全日本フィギュアのフリーで『ボレロ』を演じる宇野昌磨 6分間練習、黒を基調に金色のストーンが輝く衣装を着た宇野昌磨(トヨタ自動車、24歳)は、最終グループ6人の5番目でリンクに入っている。各選手の名前がアナウンスされるのに対し、彼はいちいち…



全日本フィギュアのフリーで『ボレロ』を演じる宇野昌磨

 6分間練習、黒を基調に金色のストーンが輝く衣装を着た宇野昌磨(トヨタ自動車、24歳)は、最終グループ6人の5番目でリンクに入っている。各選手の名前がアナウンスされるのに対し、彼はいちいち律儀に拍手を続けた。他の選手が思い思いに体を動かし、自分の演技に没頭するなかで異色だった。

 宇野は、大袈裟に「人のよさ」をアピールしない。飾り気がなく、自然に振る舞える。"天然"なところはあるが、意外なほど細やかだ。

「Consistent」

 ステファン・ランビエールコーチは、宇野の人間性について「首尾一貫した、矛盾しない」という表現を使っている。他の選手のことを気取らずに尊重できる一方、自分のスケートにとことん向き合えるし、逃げることがない。その姿勢が自然だ。

「どの試合も成長できるように」

 今シーズン、宇野は終始、その言葉を繰り返し、結実があることを確信している。

 では、宇野は全日本選手権をどのように戦ったのか。その生き方は、来年2月の北京五輪につながる。ふたつは結びついているはずだ。



演技後半が乱れたが、総合2位で五輪出場権を獲得した

【逆境を跳ね除ける練習の積み重ね】

 12月26日、さいたま。全日本のフリースケーティング、宇野はショートプログラム(SP)2位で臨んでいる。3位の鍵山優真が高得点をたたき出し、首位におどり出て騒然とした空気が残っていたが、その表情は変わらなかった。深い呼吸で集中しているようで、目は澄んでいた。

 スタートポジションで左手を胸にやると、会場に『ボレロ』が鳴り出す。冒頭、4回転ループを鮮やかな手並みで着氷した。会場では、一斉に拍手が巻き起こった。

「6分間練習の最後のループで足をひねってしまって」

 宇野は試合後にそう振り返っている。

「(演技直前に)氷上に乗った時に痛みがあったので、ステファンにも言ったんですけど、『大丈夫』と言われて。僕も痛みがやめる理由、失敗していい理由になるわけではないから、どうしたら跳べるかだけを考えて、今まで足が痛いなか練習してきた時にどう乗りきったのか、を考えて。すごく冷静に滑ることができたのかなと思います」

 事実、演技前半の宇野はことごとくジャンプを決めた。4回転サルコウ、4回転フリップ、そしてトリプルアクセル。高難度の技でGOE(出来ばえ点)を稼ぎ出し、高得点の予感があった。

 SPを前に右足首をひねって、万全ではなかったはずなのだ。

「(宇野)昌磨の(スケートに対する)姿勢を目の当たりにして、"彼ならできる"と思っていた」

 ランビエールコーチはそう述懐している。

「(宇野)昌磨は、すばらしいモチベーションでトレーニングを重ねてきた。かなりハードなメニューをこなすことで、どんどんよくなっていった。大会直前に不運なケガをしたことはあったが、レギュラーな練習を積み重ねてきたアドバンテージが、(今回の)演技に出た」

 もっとも、逆境だったことは疑いの余地がない。後半の演技は、やや乱れた。4回転トーループは転倒し、続く4回転トーループもコンビネーションをつけられず、単独でリピートになってしまった。最後のトリプルアクセル+オイラー+3回転フリップでは16.32点をたたき出したが......。

「思っていたより、自分のジャンプの状態が戻りきっていなくて」

 宇野は、自らの演技をそう分析した。

「(ジャンプを)一個失敗したら、流れるように(雪崩を打つように)失敗しそうな不安もあって。それでも1週間前まで、ずっと練習をしてきた自分がちゃんとそこにあったからこそ、失敗を(最低限に)抑えられたのかなと思います」

 最後はすべてレベル4のスピンを決め、曲を盛り上げている。演技後の表情は、達成感と悔しさが入り混じった。スコアは193.94点で、フリーでは3位。総合では、SPと合わせて295.82点で2位だった。

【五輪代表確定「成長できる舞台に」】

 その夜、グランプリファイナリストなどの実績も考慮され、北京五輪出場が内定した。

「オリンピック代表に選ばれたのはうれしいです。でも率直に言って、自分に足りないものを感じていて」

 宇野は謙虚に言って、頂上決戦を見据えていた。

「オリンピックという舞台で、自分がどうありたいのか。(これまで)2番手という立場が多かったかなと思いますが、今シーズンはトップを目指せるとして、ずっと練習してきています。なので、オリンピックではトップを争う選手として名前が挙がる状態で挑めたらいいなと思っています。"いい演技"ではなく、成長できる舞台に」

 その言葉には覚悟がにじんでいた。結果を求めることは重圧になるし、向き合い方は人それぞれで、タイミングもあるが、彼ははっきりと頂点を見ていた。2度目の五輪を舞台装置に、彼は何者かに生まれ変わるのか。

「自分に足りないものを実感しているので、今はすぐにでも練習をしたいという気持ちです。前回のオリンピックは緊張がなくて、2度目のオリンピックで、どんな感情が生まれるのかわかりません。でも、すべてを受け入れる覚悟で挑みたいと思います」

 五輪代表発表の席で、宇野は淡々と言った。スケートへの姿勢は変わらない。自分への宣戦布告だ。