「諦めなくてよかった」 この言葉に、扇久保博正の16年間の格闘技人生が詰まっている。RIZINのバンタム級トーナメント制覇、リング上での公開プロポーズ&成功、優勝賞金1000万円を手にした扇久保は、大会直後の深夜1時に更新した自身のTwit…

「諦めなくてよかった」

 この言葉に、扇久保博正の16年間の格闘技人生が詰まっている。RIZINのバンタム級トーナメント制覇、リング上での公開プロポーズ&成功、優勝賞金1000万円を手にした扇久保は、大会直後の深夜1時に更新した自身のTwitterで、吉野家の牛丼を食べている写真とともに冒頭の言葉をつぶやいた。


朝倉海(右)を破って、RIZINバンダム級トーナメントを制した扇久保

 photo by Sankei Visual

 準決勝で井上直樹、決勝で朝倉海。優勝候補ふたりを撃破、何度も頂点に手をかけながら、それを逃してきた34歳の扇久保が遂に頂きに立った。大会前、格闘技解説者・大沢ケンジは「扇久保の組みは本当に強い」と評価していたが、得意の組みだけではなく、この日は打撃でも積極的に前に出て打ち勝つシーンが幾度も見られた。

「何回も何回も、『格闘技を辞めよう』と落ち込んだ時もあったんですけど、続けてやってきてよかったです」

 優勝後のマイクでそう語ったとおり、絶対に諦めない根性、勝利への執念で掴んだ優勝と言えるだろう。

「打・投・極・根性」。総合格闘家に必要なすべてを持ち合わせる扇久保だが、「掴み損ねてきたことがたくさんあった」と格闘技人生を語る。修斗では、フライ&バンタムの2階級を制覇。2016年には、UFCの登竜門とされる格闘リアリティ番組『TUF』に参加。普通であれば契約を結べるはずの準優勝を果たしたが、契約には至らなかった。その翌年、日本人史上最年少の19歳でUFCと契約したのが井上直樹だった。

 準決勝の組み合わせ発表の際、会見で扇久保は「僕はあの時から、心の底から『幸せだ』と思ったことはありません」と悲痛な思いを吐露した。「5年前、僕はUFCの切符をつかみかけました。でも、その夢の切符をつかんだのは当時19歳の彼(=井上)でした。このトーナメントが始まってから、僕は井上選手のことしか見えていません。リングの上でやっと会えるのが楽しみです。必ず勝ちます!」と、打倒・井上を口にした。

【「全部できる」扇久保の強さ】

 執念を燃やし続けて辿り着いた井上戦。1ラウンドは、得意とするグラウンドで井上に上を取られ、何度も肘を落とされた。「やはり勝つのは本命・井上か」。この時点では誰もがそう思ったはずだ。

 2ラウンドも、序盤は井上がグラウンドで優勢に。しかし中盤、扇久保が返して上になると、パウンド、バックチョークを狙うなど主導権を奪い返した。そして3ラウンド、扇久保は打撃でも果敢に前に出て距離を詰め、テイクダウンに成功。背後からしつこく攻め続けて判定勝利をもぎ取った。扇久保が、5年間の思いをついに浄化させた。

 そして決勝で相対したのは、朝倉海。ふたりは、2020年8月の「RIZIN.23」でバンタム級の王座を争った。この時、扇久保は打撃で圧倒され、1ラウンド、4分31秒でTKO敗け。その雪辱戦となった。

 朝倉が準決勝の瀧澤謙太戦で右拳を骨折していたことは知る由もなく、体力を大きく消耗することなく勝利を収めていたため、リマッチでも朝倉が圧倒する展開も十分に考えられた。しかし、試合を支配したのは扇久保。1ラウンド序盤は簡単にテイクダウンにはいかず、朝倉の前足にローキックを放ち続ける。中盤、前足のシングルレッグからテイクダウンに成功。マウントからパウンドを落として完全にペースを握った。

 2、3ラウンドも、完全に扇久保ペース。前回やられた打撃で下がらずに前に出た。飛び込んでの左右フックや、タックルのフェイントを効果的に使いながら打撃を当てていく。朝倉の打撃を交わしてテイクダウンも奪った。ゴングが鳴ると、朝倉はリングに座り込み、一方の扇久保は自陣のコーナーに帰ると、観客に向かって両手を突き上げた。

 朝倉が右拳の骨折で本来の力を発揮できなかったことは否めないが、「扇久保選手が強かったですし、完全に自分の実力不足だと思っています」と素直に敗北を認めた。それほど、扇久保の強さが際立っていた。

【カズの息子、批判を乗り越え勝利】

 優勝候補に連勝しての優勝に、「ふたりとも打撃は突出して強いんですけど、僕は全部できるので。打撃もレスリングも寝技も。そこで勝負しようと思っていました」と語った扇久保。16年間の格闘技人生の集大成、「打・投・極・根性」。そして、勝利への「執念」と「経験」で、グランプリ優勝という栄光を掴んだ。

 公開プロポーズも成功し、これ以上ないハッピーエンド。扇久保にとって、人生を変えた勝利となった。

 一方で、同じく人生をかけてリングに立ち、勝利後のマイクで観客を魅了した選手は他にもいる。試合後のマイクで、思わず涙腺が緩んだ3試合があった。

 サッカー界のレジェンド、キングカズの息子・三浦孝太は、デビュー戦となるオープニングマッチを、1ラウンドTKO勝利で飾った。試合後はリングサイドで観戦していた両親の元に駆け寄り、父・知良と熱い抱擁。隣で見守る母・りさ子さんの目は潤んでいた。


初のRIZINでTKO勝利を飾った三浦孝太

 photo by Nikkan Sports/AFLO

 デビュー戦がいきなり大晦日のRIZINとなり、誹謗中傷や批判の声が本人にも届いていたという。それでも、寮で他の練習生と共同生活を送りながら真摯に格闘技と向き合い、少しずつファンの心を掴んだ。

 試合では、思いきりのいい打撃と、グラウンドでも対応力の高さを披露。フロントチョークが決まらないと見るや、下から三角絞め、腕ひしぎ十字固めと次々に切り替え、デビュー戦とは思えない試合運びを見せた。

「これから格闘技界の"キング"になれるように頑張るので、僕のファンになってください」

 そうマイクで語った三浦が"キングカズの息子"から脱却する日は近いはず。プロ格闘家・三浦孝太が、さわやかな熱風を吹かせた。

 不遇な家庭環境から成りあがったのは、キックボクサーのYA-MAN。この日に行なわれた唯一のキックボクシングルールで皇治と対戦。3ラウンドにわたる殴り合いを制し、判定勝利が決まった瞬間、リングで泣き崩れた。

【48歳、元刑事の叫び】

 YA-MANは、複雑な家庭環境に育った。父親は違法薬物で服役し、中学、高校はストリートファイトに明け暮れた。大学でキックボクシングに出会い、RISEでは2021年5月、試験的に導入されたオープンフィンガーグローブマッチで格上の選手を立て続けに撃破した。

 瞬く間にRIZIN出場を掴み取り、勝利したYA-MAN。試合後のマイクでは「僕が伝えたいことはひとつ。どんな環境からも成り上がれる。今『キツい』と思っている人たちは、自分でしか自分の道を切り開けないと思うので頑張ってください。僕は切り開きました!」と叫んだ。

 格闘技を諦めきれず、人生を変えた者もいる。48歳の関根"シュレック"秀樹は、「元静岡県警の刑事」という異色の経歴で、プロ格闘家に転向したのは43歳。かねてからの夢だった大晦日の花道を、UWFのテーマで歩いた。

 対戦相手は、RIZINで3連勝中、ヘビー級では日本トップクラスのシビサイ頌真。下馬評どおり、関根は打撃をもらい続ける苦しい試合展開となった。スタミナがきれ、息も絶え絶え。それでも、気合の雄叫びを上げながら目いっぱいパンチを振った。

 関根の粘りもあって、2ラウンドにシビサイのスタミナがきれ始め、テイクダウンに成功。サイドポジションから鉄槌を落とし続けて、レフェリーストップによるTKO勝利を収めた。試合後のリングで「俺みたいな、アラフィフのオヤジでも、諦めなきゃ、根性があれば勝てるんだよ。病気があってもね、困難があっても、YA-MANくんもさっき言ってたけど、諦めずに生きていればいいことあるから。なにか悩みがあったら、俺に言ってきてや!」と、笑顔で語った。

 過去を清算するため、自らの存在証明のため、人生を変えるため......。さまざまな思い胸に、強者たちはリングに上がる。半年後には、武尊×那須川天心の"THE MATCH"も控える日本の格闘技界にとって、大きな変革を迎える2022年が幕を開けた。