一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第24回はボクシング・谷口将隆 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」を…

一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第24回はボクシング・谷口将隆

 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第24回は、ボクシングのWBO世界ミニマム級王者・谷口将隆(ワタナベ)が登場する。

 今月14日、2度目の世界挑戦(東京・両国国技館)で王者ウィルフレド・メンデス(プエルトリコ)に11回1分8秒でTKO勝ちし、悲願の王座奪取に成功した。当日は名曲に乗って入場した27歳。実力を磨くだけでなく、「運」も引き寄せながらリングに上がった。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 リングに上がる時、それぞれが選んだ入場曲が流れる。多くのものを背負い、命を懸けた殴り合いへ向かうボクサーたち。覚悟を決めた姿に生き様が表れる。気持ちを鼓舞するもの、落ち着かせるもの、観客を乗せるもの。選曲は人それぞれだ。

「HEY BOY 体勢 体哉 整えているうちに あの世から迎えが来るぞ

 HEY BOY 一度きりの人生を HEY BOY さぁ張り切ってどうぞ

 HEY BOY 一瞬の人生を HEY BOY さぁ張り切ってどうぞー!」

 2019年2月26日、後楽園ホールには竹原ピストルの「BOY」が流れた。世界王者になるチャンスなんて簡単には来ない。谷口が初めて世界挑戦した夜。覚悟を決めてリングに上がった。

 しかし、試合巧者の王者ビック・サルダール(フィリピン)を攻略できなかった。ポイントをとっても下がってしまう。ここぞの場面で詰め切れず、0-3の判定で完敗。「まだ世界に行く人間ではなかった。周りは完敗と言うと思うけど、男として完敗を認めるのはイヤ」。いつ来るかわからないチャンスを求めて再起した。

 スパーリングではできるのに、試合では出しきれない。「練習でやったことが勝手に出るだろうっていう安直な考えだった。試合中こそアイディアを働かすべき」。フィジカルや技術だけではなく、頭を使うことを意識した。街を歩けば目についたゴミを拾い、倒れている他人の自転車を起こす。ワラにもすがる思いで何でもやった。

 19年9月に再起戦で勝利を収めると、20年12月に日本ミニマム級王座を獲得。今年6月に初防衛に成功した。地道に勝ち星を重ね、WBO1位として指名挑戦権を獲得。12月14日、2年10か月ぶりの世界戦にたどり着いた。入場時に流した曲はTHE BLUE HEARTSの「TRAIN-TRAIN」。名曲に乗ってリングに上がってきた。

「栄光に向かって走る~ あの列車に乗って行こう♪

 はだしのままで飛び出して~ あの列車に乗って行こう♪」

 汗がにじんだ顔は緊張した面持ち。自分を鼓舞するように拳を突き上げ、応援を味方につけた。「リングに上がれば覚悟が決まる」。スイッチが入り、落ち着いた表情に。相手とフェイスオフをすると、ニヤリと自信ありげに笑った。

THE BLUE HEARTSを選んだ理由とは

 確かな成長を見せた試合だった。2回、クリンチが続いた後、左がメンデスのテンプルを捉えた。「クロス気味の左はずっと練習していた」。王者は尻もちでダウン。谷口は中盤に主導権を奪われそうになっても、脳みそを使った。「なんでそうなったかをまず考えた。ここで引いたら逃げられる」。試合をつくると、9回には接近戦から左ボディーをくらわせた。

 11回開始直前、両拳を振り上げて7000人の観客を煽った。上半身をかがめた相手の顔面に左の打ち下ろしをお見舞い。王者の膝がわずかに折れた。「今や!」。コーナーに追い詰めて畳みかけた。クリンチに逃げようとする相手を振りほどいて猛ラッシュ。11回1分8秒。レフェリーが試合を止め、新王者が誕生した。

 コーナーに上り絶叫。162センチの小さな体では表現しきれないほど大きな喜びを爆発させた。「2年前の自分よりずっと強くなれたかなと思う。ようやく自信が持てました。正直、夢心地ですね」。陣営の伯耆淳トレーナーも「詰めるべきところで詰められるのは非常に成長した。『出ろっ!』って言ったら出たので、凄いよかった」と労った。

 谷口は同門で同い年のWBA世界ライトフライ級スーパー王者・京口紘人と切磋琢磨。親友には今回もセコンドに入ってもらい、的確なゲキを受けた。姉3人、弟2人を持ち、6人きょうだいの4番目。ジムでも周りに可愛がられるキャラ。入場曲を選んだ理由は「シンプルにかっこいい。みんなが知っている歌は盛り上がる」と観客を意識した。新王者は2度目の世界挑戦を終えて実感したことがある。

「今回の世界戦でわかったんですけど、世界戦ってチーム力が凄い大事なんだと思いましたね。試合が決まった時から思っていたんですけど、トレーニングを続けて、盛り上げてくれる人もいたり、試合当日にサポートしてくれる人たちとか、いろんな人に支えられて試合ができるなと改めて思います。みんなが自分のことのように喜んでくれるのがほんまに嬉しい」

 コロナ禍の試合開催。対戦相手が来日したのは、オミクロン株の世界的な感染拡大を受け、外国人の入国が原則禁止される直前だった。「世界チャンピオンになるには運も大事。ゴミを拾ったり、自転車を起こしたりしていてよかった」。栄光に向かって走る世界王者。これから防衛ロードを歩んでいく。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)