2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、登坂絵莉(48キロ級)、川井梨紗子(63キロ級)、土性沙羅(69キロ級)が初出場にして初優勝。そして今夏の東京オリンピックでも、須﨑優衣(50キロ級)、向田真優(53キロ級)、川井友香子(62…

 2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、登坂絵莉(48キロ級)、川井梨紗子(63キロ級)、土性沙羅(69キロ級)が初出場にして初優勝。そして今夏の東京オリンピックでも、須﨑優衣(50キロ級)、向田真優(53キロ級)、川井友香子(62キロ級)が同じく初出場で金メダルを獲得した。

 世界最強を誇る"女子レスリング王国"日本。それを支えている選手層の厚さは、国内の熾烈な代表争いで次々と世代交代に成功してきた結果だ。

 そして今、2024年のパリオリンピックへ向けて、またも新たな星が続々と誕生している。



すでに世界女王としての貫禄がある18歳の藤波朱理

 スター候補一番手は、今年10月にノルウェーのオスロで行なわれた世界選手権53キロ級において、17歳10ヶ月25日で金メダルに輝いた藤波朱理(ふじなみ・あかり/18歳/いなべ総合学園高)だ。現行の出場選手規定では世界歴代2位となる年少記録で世界一となった藤波は、全4試合テクニカルフォール勝ち、しかも失点ゼロで世界王者となった。

 その勢いは変わらず、藤波は12月16日〜19日に東京・駒沢体育館で行なわれた天皇杯全日本選手権でもまったく相手を寄せつけない内容でシーズンを締めた。準々決勝と準決勝は失点ゼロのテクニカルフォールで勝ち上がり、決勝では2019年世界選手権2位の実績を持つベテラン26歳の入江ななみにも危なげなく8−2で勝利した。

 これで藤波は国内外86連勝を達成。中学2年生だった2017年6月から負けていないが、「記録は過去の成績。こだわることはありません」と言いきるほど、すでに女王の貫禄を備えていた。

 藤波の強さの秘密は、164cmとこの階級ではスバ抜けて身長が高く、長いリーチで相手の足首をひっかけるような片足タックルを取れることだ。相手の動きを読み、得点差、時間に合わせ仕掛けられるとともに、鉄壁のディフェンスを可能とする高校生とは思えぬ冷静さを持ち合わせている。

 本人曰く、今後の課題は「タックルに入ってバックで2点。そこで終らず、さらにポイントを重ねられる技の展開を磨くこと」。同級のオリンピック金メダリスト向田に対しては「絶対に自分が勝つ」と高らかに宣言した。

【五輪金の川井友香子を超えた】

 一方、今年の世界選手権での悔しさをバネにして全日本選手権を制覇したのが、62キロ級の尾崎野乃香(おざき・ののか/18歳/慶應義塾大)だ。

 オスロでの世界選手権・初戦、2019年覇者のキルギス選手に序盤4−0とリードを奪うものの、その後に逆転されて惜敗。敗者復活戦を勝ちあがって銅メダルは獲得したが、この敗戦が尾崎をさらに強くしたと言っても過言ではない。

 敗北後、自らの敗因を徹底的に分析したという。メンタルの弱さを自覚した尾崎は、常にそれを意識し、日々のスパーリングでも実戦している。

「リードされているシーンでも、自分が得意とする片足タックルを武器にドンドン攻めることができる。それが自分のよさですが、(世界選手権では)逆に4−0とリードしているのに不用意に攻め込んでカウンター攻撃を喰らってしまった。そこを直さないと世界では勝てない。だからスパーリングでは、いつも残り時間と得点差を自分で決めて練習しています」

 ミスをしたほうが負ける......そのレスリングの鉄則を18歳にしてカラダに染み込ませ、尾崎はこの春に慶応義塾大の環境情報学部に進学した。「講義のレベルの高さと課題の多さにやられています」と笑いながらも文武両道を貫く"クレバーさ"も、彼女の武器のひとつと言えるだろう。

 今年12月の全日本選手権では、対戦相手に研究されるという怖さも体験。それでもしっかり勝ちきり、大会2連覇を達成した。レスリング関係者のなかでは、「東京オリンピック金メダリストの川井友香子を超えた」との声も少なくない。

 2003年生まれの尾崎は、向田や須﨑など五輪金メダリストを輩出したJOCエリートアカデミー出身。幼少期から身体能力の高さに秀でており、ポテンシャルの高さは折り紙つき。今後は積極的に海外へ出て、強豪選手に対して片足タックルからアンクルホールドをしつこく狙う気持ちの強さを上げてほしい。この階級で世界を制するには、上半身の強さも必要になってくる。

【伊調馨が育てる日体大の逸材】

 そしてスター候補3人目は、68キロ級の森川美和(もりかわ・みわ/22歳/日体大)。伊調馨を金メダルに導いた田南部力コーチ、そして伊調自身も指導する逸材だ。

 今年の世界選手権では順調に勝ち進むも、決勝でモルドバのヨーロッパチャンピオンに果敢に挑みながら6−8と惜敗。銀メダルに終わった。

 その鬱憤を晴らすかのように森川は全日本選手権で暴れ回り、全試合無失点のテクニカルフォール勝ち。決勝戦では高校の先輩であり、一度も勝ったことのない源平彩南を完封で下した。

 東京オリンピックの代表選考では土性をプレーオフまで追い詰めた森川。今大会は非オリンピック階級の65キロ級での出場だったが、オリンピック代表選考レースが本格化する来年の全日本選手権では68キロ級へアップするのは間違いない。

 東京オリンピックで金メダルを逃した68キロ級に、森川への期待は一段と高まる。師匠である伊調に彼女の評価を聞いてみた。答えは......あいかわらず手厳しい。

「技や展開力は少しずつ上がってきていますが、体力・筋力はまだまだ。今のまま68キロ級でやるには世界との差があまりにも大きく、この1年間、死に物狂いでやってそこを埋められなければパリでのメダル獲得は厳しいですね」

 とは言いつつ、伊調は優しくはこう語る。

「森川にとっては、これからが本当の勝負。どんなときでも前向きにがんばれる選手なので、必ずやってくれると信じています」

 そのほか、世界選手権55キロ級で初の世界チャンピオンとなった櫻井つぐみ(20歳/育英大)は、全日本選手権ではオリンピック階級の57キロ級にアップ。決勝戦では世界選手権3位の南條早映を撃破して優勝を果たした。今後、オリンピック2連覇中の川井梨紗子に櫻井がどう挑むか。

 また、世界選手権50キロ級優勝の吉元玲美那(よしもと・れみな/21歳/至学館大)も全日本選手権で2連覇を達成。東京オリンピックで全試合無失点テクニカルフォール勝ちを収めた同階級の須﨑にどこまで喰らいついていけるか。

【下克上はまた繰り返される】

 今回の全日本選手権に、東京オリンピック代表選手の多くは出場しなかった。ただ、彼女たちが休んでいる間に、若い力は確実に成長を遂げている。オリンピック金メダリストといえども、ウカウカしてはいられない。

 下からの突き上げ、下剋上の繰り返し----。それが日本女子レスリング王国の強さの秘密だ。パリに向けて、彼女たちの熾烈な代表戦いはすでにヒートアップしている。