
陸続きのため他国に遠征も行きやすく、さまざまなスタイルの国の選手と交流することもできます。
こういった事情を背景に、ヨーロッパからは素晴らしいテニス選⼿が生まれやすいのかなと感じています。
ーー日本と比べると大きな環境の違いがあるのですね。指導面でも違いはありますか?
ありますね。日本は細かく基本を教える傾向がありますが、オランダはとにかく自由。これにはオランダ人の気質や教育制度も影響しているかもしれません。自分で考えることを大切にする人が多いように感じます。
当スクールでも、教えることよりも「自分で考えて技術を磨くこと」や「感覚を育てること」を大切にしています。基本のフォームは教えますが、極端な話、低年齢の子供たちにはそれすらも教えなくて良いと考えています。
オランダへのテニス遠征がきっかけで移住を決意
ーー現在の指導方針に至るまでの道のりについて伺ってもいいでしょうか?
オランダに来る前は、日本の大手スポーツクラブでテニスコーチとして働いていました。当時は錦織選手の活躍や漫画『テニスの王子様』の影響でテニスに興味を持つ方が増え、敷居を低くするためにテニスから離れたレッスンをすることが多くなっていたんです。例えば、体操やテニスをもっと簡単にした運動などですね。
多くの人にテニスを楽しんでもらい、人口を増やすという点は理解できるのですが、「このままでいいのだろうか」「これが本当に私のやりたいテニスなんだろうか」と、悩んでいたんです。
そんな折、知人が企画するジュニアの海外遠征に誘っていただきました。オランダでの試合とイギリスのウィンブルドンの観戦を目的に、3週間ヨーロッパに滞在するという企画です。
参加したのは、全国でもトップクラスの8歳から10歳の子供たち。選抜が行われ、上位に残った子達を中心に10名ほどが参加、のちにプロになった子もいました。
そこでのオランダナショナルのチームとの試合は、まさに眼から鱗。強烈なパンチを喰らったような衝撃を受けました。
ーーいったいどんな試合だったのですか?
練習⾵景を⾒ていたら「絶対に日本の子達が勝つだろうな」と思っていたんです。オランダの子供たちは、独特の打ち方をする子たちばかりで、正直「これで試合になるの?」と心配したほどでした。しかし、試合になると全然違ったのです。
オランダの子供たちのゲームの組み⽴て⽅やコートの使い⽅は見事でした。例えるなら、温室育ちの日本の子供たちが、いきなりストリートファイトに投げ込まれたような状態です。
日本の子供たちにとっては、異国の地で言葉も気候もコートのコンディションも日本とは全く異なるのでハンディはあったかもしれません。しかし、それを鑑みたとしても、完敗でした。
ーーなぜそんなにも大差がついてしまったのでしょう?
テニスに対する考え方が全然日本と違うんですよね。
日本では当時、子供は柔らかいスポンジのボールを使うのが普通でした。スポンジボールは大きいのでラケットに当たりやすく、当たっても痛くないなどのメリットがある反面、スピードが落ちてしまいます。さらに⼀⾯使っての3セットの試合は⾏っておらず、ミニコートで「何点マッチ」などでした。
しかし、当時のオランダ人は子供でも全員大人と同じボールを使っていて、さらに基本よりも実践を中心とした「自分で考える」指導を受けていたんです。毎日のようにテニス試合が行われるオランダでは、ゲームで数をこなしていくうちに自然と上手になっていくのです。
衝撃を受けた反面、オランダ人たちは「テニスをしている」と強く感じました。今まで、自分が日本で感じていたモヤモヤが吹き飛ばされたような気持ちになりました。
ーー遠征中からオランダへの移住を考えていたのですか?
いえ、遠征中から「絶対オランダに行くぞ」と思っていたわけではなく、「また行けたらいいな」くらいの気持ちでした。
けれど、日本に戻って以前と同じことを教えている自分と、自分が追いたい本当の理想のギャップに苦しさを感じるようになりました。当時住んでいた地域で、通りすがりの人に「チッ!」と舌打ちされるなど「日本はギスギスしているなぁ」と感じていたことも大きいかもしれません。
オランダでは、横断歩道を渡ろうとしたら親切なおじさんが「はーいどうぞ!お渡りください」とフレンドリーに助けてくれたんです。色々なことが重なって「自分の理想を追いたい」と、オランダ移住を決意しました。
イギリスでのホームステイを経て、オランダでスクールの立ち上げ
ーーちなみにオランダ語はどうされたんですか?
オランダは移民が多く、コミュニケーションの中心は英語です。オランダ人は小さい頃からテレビで英語に触れているらしく、英語が話せれば生活面で困ることはありません。
でも私は当時、ほとんど英語が話せなかったので、まずはイギリスで3ヶ月語学学校に通いました。当時は本当に英語ができなくて、「イエス」しか言えませんでした。
例えばホームステイ先で、もう1枚⾷べる?と聞かれては「イエス」、さらにもう1枚⾷べる?と聞かれても「イエス」と答え、もうずっと⾷べていました(笑)
ーーそれはNoという単語がとっさに出てこなかったということですか?(笑)
いえ、「ノー」と答えたら理由を言わなきゃいけないじゃないですか(笑)「イエス」だったら会話が終わるので、とりあえず「イエス」と言ってました。結果、太るばかりでかなり苦労しました(笑)
そんな調子で大変だったイギリスでの語学学校をなんとか終えてオランダへ渡りましたが、到着後すぐにテニススクールを開業したわけではなく、最初の1ヶ⽉は生徒としてテニスレッスンを受けていました。本当に、右も左も分からない状態だったので…。
ーーそこからどういう経緯でスクールの立ち上げに至ったのですか?
私が通っていたスクールでお世話になったコーチに「真由美は、オランダで何をしたいの?」と、ある⽇聞かれたんです。
私がオランダに来た経緯や、テニス指導に対する想い、そしてオランダに住みたいという希望を伝えたところ、「だったら住む場所や、仕事が必要だろう」と、なんと彼が受け持つ⽣徒さんを私に紹介してくださったんです。
普通、これって考えられないですよね。ライバルにもなり得るわけですから。「もし私が彼の立場だったら、同じことをできたかなぁ…」と、今でも考えさせられます。
不思議でありえないような、このご縁が私のオランダでのコーチキャリアのスタートでした。彼の名前はジャック。今もオランダでテニスを教えていらっしゃいます。当時、周りからは「なんて⾺⿅なことをやっているのだ」と⾔われていたようです。ジャックがいなければ、私は今ここにいないと思います。
ーーそれ以来、ずっとオランダに?
ビザの申請や⾃分の体調不良があって一旦、⽇本に帰りました。 故郷の宮崎でテニススクールを⽴ち上げ、その後はスペインに渡りました。理由は、スペイン語が好きだったことと、テニスといえばスペインだったから。
スペインでは語学の勉強の他にも、いろいろなテニスクラブや現地での試合を⽣で観に⾏って、テニスや現地クラブの多様性を学んできました。
そして1年ほどのスペイン滞在を経て、ようやくオランダに戻ってきました。
日本のテニスコーチがヨーロッパで学ぶための架け橋になりたい
ーー今後のスクールの展望について教えていただいてもいいですか?
コニシスポーツのテニスレッスンでは、「どんな形でもゲームにすること」をテーマにレッスンを進めていきます。必ずしも基礎から入らなくてもよくて、応用からでも良いと私は考えています。レッスン初日から試合をやることもあるので、体験で来た生徒さんのなかにはビックリされる方もいるかもしれません。
でも、色々なテニススタイルがあるのがヨーロッパ。格好よく打つのは後からでも大丈夫です。子供が家に帰って「今日のテニスクラスどうだった?」と聞かれた時に、「楽しかった!」「試合をやったよ!また早くやりたい」、こんな風に言ってもらえたらいいなと。
2022年で私はオランダに来てから14年目を迎えます。これからは、私が日本やオランダ、スペインで学んできたことを広く色々な方々にお伝えしていきたいと考えています。
例えばサッカーでは、欧州の指導方法を学ぶために若い人たちが渡欧しており、それをサポートする現地の方々がいらっしゃいます。テニスでも同じことができたらと思うんです。
テニスを学びたい人や、広めていきたい人のためにできることはまだまだ沢山あると思います。オランダやヨーロッパでのつながりも増えてきて、最近はオランダのナショナルチームが練習する場所でのテニスレッスンも行っています。
オランダ現地でのテニスレッスンだけではなくて、オランダのテニス協会やナショナルチームのことなど、さまざまな側面から欧州と日本をつなぐような取り組みができたら嬉しいですね。
(構成/文 佐藤まり子)