連載「元世界王者のボクシング解体新書」:遅咲きの挑戦者、2週間前倒しの減量に不安なし ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回…

連載「元世界王者のボクシング解体新書」:遅咲きの挑戦者、2週間前倒しの減量に不安なし

 ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回は大晦日の開催が急きょ決まった「井岡一翔VS福永亮次」の世界戦に注目した。

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 12月31日に大田区総合体育館で、ボクシング4階級制覇王者でWBO世界スーパーフライ級王者の井岡一翔(32歳/志成)が、同級6位で日本&WBOアジアパシフィック同級王者の福永亮次(35歳/角海老宝石)と対戦することが発表された。井岡にとっては4度目の防衛戦、福永は世界初挑戦となる。

 当初は、年末にIBF世界同級王者のジェルウィン・アンカハス(フィリピン)との統一戦が予定されていたが、オミクロン株の影響によりアンカハスが来日できず中止に。急きょ、福永との防衛戦に切り替えた。

 福永はサウスポースタイルでKO率が高く、これまで19戦15勝(14KO)4敗の戦績を誇るボクサーだ。10月に行われた防衛戦では、挑戦者の梶颯(帝拳)に手を焼き判定勝利となった。それ以外で勝利している試合は、すべてKOしているハードパンチャーだ。

 速い踏み込みから、体重が乗った左ストレートは破壊力がある。見た目がボクシング界のレジェンド、マニー・パッキャオに似ており、同じサウスポースタイルということで、「リトル・パッキャオ」の愛称で親しまれている。

 福永は当初、来年1月15日に日本スーパーフライ級9位WBOアジアパシフィック同級12位の中村祐斗(市野)との対戦が予定されていたが、今回の世界戦を優先した。急な対戦相手の変更で世界戦が決まり、本人も驚いただろう。

 試合日が早まったことで減量への不安もあるが、普段からあまり減量がキツくない選手なので心配はないだろう。また、2週間後に試合を控えていたためコンディション調整も問題ないはずだ。

 福永は遅咲きの選手で、25歳からボクシングを始め27歳でデビューした。デビュー戦は黒星となったが、徐々に実力をつけ、2020年から21年にかけて日本、東洋、アジアパシフィックと3つのベルトを獲得した。本人は「パンチ力はほんまに自信ないし、KOできるとは思ってない」と謙遜していたが、試合では気迫溢れるファイトでKOを量産してきた。

 今年6月にインタビューした時、同じ階級の世界王者である井岡の話題を振ると「全然世界は考えていない、井岡一翔は次元が違う」と話していた。今回の試合の勝敗予想は、実績のある井岡が有利だろう。しかし、ボクシングは何が起こるか分からない。

“死に物狂い”で来る挑戦者の気迫は恐ろしいものがある

 井岡の前回の試合は9月に行われた3度目の防衛戦、元王者のフランシスコ・ロドリゲス・ジュニア(メキシコ)と戦った。戦前の予想では井岡有利だった。しかし、試合では苦戦を強いられ、3-0の判定で勝利したものの前に出てくる挑戦者に手を焼いた。

 精密機械のようなボクシングが強みの井岡だが、乱打戦に持ち込まれると弱い一面もある。サウスポースタイルで、好戦的なスタイルの福永にもチャンスはあるだろう。

 福永にとっては思いがけないチャンスだ。所属ジムを通じて「大晦日までに完璧に仕上げます。人生を変えます」とコメントしている。

 世界戦は、選ばれたボクサーしか立つことができない特別な舞台だ。私も初挑戦の時は気合も入り、普段の実力以上の力を発揮できた。一方、井岡は念願の統一戦が流れてしまい、残念な気持ちもあるだろう。両者の試合へのモチベーションの差は大きい。

 私も経験しているが、“死に物狂い”で来る挑戦者の気迫は恐ろしいものがある。技術も大切な要素ではあるが、世界戦となるとそれだけでは超えられない壁がある。偉大な王者が、気持ちが強い挑戦者に敗れ、番狂わせを起こすケースはいくつもある。福永が好戦的なファイトでその壁を越えられるか、それとも井岡が普段通りのボクシングを貫けるか、序盤のペース争いで勝敗は分かれるだろう。

 井岡は年末のボクシングの顔として、これまで9回、大晦日に試合をしている。2021年を締めくくるボクシングで、日本人ボクサーたちがどんなドラマを見せてくれるのだろうか。(木村 悠 / Yu Kimura)