一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、最終29回はボクシング・井上尚弥 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」…

一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、最終29回はボクシング・井上尚弥

 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」を配信してきた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。最終回となる第29回は、ボクシングのWBAスーパー&IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋)が登場する。

 2年1か月ぶりの国内凱旋試合となった今月14日、東京・両国国技館で挑戦者のアラン・ディパエン(タイ)に8回TKO勝ちした。試合数の少ないコロナ禍でも、変わらず貪欲に強さを求めた2年間。28歳は豊富な引き出しを見せつけた一方で、試合翌日には「まだまだ伸びしろはある」と恐ろしい向上心を覗かせた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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「また強くなってるね」

 陣営の大橋秀行会長は唸っていた。ディパエン戦の前日、井上にとって768日ぶりの国内リングを前にした言葉。正直、過去に何度も会長の口から聞いたことがある。だが、決して試合に期待を持たせるためだけの発言ではない。これは事実なのだ。

 長く続くコロナ禍。井上は20年1月にWBO王者ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)との統一戦を発表したが、度重なる延期の末に中止を余儀なくされた。同年は10月に1試合のみ。21年は6月と今回で2試合だったが、脂の乗った20代後半としてはファンに物足りない試合数だった。

 実力者との交渉もまとまりかけては流れる。気持ちを維持するのが難しい時期。それでもブレないのが、モンスターの真骨頂だ。

 常に基礎を徹底する。ジムの大鏡に映った自分を見ながらフォームをチェック。ガードの位置、パンチの軌道、スムーズな体重移動を生む重心の位置……。大橋会長は「コロナ禍の2年で急上昇した。試合がない分、練習が主体になっている。こういった時期にこの練習ができるのが凄さ。貪欲だよね」と感服する。足の運び方、スパーリングで一発をもらった後の修正力に磨きがかかったという。

 毎日の積み重ねによって「日本史上最高傑作」のボクサーが出来上がった。ただ漠然と練習しているのではない。ボクシングと本気で向き合うからこそ、最近は一つひとつの動きの中に見えてきたものがあると井上は言う。

「本当に些細なことなんですけど、シャドー一つにしても些細な考え方とかが少しずつ変わってきたなと感じます。一つのことをより極めるようにしっかりと練習している。あとは自分の中で思っているやりたいことを瞬時にできるようになったり。たぶんそういうのって、より考えて練習しないと実際に(試合で)出てこないんですよね」

左アッパー3連発に7000人がどよめいた、それでも本人は「まだまだ」

 ディパエン戦の4回。磨いてきた左アッパー3連発から左ボディーを繰り出した。距離、タイミングを間違えば、相手の右が自分の空いた部分に飛んでくるハイリスクの攻撃。そもそも、体幹や下半身など強靭なフィジカルがないと実現できない。極められた職人技は7000人の観客をどよめかせた。

 8回TKO決着。相手はパンチより重い足技もあるムエタイの経験があり、タフな上に徹底的にディフェンシブな戦略を取った。井上は「そこそこキャリアを積んだ選手があの戦い方をしたら、やっぱり難しいものがある。(タフさは)想定外。ディパエンじゃなったらジャブで倒れています」と振り返る。むしろ判定までいかなかったことが凄いことであり、井上だから8回で倒すことができた。

 リング上で何でもできる。その多彩な技術を見せつけた一方で、課題を探す努力も惜しまない。父の真吾トレーナーは「1ラウンド目の出だしに、もう少しリズミカルなリードパンチを叩いて相手をちょっと動かしたらよかった。少し見すぎて構えてしまった」と指摘。井上も「左ボディーもそこそこ打っていましたけど、やっぱり少しブロッキングやベルトラインの上からで、ヒットが浅かったのもあった」と冷静だった。

 バンタム級転向当初、早すぎるKO決着が続き「課題がわからない」と贅沢な悩みを明かしていた。今回、約24分間の試合から与えられた宿題。試合を終え、柔らかな笑みを浮かべつつ、その目はもうギラついているように見えた。

 慢心には縁がない。来年は4団体統一、スーパーバンタム級転向を視野に入れている。今、28歳。現状では「35歳で引退」と公言している。モンスターは一体どこまで進化するのだろうか。

「試合が終わってから、もっと視野を広げてやれることはあったかなとも感じました。だから、まだまだリング上で見せられる幅があるのかなって。普段の練習で体感していることが、まだ出せていない。まだまだ伸びしろを感じる部分はあった」

 いや、あとどんだけ出してくれるんだよ。敬意と困惑の念を抱きつつ、来年も楽しみにしたい。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)