連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:異色だった北京五輪世代の台頭 スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界…

連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:異色だった北京五輪世代の台頭

 スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界で“差を生む”サッカー選手は、どんな指導環境や文化的背景から生まれてくるのか。今回は本田圭佑、長友佑都、家長昭博らが台頭した北京五輪世代を例に、優れたタレントが輩出される環境について考察している。

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 サッカーは集団スポーツである。つまり、本質的に陸上、水泳、ゴルフ、テニス、ボクシングのような個人スポーツとは一線を画す。個人練習や個人レッスンで上達するのは、あくまで部分的な強化であって、サッカーの本質的な核は鍛えられない。

<サッカーは集団の中で鍛えられる>

 それが真理である。

 だからこそ、「優れた選手は同じチーム、同じ世代からどっと生まれる」というのは一つの定説と言える。例えば強豪校は有力な選手が日々、切磋琢磨できる。能力が改善されるのは必然だろう。小野伸二という突出した天才を中心に、それに準じた選手がいた「黄金世代」は花開いた。

 北京五輪世代は異色だった。

「俺たち北京世代で『一番は誰だ?』となると、なかなか名前が出てこない。それこそが、俺は問題だと思う。出てこようとしないのか、出ていけないのか」

 2008年の北京五輪を前に、本田圭佑はこう語っていたことがあった。彼は常に自分と対峙し、世界を見据えていた。大会は惨敗で挫折だったが、それをともに経験した選手たちが、その後の代表の主力となってワールドカップで活躍した点は興味深い。

「圭佑とは話が合うんですよ。上昇志向が強いから、サッカーの話になると、とことん熱い。『でっかい目標を掲げて、半端ないレベルでやっていこうぜ』って話をしています。周りが聞いたら、『こいつら頭おかしいんじゃないか』っていうくらい弾けていますよ」

 そう語っていたのは、長友佑都だった。本田、長友、岡崎慎司などはまさに這い上がった世代と言えるだろう。彼らはお互いが刺激し合い、励まされるようなところがあった。五輪代表の発足当初は平山相太らがエースと目されていたが、その競争を乗り越えたことは、その後の厳しい戦いでも経験的な強さとして根付いたのだ。

集団を「エリート化してはいけない」

 そして北京世代の面白さは、天才という称号で一時、もがいていた家長昭博が長いキャリアを経て、JリーグMVPを獲得し、川崎フロンターレの主力として今も活躍している点だろう。

「エリートとして扱われるギャップはめちゃくちゃありましたよ」

 10年ほど前のインタビューで、家長はそう告白していた。

「サッカー人生を振り返って上手くいってへんことの方が多かったですよ。大分(トリニータ)の2年目なんか、何をやっても上手くいかずへこんでいました。そんな大分時代も、チームには能力が高い選手が多かったから切磋琢磨できたし、怪我をして挫折を経験したからこそ、自分は人として成長できたんかなと思います。もどかしい時もありましたけど、『絶対乗り越えられる』という自信はありました。最後は負けへんで、って」

 挫折を力に変換できた世代と言える。もっとも、その再現性は難しい。

 一方、東京五輪世代が突き抜けたのは、何人かの選手が早くから海を渡って、世代全体をけん引してきたからだろう。久保建英、堂安律、冨安健洋はJリーグに安住することなく海を渡って、一つの指標を示した。そして彼らに“負けじ”と、他の選手たちが食いついていったのだ。

 そこで一つ注意するべきは、「集団をエリート化してはいけない」という点だろう。何も成し遂げていない世代や選手たちをことさら持ち上げると、そこで成長、進化はぴたりと止まる。そして挫折に弱さを見せる集団、選手になり果てるのだ。

「選手同士、お互いが殴り合うくらいがいい」

 それが強化における一つの基準だ。

 チーム単位の育成で必要になるのは、「競争環境」と言われる。ふるいにかけられている、という緊張感がなく、自分たちは一番だ、というおごりだけが大きくなった集まりに未来はない。常に力が通用するかしないか、の環境を作り出すことが、育成強化では大事だ。

アスレティック・ビルバオと「少数精鋭」の論理

 例えば、スペインで100年以上の歴史を誇るアスレティック・ビルバオは、純血主義を貫いている。約270万人のバスク人のみで、リーガ・エスパニョーラ1部の座を守ってきたのは偉業だ(他にレアル・マドリード、FCバルセロナがあるが、彼らは多国籍軍団)。

「バスク人だけという限られた人材で勝負するわけですが、だからこそ我々は人材を大事にするし、少年たちも『先人の後に続く』という気持ちで挑戦心にあふれています」

 アスレティック・ビルバオの伝説的GKで、クラブの顧問を務めるホセ・アンヘル・イリバルは「少数精鋭」の論理を語っていた。

「内部には激しい競争がありますよ。我々は選手に最大限で戦うことを求めますから。ただ、それは殺伐としたものではなく、むしろ結束は固いです。なぜなら、トップチームが外国人に頼れないことを知っているわけで、自分たちがチームを支えるんだ、という誇り高さを養えるんですよ。何も言わなくても心が通じるほどに」

 クラブがどのようなフィロソフィを土台にしているか。それ次第で、クラブ単位の育成は別物になるのだ。(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)

小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。