箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、國學院大學・前田康弘監督が大切にする常識を疑う目 毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか―…

箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、國學院大學・前田康弘監督が大切にする常識を疑う目

 毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか――。「THE ANSWER」では、強豪校に挑む「ダークホース校」の監督に注目。10月の出雲、11月の全日本と今季の大学駅伝で連続4位、上位を窺う國學院大學の前田康弘監督に現代の部活動の姿と「常識を疑う」姿勢について話を聞いた。(取材・文=佐藤 俊)

   ◇   ◇   ◇

 國學院大學陸上競技部の前田康弘監督は、練習内容や練習の設定ペースをいくつかの選択肢の中から選手に選ばせる。そして、それを最後までやり切るように指導している。練習を押しつけるような旧態依然とした指導では、今の学生たちの考えに合わないと感じているからだ。

 また、部活動自体も昔のような縦社会の厳しい環境ではなくなってきている。

――部活動の体質は、監督が学生時代の頃と比較して変わりましたか?

「だいぶ変わりましたね。私が大学生の頃は、先輩からも『ん?』と思うようなことを言われたり、あまりモノを言えない感じでした。当時はそれが当たり前だと思っていたんです。でも、今は学生の気質もモノの価値観も違う。うちは上下関係もほとんどなく、風通しの良い部活動になっていると思います」

――監督とコーチと学生の関係に変化はありますか?

「昔の“壁”みたいなものはなくなりましたが、フラットにはならないと思いますね。監督が選手と一緒にマクドナルドに行くような関係にはならない。私は、監督と選手は距離感が大事だと思っているんです。選手から『監督の言っていることをやっても強くならない』と言われると、監督の価値はない。学生と信頼感を築き、距離感を上手く操れる指導者なのか、それを理解できずにただ踏み込んでいくだけの指導者なのかで大学駅伝の結果も変わってくる。その距離感が我々指導者にとって勝負だと思いますね」

――距離感というのは、具体的にどういうことでしょうか?

「選手はみんな、一人ひとり違うわけじゃないですか。力はもちろん、置かれている状況などもその時々で違う。その時に踏み込んで話をすることもあれば、距離を置いてみることもある。その違いを理解し、接していかないと、チームとしても良い結果を生むことができないですし、強いチームを維持していくこともできないんです。たまたま良い選手が揃って強くなっても、継続ということを考えると指導者が距離感を理解して、コミュニケーションを取りながら接していかないと強いチームは維持できないと思います」

自分たちがやっていることを「見つめ直す作業は必要」

 適切な距離感を取るのは簡単そうで、相当に難しい。まず、選手一人ひとりの性格、能力、現状を把握していないといけない。その上で選手が伸びるであろうという基準に立って、手を差し伸べるのか、距離を置くのか、冷静に判断しなければならない。一歩間違えば、過度の指導になって反発される場合もあるし、逆に指示待ちの学生になってしまうこともある。

――選手を成長させるために指導者が考えるべきことは、どんなことでしょう?

「私は、いろんなことに疑いを持つことだと思いますね。例えば朝練習です。冬の朝練はまだ暗く、寒い中、走りに行くわけじゃないですか。暗い道を走るので、車や自転車に注意しないといけないですし、足元にも気を配らないといけない。しかも寒いので故障のリスクもある。朝練がいつから常識になったのか分からないですが、本当に必要なものかどうか、自分たちがやってきたことを見つめ直して考えていく作業は必要だなって思います」

――常識を疑うということですか?

「そうです。例えば、選手を成長させ、力を発揮させるためには、寮生活の在り方も今のままでいいのかと思いますね。よく上級生と下級生を同部屋にしますけど、それは必ずしも必要なのかと考えているところです」

 常識とされてきたものを疑い、それを壊して新しいことをチームに取り入れ、選手を導いていく。情報量が増える一方で指導する側が教えすぎたり、学生も教わり慣れている面もあるなか、常識を疑い、斬新な取り組みにもトライしていかなければチームを強く、長く維持はできないのだろう。

テクノロジーも駆使して「見える化」を推進

――練習で何か國學院大らしい取り組みをしているのですか?

「うちは、ガーミン(ランニング用時計)をリースして選手に配っています。前は、走った距離を紙に書いて提出させていたんですが、本当の正しい数字が欲しいと思ったんです。毎日、走った距離が私のところに飛んでくるので、すぐに分かるし、選手間の競争心を燃やすためにも利用しています。あいつがこのくらい走ったなら自分はもっと、という気持ちになりますし、強くなった選手が毎日、どこをどのくらい走ったのか分かるので、それを参考にしてジョグに取り入れる選手もいる。そうしたゲーム感覚を大事にした仕掛けを作りつつ、私はいろんなものの『見える化』を進行しています」

――見える化ですか?

「私は、紙に適当に書いて提出さえすればいいとか、そういう嘘偽りの関係が嫌いなんです。距離だけではなく、体重や体脂肪率も全部、アプリを利用できるように改革中です。いろんなことをオープンにしてやっていくチームにしたいんです」

 指導者として学生の成長を促す指導論やチームを強化する方法論に天井はない。こうした管理や取り組みで日常の基準を地道に上げていくことが重要だ。そうすれば極端な話、監督がいつもその場にいなくとも選手自身で質を上げられるようになる。常識を疑い、指導の中身を変えていけば、それが可能であることを前田監督は証明しようとしている。(佐藤 俊 / Shun Sato)

佐藤 俊
1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、大学駅伝などの陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『学ぶ人 宮本恒靖』(文藝春秋)、『越境フットボーラー』(角川書店)、『箱根奪取』(集英社)など著書多数。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。